第179話:お名前。

 ――卵さまが孵った。


 喜ぶべきことである。あるのだけれど、どうして今現在私の腕の中に居るのだろうか。以前に会談を行った場所なので、机の真ん中に幼竜さまを鎮座させて椅子に座ると、よたよた歩いて私の膝の上に乗った結果そのままとなってしまった。その姿を見て、亜人連合側の皆さま方は苦笑しているか、微笑ましいものを見ているような顔で。


 「懐いてるな」


 「懐いてるね」


 ジーク、リン……他人事だと思って簡単に言ってくれるじゃないですか。これ私の下を離れないなら、このままここに住むか、アルバトロス王国に連れて帰るかの二択しかない。

 前者ならばアルバトロス王国は抗議するだろうし、後者ならアルバトロス王国の上層部がまた右往左往して頭を抱える案件だ。

 

 「懐いてくれるのは嬉しいけど……」


 本当にこの状況をどうするべきか。離すと付いて来るからなあ。


 「嬉しいが?」


 代表さまが首を傾げて、私に問うてくる。懐いてくれるのは単純に嬉しいけれど、世話をするとなれば大変だろう。


 「いえ、この子は此処で生きるのが一番でしょうし……」


 彼に向けていた視線を、私の膝の上で大人しくしている幼竜さまへと移した。すりすりすりすり。

 目を細めながら身体の至る所を使って、匂い付けが凄いのだけれども。


 「それを判断するのは君の腕の中に居る本人だよ」


 くつくつと笑いながら代表さまの適格な助言に反論できない私。エルフのお姉さんズも笑っているし、他の亜人の代表格の方々も笑ってた。妖精さんも部屋の中で何体も自由に飛んでいるし、若干カオス気味。


 でもなあ、餌……もといご飯とか用意するのも大変そうだし、そもそも何を食べるのだろうという謎もあるし。ファンタジー生物だから魔力で生きられるのか。あの巨体を維持するためには、魔力だけでは足りなさそう。


 「魔力で事足りるし、竜って基本は何でも食べるよ~」


 「勿論、個体差や種族差もあるけれど」


 小さく笑いながらお姉さんズが私の心の声を勝手に読んでた。楽でいいけれど、そんなに駄々洩れなのかな、私の感情って。

 

 「そんなことを気にしていたのか」


 「まあ仕方ないよ~」


 「引き篭もりが随分と長いものね」


 代表さまの言葉にお姉さんAが肩を竦める。情報遮断されているので、亜人の方々の話って中々聞くことがないし、噂レベルで耳にするくらいだ。後は歴史上で。三人の言葉に、やれやれと言った顔をしている亜人の代表格の方々。


 「ということは私が暫く預かることになるのでしょうか……」


 「そうなるな。放っておいても勝手に育つ。何も問題はないから、君の傍に居させてやってくれ」


 彼の言葉に頷くしかなかった。膝の上でごそごそしている幼竜さまを抱えて、私が座るテーブルの前にゆっくりと置く。きょとんとして顔をフクロウのように傾げた幼竜さま。お願いだから其処に居てねと願いつつ、口を開く。


 「私で良いのかは分かりませんが……。えっと、よろしくお願いします」


 私は幼竜さまに頭を下げると、短く一鳴きしたあと結局は私の膝の上に乗る幼竜さま。


 「『よろしく』だそうだ」


 「分かるんですか?」


 代表さまに視線を向けると、膝上でまた一鳴き。


 「何となくだが、私も竜に属するからな。あと名前を付けてくれと言っている」


 「え?」


 いやいやいやいや。名前って大事なもので、名乗ってないんじゃあなかったけ。そういうものは自分で決めるか、親が……親がぁ……私なの!?


 「君が決めると良い」


 「あの……私はこちらの国の文化に疎いのですが」


 「好きに付ければ良いさ、特段気にするべきことではないからな」


 命名基準やルールは特にないそう。部族ごとにルールがある所や、全く気にしていない所も。代々の親の名前を引き継いで、滅茶苦茶長い名前の人も居るらしい。

 で、膝の上に乗っている幼竜さまを見る。そんなつぶらな瞳で見ないで下さいな。私、ネーミングセンス皆無ですよ。下手をすればポチやタマくらいしか考え付かないレベルなのですが。うーん、うー-んと悩むけれど、良い名前なんて思い浮かばず。何かヒントになるようなものか、意味のあるものが良いけれど。

 

 ――アクロアイト。


 ふと前世で見た鉱石だか宝石だかの図鑑の一ページを思い出した。卵さまの見た目もそんな感じだったなあ。卵さまと実際のアクロアイトと比べると大きさが全然違うけれど。

 花言葉ならぬ石言葉が『透明性』『クリアな気持ち』。パワーストーンとしての効果が『潜在能力を発揮する』『リーダーシップを発揮する』『冷静な状態を取り戻し、迷いをなくす』だったかな。こちらの世界に存在しているのかは分からない。ただ、パワーストーンの効果は幼竜さまに似合う気もするし。


 「アクロアイト……どうかな? センスがないから気に入らなければ、ちゃんと断ってね」

 

 目の前の幼竜さまが言葉を理解しているのか分からないけれど、じっと私の顔を見て短く一鳴きして顔を身体に擦り付けて、腕を甘噛みした。

 

 「うわ」


 あの、突然魔力を吸い取らないで下さい。幼竜さまに半分くらい持っていかれたのだけれども。幼竜さま、もといアクロアイトさまに妖精さんが近づいて光ったり、鱗粉……かなあ、振り掛けている。お祝いしてるのかな、コレ。


 『名前!』


 『ご意見番さまの名前!』


 無邪気だなあ、妖精さんは。これは認めてくれたという事だろうか。代表さまやエルフのお姉さんズに亜人の代表格の方々も、確りと頷いてくれたので良かったらしい。

 ふうと胸を撫でおろす。いや、本当にポチとかタマとかのレベルしか思いつかない人間だから、気に入ってくれたのならば良かった。ぐりぐりと顔を撫でつけるアクロアイトさまに『よろしくね』と心の中で呟くと『こちらこそ』と聞こえたような気がしたのだった。

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