第177話:直前。

 朝起きて、朝食を取り窓から空を見上げる。


 ――花を添えてから、十日が経つ。


 雲一つない青い空が遥か彼方まで広がっていた。空をトンビか鷹が優雅に飛んでいる。少し暑いけれどカラッとした空気で、湿気でベタ付く不快感には程遠い。

 着替えを済ませ、今日は孤児院にでも顔を出してみると公爵家の侍女さんたちに予定を伝えている。早々に馬車をご用意しておきますと告げられ、しずしずと部屋から出て行った所。


 「ん?」


 エルフのお姉さんズから頂いた、連絡用の魔法具がキンと甲高い音を一度鳴らした。魔力が通っている合図であり、着信音の代わりだそう。掛けた対象の人しか分からないという優れモノで、魔法具から離れていても着信音が必ず鳴るので、出られない時の為の掛け直し機能でもあるそうだ。


 数日前に上等な反物を頂いてお礼の連絡を入れて『ちゃんとした物を作って貰いなさいね』『出来たら見せてね~』とかなり気軽なやり取りを交わし、通話を終えたのだけれど。またしても連絡があるとは、これ如何に。兎も角、通話に出なければと魔法具に手をかざす。


 「はい、もしもし」


 『あ、居たよ~』


 『じゃあ大丈夫ね。代表』


 代表さまを呼んだお姉さんズの声しか聞こえず、通話が途切れた。え、一体何事と目を白黒させていると、部屋に人影が現れた。


 「!!!?」


 いや、本当に驚いた。目の前に突然、見知った顔が三人現れたのだから。亜人連合国に戻った人たちが何故、アルバトロス王国のハイゼンベルグ公爵家に突然現れるのか。しかも連絡は一切なしで。いや、さっきのが連絡なのだろうか。


 「あ、王さまたちには連絡しといたよ~」


 「大事な大事な聖女さまを借りるわねって」


 国王陛下や上層部は『必ず返してくれるなら、どうぞ』と返答したそうな。なんだろう、私の扱いが雑過ぎないかな。そこはこう『ウチの大事な聖女さまに手を出すな』とか格好よく言えないものだろうか。……いや、無理か。亜人連合国と交易を結ぶ予定だし、頓挫しても困るので言えないか。


 「突然済まない。――彼の卵が孵りそうでな。迎えに来た」

 

 お姉さんズを押しのけて代表さまが、何故ここに転移してきたのか理由を話してくれる。どうやら卵さまが孵る直前らしい。迎えを寄越している場合なのかと疑問に思うけれど、エルフのお姉さんズによる転移ならば秒で終えるからなあ。


 「赤毛の双子は?」


 きょろきょろと借りている客間を見渡すお姉さんズ。彼らの代わりの公爵家の騎士が部屋の前で立ち番をしているので、ジークとリンは部屋でゆっくりしている筈だ。


 「借りている自室に居るかと」


 「君の護衛がいなきゃ駄目なんだよね?」


 「そうなっています」


 護衛は必ず付けることになっているから、単身でどこかへ出掛けることはない。連れて行かなかったことを教会から怒られるし、二人も怒られてしまう。割と自由が少ないよねえと遠い目になるけれど、この四年間で慣れてしまうもので。


 「分かったわ。――……」

 

 そう言ってエルフのお姉さんAが目を瞑る。どうやら念話のようなもので二人を呼んだらしい。今はまだ近距離だけの試験的な運用だそうで。

 ジークとリンは魔力を外に出せないタイプの人間なので、お姉さんズからの一方的なものだそう。事情は粗方話しておいたとお姉さん。


 亜人連合国からアルバトロス王国まで距離が随分とあるので、代表さまは魔力タンク代わりに一緒にお姉さんズと来たそうで。こちらから向こうへと戻る際は私が代わりを務めるそうだ。聞いていないと文句を付けたい所だけれど。

 

 「ごめんね~流石に魔力が足りないんだよね」


 「人数も多くなるものね」


 雑談をしながら暫くすると足音が聞こえ、部屋の扉を叩く音が鳴り響くのだった。

 

 「どうぞ」


 十中八九、ジークとリンだよなあと入室を促すと、蝶番の音を鳴らしながら扉が開いた。そこには良く見知った顔が二つ。そして立ち番をしていた騎士の人たちが、部屋の中を覗き込みかなり驚いた顔をしてる。扉を開いたまま、二人はこちらへとやって来た。

 

 「失礼します」


 「失礼します」


 騎士服を纏い帯剣しているジークとリン。いつの間にと思うけれど、早着替えも訓練のひとつで随分と鍛えられたそうだ。何があったのか余り理解していない顔をしているけれど、私も事態に付いていけてない。

 

 「準備は整ったな」


 「あ、あの! 公爵家の誰かに伝えておかないと、流石に責任問題になります」


 そう、勝手に居なくなるのは不味い。今日の予定は伝えているし、その為の人員を動かしている。せめて中止になった旨だけでも知らせておかないと、不味いのだ。


 「仕方ないなあ~こういう所は人間って面倒」


 「ルールが違うものね」


 「少しだけ待つが、急いで欲しい」


 三人の言葉に頷いて呼び鈴を鳴らすと、静かに侍女の人が開いたままの扉から入って来て、三人の顔を認めるなり驚いた顔を見せたけれど、直ぐに鳴りを潜めた。流石、公爵家に勤めている人。三人の角と耳をチラ見して一瞬で判断したようだった。


 「済みません、今日の予定が変わってしまって……」


 「では、関係する方々に連絡を入れておきます。お帰りは何時になりましょうか?」


 目の前の侍女さん、私たちが亜人連合国に行くことも理解しているようだ。卵さまの孵化ってどれくらい時間が掛かるのだろうか。知識がないので、三人を見る。


 「夜には帰れるかしらね、代表?」


 「ああ、そう時間は掛かるまい」


 そういう事らしい。侍女さんの方へと向き直って口を開く。


 「――だ、そうです。夜には戻ります」


 「畏まりました。皆さまへお伝えしておきます」


 よろしくお願いしますと頭を下げる。


 「それじゃあ一足飛びで彼の住処へ飛びましょ!」


 どうやら一気にご意見番さまの住処だった場所へと戻るようだ。長距離転移は距離がありすぎると何度か転移を繰り返すものだけれど、エルフのお姉さんズには一気に移動できる技術があるみたい。


 「ん~」


 「ああ」


 短くお姉さんAの言葉に返すお二人に苦笑しつつ、リンとジークへと顔を向ける。


 「よろしくお願いします。――ジーク、リン急な話でごめんね」


 後ろでお姉さんズが『ごめんね~』『悪気はないのだけれどね』と困ったような言葉を紡いでいるけれど、雰囲気はどことなく楽しそう。愉快な人たちだと背中の空気を感じつつ、双子のきょうだいを見る。 


 「いや、気にするな。お前の専属護衛だからな」


 「うん。ナイに付いて行くのは当然」


 私も随分と状況に振り回されているけれど、その私に付き合わなきゃいけないジークとリンは大変だ。

 それでもこうして文句一つ言わずに付いてきてくれる。有難いことだった。


 お姉さんAの唄っているような魔術詠唱。


 そうして次の瞬間にはご意見番さまの住処へと辿り着き、数多くの竜のみなさまと他の亜人の皆さまが大勢集まっているのだった。

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