第180話:仕立屋さん。

 卵から孵った幼竜さまの名前無事に決まった。


 ――アクロアイトさま。


 ぐりぐりと私の身体に顔を撫でつけているアクロアイトさまを撫でていると、先ほどまで名付けの際に喜んでいた妖精さまが私の周りを飛んでいる。


 『服、着ていない』


 「え?」


 私の袖を妖精さんが引っ張って、謎の言葉を発した。服は着てます、私は全裸族じゃあないのだから。


 『わたし、頑張った』


 『何で、着てない?』


 「ああ。送った反物のことじゃないかしら。前にも言ったけれど、妖精も協力してくれたからかなり良い物よ。そちらの服飾が分からないから反物のままで仕方なく送ったけれど」


 「本当は最後まで携わりたかったけどね~。そういえば、あれからどうしたの?」


 私の周りを忙しなく飛んでいる妖精さんたちの補足を、微笑みながらお姉さんズが語ってくれた。


 「公爵家の伝手を頼って仕立て屋さんに依頼しております。直ぐに出来るとのことでした」


 侍女さんに要件を伝えると公爵さまに直ぐに連絡が入ったのか、王都で有名な仕立て屋さんが公爵邸に召喚された。

 私の希望は取り入れられず、公爵さまが『聖女の衣装』と『遠征用の服』を頼むと問答無用で依頼され。何故かオーバーサイズは頼むなと釘を刺され、公爵さまが部屋から出ていった。いや、まだ伸びる可能性だってあるはずだ。頻繁にヤギの乳を飲んでるし。

 

 なんだか公爵さまが頼んだものだけだと寂しいし『余った布で小物を作ることは出来ますか?』と聞いてみると、作れるとのこと。

 しかしまあ、女性らしさが抜け落ちている私が思いついたものは『ハンカチ』程度。悩んでいると採寸に同席していたソフィーアさまが『コサージュや守り袋なんかどうだ?』と一言くれて。仕立て屋さんも『ポプリを入れる袋なども出来ますね』とのことなので、適当に見繕って頂けると助かりますと言い残して採寸を終えたのだ。


 『あの……聖女さま。不躾なことを聞いて申し訳ないのですが……』


 おずおずと仕立て屋さんが私に問いかけた。反物の出所が気になるようで、亜人連合国から賜ったものですと伝えると凄く残念がっている。

 ただそこで諦めないのが商売人なのだろうか、どうにか紹介頂けませんかと……。仕方がないので、話は通しますが期待はしないで下さいねと逃げておいた。とは言え約束は約束。話を切り出すには丁度良いタイミング。


 「そっか~。良い物が出来ると良いね~」


 「そう。出来たら着ている所、見せて頂戴ね」


 うぐ、逃げられなくなった。まあいいや、それは未来の自分に丸投げしておこう。


 「あの。仕立てを頼んだ店の方がこちらの反物に興味があるようで、紹介して欲しいと頼まれたのですが……」


 「あら。欲深いわね、その職人は」


 「まあ、商人みたいなものだもん~」


 面白いことを言うわねえと目を細めて笑うお姉さんAに、それを受け流すようにお姉さんBが。空気が険悪になったので、無理そうだから直ぐ引いたほうが良いだろうと判断。


 「あの、ではお断り――」


 「――いいわ。その話受けましょう」


 「え、受けるの~?」


 話の方向があっち行きこっち行きしているけれど、受けてくれるのならば良い事だろうか。ただお姉さんズと仕立て屋さんとの連絡が取れないので、一度は繋ぎ役をを引き受けなければならないケド。


 「但し条件付きね。貴女に譲った物は妖精たちが協力してくれたものだから、中々出回ることはない希少品」

 

 お姉さんの言葉にこくりと頷く。


 「だから私たちエルフが作った物に限らせて。布の質自体は然程変わらないはずよ」


 「伝えておきます。無理を言って申し訳ありませんでした」


 「気にしないで。値段交渉は腕の見せ所だから」


 ぱちんと片目を瞑ってウインクするお姉さんAにお姉さんBがちょっと引いてる。ようするにぼったくる気満々のようだ。

 その辺りはエルフのお姉さんと商人……仕立て屋さんとの問題なので、私が関知することじゃないか。仕立て屋さんが欲を出して喧嘩別れしなきゃいいけれどと願いつつ、軽い段取りだけ付けておくと王城へ丸投げする気らしい。


 「ふふふ……搾り取って上げましょう」


 エルフの方が作った布だと言えば、お貴族さまが飛びつきそう。珍しいモノ最新のモノに敏感で、社交界だと我先にと先陣を切るのがステータス。そして自慢話に花を咲かせ、ぐぬぬと悔しがる人を見るのが愉悦なのだとか。

 良く分からない世界だけれど、まあそういう社会性なのだから仕方ない。仕立て屋さんも、その辺りの事を見越して私に声を掛けたのだろうし。

 

 交渉が上手くいくかは分からないけれど、お姉さんが吹っ掛けるき満々だ。値段交渉に折り合いがつけば、上手く事が運ぶだろう。あとは社交界で火がつけば、仕立て屋さんが不利益を被ることはない。


 「お手柔らかに……あ」


 随分と気合の入っているお姉さんに、頭を下げるのだけれど思い出したことがあった。

 

 「どうしたの~?」


 「そう言えば、この話が公爵閣下に伝わっているのかが分からなくて」


 「それがどうしたの?」


 やはりお貴族さまの事については分かり辛いようだ。とはいえ私も人の事は言えないが。仕立て屋さんが勝手をしたと言って怒らないかなあ、公爵さまは。ソフィーアさまがあの場に居たので、話を聞いていないということはないだろうけど、公爵家に伺いを立ていなければ不味い気が。

 それじゃあ一旦は公爵さまに話を通してからと言われ、直ぐに連絡を折り返しますと伝えておいた。


 「痛い……」


 どうやら随分と放置していたことにアクロアイトさまが無視するなと主張しているようで。

 

 「本当に気に入られているのね」


 「ね~」


 「しかし良いのでしょうか。名前まで付けてしまって……」


 「良いの良いの。この子は王国まで付いて行くよ~ご飯は魔力で良いし、まだ小さいから寝床は困らないでしょ~」


 楽で良いけれど、アクロアイトさまを連れ帰った事実を知れば、王国の人たち倒れてしまいそう。暫くは幼竜さまのお世話係だなあと、遠い目になる。

 あれ、私も大丈夫なのかな……まさかねえ。不意によぎった嫌な予感を、頭を振って打ち消すのだった。

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