第182話:話し合い。

 謁見場から公爵家の別邸の借りている部屋へ戻ってすぐ。抱いていたアクロアイトさまをベッドの上に置いて、二人に向き直る。


 「ジーク、リン。話があるんだけれど良いかな?」


 空気を察したのか、私から離れたがらないアクロアイトさまはベッドの上でじっとしていた。


 「ああ、構わないが」


 「どうしたの?」


 「これからの事かな。着替えたら部屋に来てもらえると助かる」


 聖女の衣装と教会騎士用の儀礼服だと、仕事中みたいだから私的な時間だと思えるように気分を変えたい。取りあえず着替えようと提案すると、二人は頷いて部屋へと戻って行った。


 「すみません、三人分のお茶を用意して頂いても構いませんか?」


 「勿論です。お召替えが終わり次第準備致しますね」


 介添えで部屋を訪れていた侍女さんに、お茶の用意をお願いした。


 以前にこの部屋で、教会宿舎で余っていた茶葉を使ってお茶を飲もうとしたら、運悪く見つかって取り上げられた。それからは侍女さんにお茶を頼んで飲むしか方法がない。彼女たちの仕事を奪っているのだから仕方ないけれど、すごい剣幕で怖かったんだよね。

 何故あんなに怒っていたのだろうと、かなり後になってソフィーアさまに聞くと言い辛そうに『客人である聖女に安い茶葉など飲ませられない』と嘆き、侍女の人たちが集まって『聖女さまがこんな安物を。教会は一体何を考えているのか』と憤慨していたと教えてくれた。


 着替えが終わり侍女さんがお茶の準備の為に部屋から出ていくと、ジークとリンが顔を見せた。扉はそのまま開いたままにしてもらい、部屋へと入って来る。丸テーブルには椅子が三つ。

 多分、こうして私たちが客間に集まることを公爵さまは見越していたのだろう。最初から用意されていた物だった。


 「失礼致します。聖女さまお茶のご用意が出来ました」


 私が最後の仕上げをすることもできるけど、やはり慣れている人というかプロに任せた方が美味しいので淹れてもらう。礼を伝えると用は終わったとばかりに退室していく侍女さんを見送って、二人に向き直る。


 「ジーク、リン、お疲れさま。取りあえず座ろう」


 「ああ」

 

 「うん」


 座って直ぐにアクロアイトさまが、こちらへ飛んできて私の膝の上に座る。部屋の扉は開いていて、部屋の前には護衛の騎士さんが居るけれど、聞かれても問題はない。


 「教会宿舎で生活してた時より状況が変わってきているから、ちょっと相談というか確認というか……」


 「どうした?」


 「ね。どうしたの、改まって」


 リンがジークの顔を見て、私へ視線を移す。ジークもジークで私から視線を外そうとしない。


 「えっと。私の専属護衛を務めてること、二人は負担になっていない? ここ最近、大変でしょ」


 急に予定が変わったり、アルバトロス王国から亜人連合まで行ったり来たりしていたし。一介の聖女だったのに、ここの所激変しすぎだ。


 「確かに驚くことばかりだが……」


 「あの頃と比べれば、どうってことないよ」


 確かに孤児時代は大変だったけれど、こうも環境が変わると精神的に無理をしていないか心配だ。現に私は胃が痛かったし。

 

 「だな」


 「うん」

 

 そっくり兄妹が顔を見合わせて笑う。ふうと息を吐いて二人を見据える。


 「そっか。えっと、多分これからもいろんな事が変わっていくと思う。爵位を賜る予定だしお屋敷も貰えるみたいだから」


 王城の離宮でしばらく過ごした後は爵位の授与と屋敷への引っ越し、それが終われば二学期も始まる。長期休暇も残り二週間だし、本当に時間が経つのが早い。


 「そうなったら、お貴族さまとして生活しなきゃで、雇わないといけない人も居るだろうから」


 侍従さんに侍女さんや、料理番に庭師にその他諸々。私のお給料で払えるか分からないけど、収支がマイナスになることはないだろう。警備や護衛は陛下が出してくれると踏んでいる。出さなければ亜人連合の人たちが怒るだろうから。


 「教会や公爵さまの判断を仰がないといけないし、まだ分からないけど二人を直接雇用も出来るし、専属を辞めることも出来るから」


 私の下から離れることだって出来る。そしてその判断をしたならば、引き留めるなんてことをしちゃいけない。寂しいけれど、二人が持っておくべき権利だろう。


 「だから後悔しないように、少しだけでも良いから私と一緒に進む以外の道も考えておいて欲しいかなって」


 今更、二人が騎士以外の職に就くのは難しいけれど、教会騎士でなくとも国の方の騎士にもなれる。

 私と別れてしまった場合、男爵家へ入った籍は失うかもしれないが、実力は国内トップクラスになるのだから問題はないだろう。私の専属を辞めて他の聖女さまの護衛に就けば、忙しい日々を送る必要もなくなる。


 「……」

 

 「…………」


 何とも言えない空気が流れ、膝の上に座っていたアクロアイトさまが突然、二人が居る方へと飛んで行った。様子を見ていると、くるりと不器用そうに身体を半回転させ、ジークとリンを後ろにして私の顔を見上げてる。


 ――何とも言えない鳴き声で、ひとつ、ふたつと鳴いて。


 一体何だろうと見つめていると、ジークとリンが笑ってる。


 「お前は、いろいろと考えすぎなんだよ」


 「だね、兄さん」


 そっくり兄妹が視線だけを動かして、確認を取りつつ私を見た。


 「俺たちがお前の傍を離れる訳がないだろう?」


 「うん、絶対にあり得ない」


 「だから余計な心配はするな。聖女としてお前が突っ走るなら、俺もリンもどこまでもついて行ってやるさ」


 「そうだよ。ナイの邪魔する人が居れば振り払ってあげる。その為に兄さんも私も剣を取ったから」


リンの言葉にああと頷くジーク。


 「二人とも、ありがとう。こんなどうしようもない馬鹿だけれど、これからもよろしくお願いします」


 泣きそうになるのを我慢しながら二人に頭を下げると、アクロアイトさまが下げている私の頭の上に飛び乗って一鳴きするのだった。

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