第168話:花を添えよう。

 ゆっくりと白竜さまの背中から降りる。


 道中セレスティアさまが凄く興奮していたけれど、見ないふりをしていた。一人で盛り上がり、直ぐに空の旅が終ると何とも言えない微妙な顔になっていたから。ソフィーアさまも彼女の姿を見て呆れたのか、ため息を吐いていた。

 年若い女性が男の子が憧れるようなものに夢中になっても、笑う権利は一ミリだってない筈だから。


 「ありがとうございます」


 「気にするな」


 政治的なパフォーマンスで代表さまは私のエスコートをしたのだろうと考えていた。けれど、アルバトロス王国側のお偉いさん方はこの場に居ないので、やっても意味はない。単純に彼が紳士なだけだろうと納得させて、ご意見番さまが果てていた場所へと進む。地面にまだ黒い染みが残っているから、迷うことはなかった。


 確かこの辺りで卵さまを拾ったはずだ。


 おそらくそこは彼の心臓があったであろう場所。生き物だというのに、死骸や倒した魔物から魔石が落ちることは稀にあるそうだ。そして強い個体になればなるほど、その確率は上がる。

 ご意見番さまともなれば確実に落ちるのだろう。魔石を卵へと変えて、次代を生み出したようだし。花を添えるならば、ここだろうと決めていた。しゃがみ込んで、彼がお気に入りだったという花をゆっくりと丁寧に地面に下ろして、目を瞑り手を合わせた。


 私と入れ替わって代表さまがしゃがみ込み、地面に片手を突いて目を閉じた。そうして暫く、ゆっくりと目を開けて立ち上がる。

 次に白竜さま。顔を下げて何度か鼻を近づけて匂いを嗅いでいた。満足したのか直ぐに離れて次の竜へ。いつの間に手に入れていたのか、はたまた私の真似なのか。咥えていた花を器用に地面へと置いて、白竜さまのように顔を下げ匂いを嗅いでいる。


 彼らなりのお別れの仕方なのだろう。


 「待たせて済まない、我々は終わりだ」


 暫く、竜の方たちの参列を待って次にエルフのお姉さんズが花を添えると、いつの間にやって来ていたのだろうかドワーフの方や獣耳や尻尾が生えている亜人の方々の番となる。

 どうやら隊列の後方で竜の背に乗っていたらしく、私たちは気付かなかったし、王都や辺境伯領へと挨拶した際も、上空で待機していたのだろう。そりゃ分からないと一人で苦笑いをしていると、参列を終えた方たちが私の方へとやって来た。


 「彼の方の葬送、感謝する」


 軽く頭を下げられたのだった。


 「礼には及びません、我々の行動でご意見番さまの望みを叶えることが出来ませんでしたから」


 人間に迫害されて大陸北西部へと追いやられた彼ら。きっと良くは思っていないだろう。


 「いいや。生きている者が強者に狩られるのは仕方ない、それに彼は次代を残した。必ずや我々を導いてくれるお方になりましょうぞ」


 何度やり取りしたのか分からない言葉に苦笑を浮かべると、彼らも笑った。


 「気合を入れて腕を振るいましょうぞ。楽しみにお待ちくだされ」


 「お手間をお掛けします」


 ドワーフさんが袖を捲り上げて力こぶを作って私に見せてくれた。制作依頼を頼んだ方の一人らしい。職人気質故に頑固で口が悪いと代表さまが仰っていたけれど、彼はその中に含まれないのだろう。人好きのする笑みを浮かべて私の下から離れていき、獣人の方々も一緒に歩いていく。


 「ナイ」


 「ありがとう。ジーク、リン」


 陛下や殿下方から預かっていた花束を二人から受け取って、先に添えていた花々と一緒に添えると、次にソフィーアさまがやって来て地面へとしゃがみ込む。暫く黙とうしたのちに、入れ替わりでセレスティアさまが同じように花を添えて黙とう。暫くすると立ち上がり、元の位置へ戻って行った。


 ――ん?


 ふと目に付くものがあった。こんなの数日前にあっただろうか。黒い染みの上に、三十センチほどの高さの細い若木が一本だけ生えていた。


 「?」


 何故と疑問符を浮かべるも、何も考えが浮かぶはずもなく。


 「どしたの~?」


 「首を傾げていたわね」


 私の背後からエルフのお姉さんズがやって来て、背後から若木を覗き込む。聞いてみる方が早そうだなと、数日前までは若木は生えていなかったと伝えた。


 「あー、種が彼の残した魔力に反応して成長したか、彼から放出された魔素を取り込んじゃったか……なんにしても彼の影響を受けているわね。この若木」


 「浄化儀式の時は生えていなかったんでしょう~?」


 「はい。染みが出来ている場所には何も残っていませんでした」


 「ならば、少しでも彼の願いが叶ったということか」


 お姉さんズの言葉に返事をすると代表さまもこちらへと来ていて、どうやら二人の言葉を聞いたらしい。嬉しそうな顔をしている。


 「ええ」


 「そうだといいな~」


 お姉さんズも若木を眺めながら微笑んでいた。私はゆっくりと地面にしゃがみ込み、若木から力強く生えている葉の一枚に手を添えた。


 「"大きくなりなね"」


 大地に深く根を張り、太く大きな幹へと育ち、立派な枝をつけ、葉が生い茂るそんな木に。

 時間は掛かるだろうけれど、彼が生きていたという印になれば良いだろう。きっと、またこの地を訪れる竜たちの標にもなる。そして運良ければ、何千年と生きているだろうから。雨にも風にも負けない木に育って欲しいと願いを込めて。


 「!」


 「!!」


 「っ」


 そうして立ち上がるとお三方がなんとも言えない顔をしている。首を傾げると噴き出したけれど、何に対してなのか教えてくれる気はないみたい。


 「さて戻ろうか。大方の者は先に国へ帰るが、残りは会談だな。取りあえず辺境伯領へ寄ろう」


 途中で拾ったお嬢さんを帰さねばなるまい、と代表さま。あ、そうだセレスティアさまは辺境伯領からこちらへと来たのだった。それに会談だと言っていたから、辺境伯さまも拾って王都へと行くつもりなのかも。


 『またね』と言いながらすりすりと体を擦りつけてくる、小竜さま。彼らに私も『また』と返すと満足したのか、大型の竜の方の背に爪を立ててよじ登っていく。

 用は終わったとばかりに飛び立っていく竜の皆さまを見ながら、また白竜さまの背に乗りこみ辺境伯領を目指し、領主さまも白竜さまの背に乗って王都を目指すのだった。

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