第172話:出発。

 公爵邸の玄関先横にある停車場でソフィーアさまとジークにリン、私が馬車に乗り込もうとしていた。


 昨日の夜、ソフィーアさまから『陛下から呼び出し』と聞いていたのだけれど、きっと卵さまの件だろう。無事に返却できたし、ドワーフの職人さんたちとの繋がりも出来たから、お咎めはあり得まい。

 なら、あとは何があるのかと考えていたけれど、嫌な予感しかない。嫌な予感がするからと言って、陛下からの呼び出しを断れるはずもなく。朝起きて直ぐにご飯を終えると、侍女さん達に囲まれて準備を済ませた。


 「よく眠れた?」


 「うん」


 リンに問われ、短く返事をする。とりあえず報告書は昨日に終えたので、仕事は暫くなし。城の魔力補填も、本来ならば辺境伯領で討伐をしていた予定である。他の聖女さまたちの役目となっていた。


 「リンは?」

 

 「ばっちり」


 陛下と会うというのに彼女は動じていない。リンは他人に興味がないというのもあるが、緊張していないのは羨ましい。ジークもいつもと変りないようだし、本当にこのきょうだいは肝が太い。


 「どうした?」


 「ん、二人共緊張していないみたいだから、羨ましいなって」


 「…………」


 「…………」


 凄く微妙な顔を浮かべる、そっくりきょうだい。なんでそんな顔をするのだろうと首を傾げる。


 「ナイに言われたくない」


 「兄さんと、同じく」


 「……酷い」


 「酷くはないだろう。あの国で堂々と振舞っていたというのに、何故今更緊張するんだ、お前は」


 彼らを相手するよりも良くないか、と私たちのやり取りを少し後ろで見ていたソフィーアさまが声を上げた。あの時はもう開き直っていたというか、卵さまをどうにかして返却しなければ、という思いが強かったので気にならなかっただけで。

 

 「卵さまをどうにかしないと、私に世話が回ってきそうだったので必死ですよ。そりゃ……」


 「しかしなあ……その後にお前の一言でドワーフたちとの交易が始まるわ、竜の大群を引き連れて大陸縦断だ。緊張していたらあんな言葉は出ないさ」


 王都は大騒ぎだったそうだし、飛行コースだった国々の人たちも腰を抜かしたそうで。すわこの世の終わりかと騒ぎになったようだけれど、事前に連絡を入れていたこともあり大都市部では直ぐに騒動は収まった……収めたそうだ。

 地方や農村部は少し時間が掛るだろう、とのこと。連絡手段が人伝で、事情を知るには時間が掛かる。

 

 「もうヤケクソですよ。どんどん話の規模が個人で手に負えなくなっていましたし」


 「国でも持て余すものだったがな!」


 くくく、と楽しそうに笑うソフィーアさま。ジークとリンも笑っている。


 「だが、あの場所に花を添えられて良かった。ナイの思い付きだったのかもしれんが、国として彼の国へ哀悼の意を示すことが出来たからな」


 そういうものは大事らしい。辺境伯さまも花を添える為にセレスティアさまが同行したものなあ。あれ、銀髪くんの所属国の使者さんとギルド長さんは、あの時王都に残り、亜人国からの要求を国やギルドに伝えると急いで戻って行ったが……。

 気持ちの問題だし、後からあの場所へ訪れるだろう。心配になるくらい、一杯一杯の様子だったし。


 「さあ、行こう」


 最近、何かある度にソフィーアさまが使いっ走りになっている。ソフィーアさまは命令に従っているだけだろうけれど、公爵令嬢さまを私の下に就けるようなことはそろそろ止めて貰わないと。

 

 「はい」


 そう言って馬車へと乗り込んで王城へと辿り着く。案内役の近衛騎士の方たちによって、とある場所へと連れてこられた。今度は謁見場ではなく、会議室のような場所。それでも豪華な造りでテレビで見ていた、外交会談を行うような立派な所だった。


 「よく来てくれた。聖女、ナイ」


 部屋に既に陛下と公爵さまに、宰相さまと、誰か分からない中年男性たちが座して私たちを迎え入れてくれる。陛下がいの一番に声を上げ、近衛騎士の方が席へと案内してくれた。ゆっくりと移動する私に視線が集まっているのが分かる。


 「陛下、無事に務めを果たして参りました」


 「貴殿の働き、真に大儀である」


 笑っているけれど、どことなく疲れているような陛下に、まさか第一王子殿下方に続いて彼も不眠不休に近い状態だったのではと不安となってきた。


 「光栄の極み」


 「さあ、掛けなさい」


 頭を下げて椅子へと座った。私の隣にソフィーアさまが、後ろには起立したままのジークとリン。私が座ったことを確認すると、陛下が口を開く。


 ――意訳、爵位と家あげる。


 ん、と顔が引きつる。家は予想していた。陛下には何故教会宿舎にと言われたし、代表さまにも苦言を呈されていた。

 お屋敷を貸与されるだろうと予想していたけど、爵位って。だって本来は、お勤めご苦労さまということで、聖女が引退時に頂けるもの。現役の聖女は本来頂けるものではないし、筆頭聖女さまだけが賜るものだ。何でと思うけれど、今回の件は亜人連合国とのパイプが出来た。


 諦めるしかない。


 こんな場所じゃなければ『何でさ!』と叫んでいただろう。爵位も一代限りのものだろうし、貸与される屋敷も同様のレベルになるのだろう。手続きや物件探しで時間が掛かる――通常よりも急ぐとも――そうだが、必ず賜るとの事。ふうと他の人に分からないように一息吐いて、まだ続いている陛下の説明に耳を傾けるのだった。

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