第170話:寝過ごした。
亜人連合国を経て王都へと戻り、辺境伯領へ行き花を添え、また王都へ戻った。公爵邸に戻って食事を終えお風呂を借りて直ぐに寝たのだけれど、随分と寝過ごしていた。
陽は既に空の真上に昇っており、丁度お昼の時間。公爵邸の客間で目が覚め、一人で着替えていると侍女さんがノックをして部屋へと入ってくる。
「聖女さま、起きられた際には呼び鈴を鳴らして下さいと、何度……」
「すみません、いまだに慣れなくて」
彼女の苦言は仕方ない。侍女の仕事を奪ってしまっているのだから。そしてバレたら怒られるのは彼女たちで、私はお咎めを頂くことはなく。そろそろコレも諦めなければならないなあと苦笑いをしながら、着替えを手伝ってもらう。
「食事は如何なさいますか?」
「ありがとうございます。――お腹が空いたので、何か頂けるものがあるといいのですが」
着替え終わったのでお礼を告げ、苦笑いをしつつお腹をさすりながら伝えると侍女さんも上品に笑う。
「では、料理長に伝えておきますので暫くお待ちくださいませ」
「すみません、お願いします」
しずしずと礼をして部屋を出ていく侍女さんの背を見送る。他の人たちはどうしているのかは分からないけれど、自分一人の為にご飯を用意してくれるなんて随分と贅沢。
亜人連合国へ出発する前公爵邸に居た数日間で、公爵さまを始め、公爵夫人に次期公爵さまに奥方さま、ソフィーアさまにカトラリーの使い方を仕込まれていた。
どんどんと普通の生活からかけ離れて行くことに、不安を覚える。王家からお屋敷を与えられそうな予感がするし、そこには護衛の方や侍女さんたちも付けられるだろうから、ジークとリンと別れることになる可能性もある。
「…………」
仕方ない、のかな。私の専属護衛から外れることはないだろうけれど、ずっと一緒に過ごしてきた時間は本物で。家族ではないけれど、家族以上の絆を感じている。そうなってしまうと寂しいが、二人も仕方ないと判断したなら一緒に暮らすことはないのだろう。
「どうぞ」
ノックの音が聞こえて扉越しに声が聞こえたので、入室を許可した。
「目が覚めたと聞いたから、来てみたが」
「おはよう、ナイ」
ひょっこりとジークとリンが顔を出した。扉を開いたままで、こちらへとやって来る。窓際に立っていたので、二人以外誰も居ないことを理由に窓の桟に凭れた。これをやると行儀が悪いと怒られたのだった。
「おはよう、ジーク、リン。ちゃんと休めた?」
「ああ」
「うん」
なら良かった。強行日程だったし、二人も公爵邸で過ごしていたから、環境が変わってしまい慣れなかっただろうに。
「ご飯は?」
「もう食べた。あとはお前だけだ、寝坊助」
目を細めて笑みを浮かべるジーク。どうやら冗談のようで。
「ごめん、一度も目が覚めなかったから。侍女さんたちも気を使って起こしてくれなかったし」
何か用事や予定があるのならば、侍女さんたちが叩き起こしてくれるので、急いだ用事はなかったのだろう。二人は規則正しく朝に起き食事を済ませ、昼食も済ませてしまったようだ。仕方ない一緒に食べるのは諦めて、大人しく食事が出されるのを待とう。
「報告書、仕上げなきゃね」
教会にも国にも報告書を提出しなきゃならないから、戻ってきたとしても仕事はまだ続く。提出期間までまだ少し時間があるものの、後回しにしていると直ぐに期限が迫っているから、早めに仕上げたい。
「……苦手」
この手の作業を得意としていないリンが渋い顔をして苦言を漏らした。
「手伝うから一緒にやろう、リン」
「うん」
いつものように三人集まって作業をすれば、一人でやるよりも効率よく終わるだろう。今回は同行者も居たから、事細かく必要はなさそうだし。
あとは昨日の会談がどうなったのか、代表さまたちは帰ってしまったのか。公爵さまかソフィーアさまが知っているだろう。屋敷の中で会ったら聞いてみよう。ただこの広い公爵邸で出会える確率は低いので、執事さんでも捕まえられるといいが。彼に出会うのも案外難しかったりする。
本当に広いよなあと苦笑いしていると『お食事の用意が出来ました』と、侍女さんが部屋の扉の前に立って教えてくれた。
「直ぐに済ませてくるから、ちょっと待っててね」
ここで待っていて貰えば良いだろうと、直ぐに戻る旨を伝えて部屋を出ようとする。
「俺たちも行こう」
「ん。後ろで控えているね」
「気になるんだけれど……」
見られるのは気になる訳で。食べる時くらいゆっくりしたいけれど、どうもそうはいかないようで。侍女さんも横について、メニューを出したり下げたりしてくれる。気軽に食べられる、ジャンクなものがそろそろ食べたいけれど、王都の街に出ることは出来るのか……。
「慣れろ」
「ナイ、頑張ろう」
尤もな二人の言葉に力なく頷いて、食堂へと足を向けるのだった。
――夜。
報告書を三人一緒で必死こいて仕上げて、後はゆっくりと過ごせるねえと雑談をしていたその時だった。
「陛下から呼び出しだ。明日の朝、行くぞ」
ソフィーアさまが客室へとやって来て、無慈悲に告げ。長期休暇は残り一ケ月を切っているけれど、休暇ってなんだっけと頭に疑問符を描く、そんな日だった。
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