第176話:影の薄い外務卿さま。

 ――生まれた時から存在が薄いと言われていた。


 アルバトロス王国は魔力量の多いものが生まれやすい。それ故に『異能』と呼ばれる特異な能力持ちの人間が生まれることがままあるそうだ。現筆頭聖女さまの『先見』もその一つ。私は『薄影』という異能持ちだった。

 私の家系は代々『外務』に携わる仕事に就くことが多く、嗣子として両親から期待され教育も十分に施された。


 元々アルバトロス王国は、障壁によって閉じ籠りぎみな国である。諸外国よりも守りに徹する国として名を馳せており、他国からは『弱腰』だの『腑抜け』だと言われることも多々あった。

 が、障壁に頼ってばかりでは問題があるのは歴代の国王陛下が危惧しているのだ。魔力持ちの人間が多く生まれることを利用し軍と騎士団を運営。平時は国内の魔物討伐に注力しているが、緊急時には国境へと派遣されて諍いや戦へと駆り出される。訓練も積んでおり他国と遜色はない……いや、魔力がある分優れているのだ。


 ただ閉じ籠っているから力を誇示する機会は少なく、我が国を他国が蔑む理由となってる。上層部はそれを良しとしている気配がある。舐められている方が実際に戦となった時に有利である、と。確かにそうだ。間違いはない。


 けれど、外交に出て他国から嫌味を言われるのは、陛下や外務に携わる人間。


 そこでキレ散らかせば落ち度にしかならないし、喧嘩なんて売ろうものなら自身の首が飛ぶ。


 いや、まあ、影が薄く他国の外交官から中々言われることがないから、部下の愚痴を理解出来ていない部分もあるかもしれないが。


 「外務卿! 大変ですっ!!」


 「どうした?」


 亜人連合国へと事態説明の為、第一王子殿下と宰相補佐、使節団の代表として竜の浄化儀式を執り行った聖女と、彼女の補佐に公爵令嬢が一日前に馬車に乗り隣国から旅立った。

 昨日の夜、殿下と宰相補佐が護衛数名を引き連れ『緊急事態だ』と血相を変え彼の国から戻ってきた。亜人が急に空を飛んでアルバトロス王国へと乗り込むと言い始めたらしい。

 少ししてその誤解は解けるのだが、事態をキチンと説明してくれなければ間違えた情報を流してしまう。慌てていたことは理解できるが、第一王子殿下も宰相補佐もまだ若いという証拠だった。


 隣国の外務官も巻き込んで関係各所に『明日の午前中、空に竜の大群が飛ぶかもしれないが、アルバトロス王国へ向かっているだけ。問題視するな』と方々に連絡を付け終わったというのに。前日の夜から朝になるまで、不眠で働き仮眠を取ったところだ。もう問題はこりごりだと、やって来た部下をじっと見る。


 「俺たち、置いて行かれました!!」


 「え? どういうこと?」


 ちゃんと説明して欲しい。『いつ・どこで・誰が・何を・何故?・どのように』は大事なんだけれどなあ……。私、君が外交官に就いた頃、きっちり指導したよねえと、遠い目になる。


 「みんな竜の背中に乗って帰っちゃったって! 外務卿、俺たちみんなに存在を忘れられていますよっ!?」


 訳が分からないという顔をしていると補足を入れた部下。何故そうなるのだろうか。手筈では、こちらへ戻って転移魔術陣で王国へ戻ると決められていたのに。


 「…………いや、馬鹿な」


 「だって殿下方、戻って来ないじゃないですか!」


 確かに時間は朝から夜へと移っている。そろそろ帰ってくるだろうと、安気に待っていたのだけれど。


 「でも戻る時間、決められてなかったよね」


 「確かにそうですが……ああ、もう! 緊張感の欠片もない顔をして、そんなだから外務部は無能の集まりとか言われるんですよ!」


 いや、無能ならこの仕事をやっていけないし。能力は必要。交渉事とかあるんだし。影が薄くて馬鹿にされることは多々あるが、仕事はちゃんとしている。基本、国の頂点同士の話し合いだしね、外交って。その下支えが私たちの仕事で地味な仕事振りだから、目立たないけれど。

 

 「とりあえず、国に連絡してみよう。事実確定はそれからだよ」


 座っていた席から立って、連絡用の魔術具の前に立つ。手をかざし魔力を練ると、アルバトロス王国の外務部へと繋がるのだった。


 『外務卿、お疲れ様です』


 「うん、お疲れさま。――ところで、竜に乗って使節団一行が帰ったって聞いたのだけれど、本当?」


 『ええ。昼過ぎにこちらへ戻って来られていますよ。飛行ルートだった国や王都は随分と騒ぎになりましたが』


 くつくつと愉快そうに笑いながら、私に答えてくれた。本当に忘れられている……。連絡一つ寄越さず、殿下たちは戻ってしまったようだ。転移魔術陣は国同士の使用許可と多大な魔力が必要になる。私や部下たちの魔力では全く足りないし、どうしたものだろうか。


 「置いて行かれた……」


 『え?』


 「殿下たちに置いて行かれたよ、私たち外務官は」


 『ああ……、そのご愁傷さまです。上に報告しておきますので、あまり気落ちなさらずに』


 「ありがとう、優しさが胸にしみるよ。頼んだよ、帰る方法はいくつかあるけれど、個人で戻るにはお金が掛かりすぎるから」


 戻れないことはない。冒険者ギルドに依頼を出し、転移を使える魔術師が運よくいれば戻ることは出来る。

 ただ、連続で転移を行うことは難しい。魔力量が多い者が居れば一番良いが数が少ないし、そういう人間は重宝されているから。だから金が掛かる。まあ、申請すれば仕事扱いとして国が立て替えてくれるはずだ。が、今代の財務卿は厳しい人なので、ねちねちと言われ続けそう。

 

 ああ、存在を忘れがちにされるのは悲しいなあ。窓の外から夜の城下の街並みを見る。


 アルバトロス王国よりも街の灯りが少ないことが、悲しみに拍車を掛ける。この国の外交官に事情を話すと、凄く同情的な視線を向けられた。だよね、あり得ないよね。同行者を忘れるだなんて。

 しかも私『外務卿』だよ? 外交官のトップで彼らを統べる者だ。扱い悪いよねと不貞腐れつつ、もう一泊させてくれと申し出ると快諾してくれた。


 『すまん! 本当にすまん!!』


 数時間後、慌てた様子で第一王子殿下が連絡を寄越してくれた。迎えを用意してくれるようでホッとする。ただ少し時間が欲しいと言っていたので、いつになるのやら。取りあえず安堵して寝床に入った。


 数日後、私たちの迎えが巨竜だと知って腰を抜かすのは、お約束だったのだろうか。


 手配したのは一体誰だろう……。

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