第178話:卵さま孵る。
数多くの竜や亜人の方たちに出迎えられ、道を譲られる。
代表さま、私を先頭に立たせないで下さい。この国の現在のトップは貴方でしょうに。本来の位置は彼の後ろか最後方で良いのだけれど。私が前を行くからジークとリンがその直後に居て、なんだかなあと目を細める。
急斜面に無理矢理穴を開け、敷物が一番下に敷かれその上に枯れた小枝が集められ器用に卵さまが鎮座していた。最後に見た時よりも大きくなっているような。バスケットボール程の大きさにまで育っているソレには、皹が細長く入っていた。
「私が卵さまの一番前に立つのはおかしいのでは……」
普通は同族の人じゃないのかなあ。鳥とか一番初めに見たモノを、親だと思い込む習性があると聞くし。
竜の親が人間……しかもご意見番さま程の竜が残した卵さま。絶対に国宝級とかそんなレベル。一国家の聖女が背負えるものではないような。だから代表さまが前に立てば良いのにと、後ろを振り返る。
「構わない。君の魔力に影響を受けている、今更だ」
今更なのか、そうなのか。ええい、こうなればエルフのお姉さんズにでもと代表の後ろに立っている彼女たちに視線を向けると、気付かないふりをされた。でもまあ、竜なんてファンタジーなものが孵るのは興味がある。ご意見番さまってどんな姿だったのかな、とか想像していると楽しいし。
諦めてしゃがみ込み、卵さまに顔を近づける。なんとなく丸いけれど、ごつごつとした表面に黒髪黒目が特徴の私の顔が映り込んでいた。
「え?」
ふっと私の身体の中に巡っていた魔力が随分と減り、しゃがみ込んだ体勢を維持できなくなり尻もちをついた。
「ナイっ」
「リン、ありがと」
尻もちをつき地面に倒れそうになった所で腕が伸びてきた。よく見ているなあと彼女の方に顔を向けて、苦笑いを浮かべながら礼を伝えた。カキンと金属同士がぶつかるような小気味いい音が鳴ると、卵さまに入っていた皹が蜘蛛の巣状に広がって。
『おお!』
『彼の方のお帰りだ!』
『きっとまた我々を導いてくれるに違いない』
「――おかえりなさい」
「本当に」
ご意見番さまが残した次代と言っても、彼らにとってはやはり特別。目に涙を浮かべている方も居れば、笑っている方も、涙に笑みを浮かべているという器用な方もいらっしゃる。割れた部分から鼻先が見えた。どうやら突き破ってそこから出てくるのだろう。リンが支えていてくれた手を取って、ゆっくりと立ち上がった。
少し時間が経ち、随分と顔と体が出てきていた。必死になってもがいて卵の殻から這い出ようとする姿は、自然の中で生きる生き物の力強さ。見ているだけの私たちが出来ることなんて、何もない。静かにじっと見守ることだけ。
卵さまの上半分に開いた穴から、ようやく身体の半分が出てきた卵さま。もとい、幼竜さま。自重で卵が転がって、身体が地面に着いた。そこからまたジタバタと地面を這って、こちらへと足取り危うく後ろ足で歩いて来た。
それと同時に、見守っていた竜の方たちの咆哮が上がる。以前に聞いた何処か物悲しいものではなく、生命の新たな誕生に喜んでいる歓喜の叫び。彼ら流の生命の言祝ぎだった。
「あ……ぅ」
そうして代表さまの言葉通りに、卵さまの幼竜は私の足元へとやって来た。足首に身体を一生懸命に擦り付け、か細い声で鳴いている。抱きしめたい衝動に駆られながらも、自然に生きる生き物、自然に生きる生き物、自然に生きる生き物……と、念仏のように唱えて空を仰ぐ。
「もう諦めたらどうだ。君が孵したようなものだろう」
勝手に私の魔力を吸って育っただけで……代表さま。でもこれってある意味で、製造者責任となるのだろうか。下を見たら絶対になし崩し的に、私の下へ居るようになるという確信がある。でも結局、下を向いた。
銀色の身体に黒色の瞳。またしゃがみ込んで手を伸ばすと、何度か匂いを嗅いで、すりすりと顔を私の手の甲に擦り付けた。
なんだか良心が痛むなあと考えていると、後ろ足を屈めて私の頭の上に飛び乗って、一鳴きする幼竜さま。首が折れそうだし爪が頭皮に立ちそうだしで、恐怖やら重みやらに一生懸命に耐えていると、代表さまが幼竜さまを抱えあげていた。
「そのくらいで。彼女は人間です。せめて肩か腕の中にでも」
随分と穏やかな顔をしている代表さまを覗き込んで首を傾げてこちらを向くと、ぱたぱたと小さな羽を広げて飛んできた。避ける訳にもいかないので、腕を伸ばして抱きとめる。先程よりも軽い気がするのだけれど、気の所為だろうか。
ぐりぐりと私の顔に幼竜さまの顔を押し付けられ、納得すると私の肩に顔を乗せ、寝た。
「いや……これは、どうすれば……」
竜の生態なんて分からないし、どう接していいかも分からない。肝心な代表さまは微笑ましそうに見ているのだが、これで良いのだろうか。
「この場で話し込むには不適切だな。エルフの街へ移ろう」
代表さまがそう言うと、白竜さまがこちらへとやって来た。『背にどうぞ』と声を掛けてくれると、エルフのお姉さん二人が『また格好つけて』『ね~』と頷き合っている。竜族とエルフの人たちに何か因縁でもあるのか、はたまた個人的なものなのか。後者であればいいと願いつつ、ジークのエスコートで白竜さまの背に乗る。
ちなみに幼竜さまは、一度目が覚めてぱたぱた飛んで私が白竜さまの背に乗るまで宙に浮いており、乗ったことを確認するとこちらへとゆっくりやって来て私の胸元に飛び込む。
竜だというのに生まれたばかりで鱗がまだ固くなっていないのか、体温が伝わるしふにふにしてた。なんとなく目と口元の間を親指で撫でると目を細めた後に、顔を腕の中へと突っ込んでまた顔をだす。
自由だなあ。
全員が白竜さまの背に乗るとゆっくりと浮かび上がってエルフの街へと進む。二度目の光景だけれど、少し閑散としているけれど自然の大地が目の前に広がっている。緑に包まれた森が見えてくると高度が下がり始めて、広場へと降り立った。
――あれ。
まだ銀髪オッドアイくんここに放置されていたのか。最後に別れたあの日から約十日経つけれど、やつれた様子もないし元気そう。
時折、妖精さんが現れて光っているけれど慣れたのか動じていない。猿轡を噛まされているので、言葉を喋ることはないけれど。小型の竜の方もちらほらと降りてきて、檻を揺らしたりと嫌がらせをしている。
「そこまでにしておけ。ソレは放置で良い」
代表さま、どうやら眼中にはない様子。一瞥すらせずに言い放ったから、ちょっと怖い。あと他の人たちも。この環境下で過ごしていられる銀髪くんも凄いけれども。冒険者だし、悪い環境に耐性があるのだろう。
「ああ、すまない。君を脅かすつもりはなかったんだ」
「いえ、お気になさらず」
そんなやり取りをしつつエルフの街、以前会談を行った場所へと歩いて行くのだった。
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