第181話:また変わる。
――アルバトロス王国王城・謁見場。
壇上に置かれた玉座に腰掛ける陛下が難しい顔をして、昨日の夜に亜人連合国から戻った私の報告に耳を傾けていた。
「そ、そうか。うむ……いや、しかしな……」
まあご意見番さまの生まれ変わりを託されたとあれば、アルバトロス王国上層部は頭を抱えるしかない。下手な所に放り込む訳にもいかないし、粗相をする訳にもいかないのだから。
「聖女、ナイ。これからどうするつもりだ」
平伏している私の横で、凄く柔らかそうな座布団というかクッションを数枚重ねた上に、大人しく鎮座しているアクロアイトさま。すぴすぴ寝息を立てているのだけれど、周りの様子は気にならないらしい。大物だ。
時間は少し巻き戻る。
ドワーフさんから依頼した物の進行具合を聞いてから、昨日の夜に公爵邸に戻った。私たちが帰還したことを知った侍女さんが慌てて公爵さまと奥方さまに、次期公爵さまと夫人さま、次期公爵さまの長兄にソフィーアさまたちが、別邸の私が間借りしている部屋へと飛び込んできた。
卵さまが孵ったことと、仕立て屋さんの件を話を終えると、顔を引きつらせていた。判断が難しかったのか、警備の増強と今から王城に使いを出すと言い残して部屋を去って行った。
誰も居なくなったのでジークとリンと私で話していると、アクロアイトさまが二人を気にし始める。すんすんと匂いを嗅いで何かを確かめてた。その仕草にリンが根負けしたのか、片腕をそっと差し伸べると手の平の上に顔を乗せるアクロアイトさま。リンはその事が嬉しかったのか、えへへと締まりのない顔をしながらゆっくりと顔を撫でていた。
向こうでも触りたかっただろうに、ここまで我慢していたらしい。ジークも興味があるようで眺めていると、頭の上に飛び乗られていた。くえっと羽を広げて一鳴きするとジークは顔を顰めたけれど、重くないのかアクロアイトさまの気の済むまで乗せていたので、彼もまんざらでもない様子。
お風呂に入ってスッキリして寝床に入ると、アクロアイトさまが枕元で丸くなって寝始める。
それを確認して私も眠りに就き、朝起きると布団の中に潜り込んでいた。
寒さや暑さには強いと聞いていたのだけれどなと、起こさないようにと布団から出ると、目が覚めたのかのそのそと布団から顔を出す姿が愛らしかった。
『おいで』
アクロアイトさまに告げると、ベッドの上からジャンプして私の胸をめがけて飛び乗ってくる。丁度、朝を告げに来た侍女さんに見られると、微笑ましい顔をされた。どうやら侍女さんたちにも話は伝わっているようで、粗相のないようにと昨晩知らせが入ったそうだ。
お休みの所を騒がせて申し訳ないです、と伝えると『これも仕事ですから』と笑顔で返された。そして朝食を終え支度が済めば登城命令が出ているとも言われ。
仕方ないかと諦めて公爵さまたちと謁見場へ足を踏み入れたのだけれど、王国の上層部が殆ど集まっていた。私が入るとどよめきが広がり、アクロアイトさまへと視線が注がれた後、暫くすると陛下が入場。
で、今に至る。
「卵さまのお世話係ですので、学院を辞めてご迷惑の掛からない田舎に引っ越すか……」
「無理であろう」
陛下にバッサリと切られた。やっぱり無理かあと床を見ていると、周囲もざわりと騒ぎ始める。
「学院には共に通えるように手配しておこう。屋敷については爵位を授与する際に用意するのだが、まだ時間が掛かる……」
どうしたものかと陛下も考えているようだった。公爵家にこのまま居候する可能性が高そうだなあと、少し遠くの床を見る。
「陛下、発言のご許可を頂いても?」
「構わぬ、申せ」
この声の主は……何度か遠くで耳に挟んだことがある。おそらく王妃殿下だ。少し視線を上げて確認する。濃紺の髪に深紅の瞳に誰もが羨む美貌とスタイルを誇り、隣国から嫁いできた姫さまだというのに、王城内でも人気が高いとかなんとか。
「丁度良い離宮が空いておりましょう。暫く聖女さまにはそちらへ住んで頂いては?」
声もまた良いときた。遠くから聞こえた声しか聴いたことがなかったから、近くで聞くとその良さが分かりやすい。高くも低くもない声にはっきりとした発音と、心地よい速度を保った喋り方。というか離宮って何……。悪い予感が当たり始めているのだけれど、止めてくれとか口にできない。
「亜人連合国との国交締結もまだ暫く掛かりましょうし、彼の方の警護やお食事、適切な住環境については先方と話し合って決めれた方がよろしいかと」
「む。確かに我々は竜の生態についてあまりにも無知だ。――国交協議の際に話し合う方が良いな」
こくりと頷く陛下を見て、頭を軽く下げて元の位置へ立つ王妃殿下が、ふっと笑みを浮かべてこちらを見たので黙礼を返しておく。
「では、ハイゼンベルグ公爵邸から王城内にある離宮へ生活の場を移せ。――近衛は警備計画を即時提出せよ」
細々としたことは追って使いを出し連絡するとのこと。いや居候の身だし一日もあれば引っ越しの準備は完了するけど、話の進み具合が早過ぎる。戻ったら荷物を纏めるか。退室していく陛下や王妃さまを見送りながら、亜人連合国へと赴いた件の報告書を書かなければと落胆する。
「行こう」
私の後ろに控えていたジークとリンに声を掛け、寝ているアクロアイトさまを抱えると起きて一鳴し、空いている片手で撫でつつ公爵さまたちの下へ行く。
「苦労するなあ、お前さん……」
「うっ」
代わって下さい公爵さま、という言葉を寸での所で飲み込む。そんな私に気が付いたのかソフィーアさまが苦笑していた。
「しかし、状況が目まぐるしく変わっていますね」
「ああ、我が国に対する周辺国の目が変わっているな。――そうそう、面白い話を聞かせてやろう。今、陛下と教会の下へは釣書が多く届いているそうだ」
釣書ってお見合いの時に届く履歴書みたいなものだっけ。そんな機会に恵まれたことはなかったので、良く知らないけれど。
「お前さんを是非に伴侶として据えたいとな」
「え?」
くくくと面白そうに笑う公爵さま。
「一躍有名だな、ナイ」
「……孤児出身の平民に何をしているんですか」
「貴族籍へ一度入れば問題ない。あとは相手方と釣り合う爵位まで上げれば解決するぞ」
ソフィーアさまが問題点を解決する方法を教えてくれたけれど、知りたくなかった。亜人連合国から戻って十日以上経っているから、噂が広まっているのは理解できるけれど。
「えぇ……」
「国内外からだぞ! 愉快だなあ!」
「閣下」
「まあ全て蹴っているがな!」
今度はガハハと豪快に笑う公爵さまは、本当に愉快そう。ストレスでも溜まっていたのだろうか。
「国内はまだしも、国外はありえんな。内政干渉と言われても仕方ない気もするが……」
公爵さまに続いてソフィーアさまが難しそうな顔をして補足した。障壁を維持している聖女が他国へ嫁ぐなんてアルバトロス王国から見れば、横から掠め取ったようなものか。
でも私よりアクロアイトさまを狙った方が不味いと思うけれど。代表さまやお姉さんズを始めとした実力者が、確実に怒って世界の滅亡が始まる気もする。
そもそも結婚なんて考えていないから、縁のないものだと目の前のお二人に苦笑いを向けるのだった。
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