第163話:鱗と牙。

 ご意見番さまが住処にしていた場所で、数多くの竜と戯れていた。幼い竜は好奇心が高いのか、慣れてくるとジークとリンにも絡み始めていた。困ったような顔をしていたけれど、なんだかんだで幼い竜の可愛さに根負けしたらしい。最初はおっかなびっくりな感じで触れていたけれど、どんどん手が慣れていた。


 『これをやろう』


 『なら、これも~』

 

 一匹の竜さまが口に咥えていたモノをぽいっとこちらへと放り投げると、後に続く他の竜さま。


 「こちらは?」


 『鱗と牙だな。人間には貴重と聞く』


 竜の数が減った理由に、鱗や牙、血肉を手に入れたい人間によって狩られて個体数を減らしていったそうな。

 そして手に入れた素材を飾ったり加工をして武器にしたりと。魔力が宿っているので、どれも業物となるそうだ。鱗は自然に取れるものだし、牙も生え変わるし、亜人連合国内ではその辺に落ちているとのこと。貴重でもなんでもないし、気軽に持って帰って好きに使えとのこと。

 

 「……ありがとうございます」


 手渡してくれた竜さまたちに頭を下げる。


 「どうした?」


 礼を述べるのに少し間が空いたことを、不思議に感じたのか代表さまが問うてきた。


 「あ、いえ。頂いても有用に使える方法がないなあと……」


 伝手もなにもないし。目の前にどんどんと溜まっていく鱗と牙。どうしとろ言うのだろうか。


 「ならドワーフの職人連中に頼めばいいだろう。彼らの加工技術は本物だ。剣でも鎧でも作って貰えばいい」


 これだけあれば何でも作れるし、制作代金は余った鱗と牙をドワーフの方たちに渡せば、嬉々として作ってくれるそうだ。

 亜人連合国内では落ちている鱗や牙を勝手に他種族が取っちゃ駄目だそう。竜は元々そんなものには興味ないからゴミにしかならないとも。私も用事ないんだけれどなあと、どんどん話のスケールが大きくなっていることに、胃が痛くなる。


 『ならば質の良いものの方が良いな』


 そう言って首を背中に回してぺりっと一枚鱗を齧り取った白い巨竜さま。彼に倣って他の巨体の竜からも、ぽいぽい投げられている。

 

 「なら私の鱗もあとで送ろう。ドワーフには話を付けておく。――何か希望はあるか?」


 「不躾で申し訳ないのですが、私の護衛の二人に両刃の剣をお願いできませんか?」


 ジークとリンが持つ剣は王都の鍛冶屋さんで、自分の手に馴染むものを買っている。良い装備が手に入るなら、そっちの方がいいだろう。ドワーフの職人さん達が作ってくれるというなら、使い心地とか良さそうだし。


 「ふむ。君の守り手というならば、きちんとしたものを持っておく方が良いな。わかった。他には?」


 「いえ、これで充分です」


 「そうはいかぬ。二人の剣だけでは足りんよ、もう少し欲を持て」


 そう押し切られたので『じゃあみんなのお土産に』と伝えると快諾してくれた。いいのかな、と思いつつ遠慮するなと言われたし、気にしなくてもいいか。亜人の人たちと比べれば短い命だけれど、いつかお礼が出来るかも知れないし。


 「さて、あまり長くなって皆を心配させてもいかぬ。戻ろう」


 『若、私の背に乗ると良い』


 「頼めるか?」


 『勿論』


 簡単に話がついて白い巨竜さまの背中に乗って戻ることになる。しかも多数の竜を引き連れて。で、エルフの街へと戻ったのだけれど。


 「あら、引き篭もりの白竜さまがどうしてエルフの村へやってきたのかしら?」


 「珍しいね~」


 『相変わらず喧嘩腰なのか。若たちを送り届けただけだ』


 「ふーん。で、何故こんなにも竜たちが居るの?」


 小さい竜は降りてきているけれど、巨体を持て余している個体は空をゆっくりと旋回しながら飛んでいる。どうやら珍しい光景のようで、エルフのお姉さんAが問いかけてる。


 「騒がせて済まないな。少し我々でやりたいことが出来た」


 白竜さまに代わって、代表さまが答えた。


 「やりたいこと?」


 「ああ。彼が息絶えた場所へ行こうと皆で決めた。聖女殿がその場所に彼が気に入っていた花を添えたいと申してな。ならば我々もとなった」


 花を手向けるという文化はないそうだ。けれど竜が息絶えることは滅多になく、私が言い出したことを甚く気に入ったようで。白竜さまの背に乗って移動している間に、代表さまといろいろ話してた。


 どうやら彼は亜人連合国が引き籠っていることを、そろそろ止めようと考えているらしい。賛同してくれているのは空を自由に飛ぶ竜族とエルフの若手。ドワーフのみなさまは職人気質で頑固者多いようで里が無くならない限り『好きにせい』と宣言。他種族は人間に混じるのは……と否定している方も居れば、前向きに考えている方も。


 今回、亜人連合の代表者が三人しか居なかったのは、その辺りが関係しているらしい。


 対応は任せると全権を委ねて、自分たちの里へと戻ったそうだ。そんな適当でいいのかとも思うけれど、裏を返せば信頼の現れ。三人がおかしな対応をする訳がないと、信じているのだろう。


 「珍しい。外になんて最近出ていなかったのに。でもまあ、花を添えるのはいい案ね。私も行くわ!」


 「じゃあ私も行く~!」


 はいはーいと陽気に挙手するエルフのお姉さんズ。


 「わかった。少し先方と話してくる」


 待ちぼうけを食らっていた殿下たちの下へ代表さまは歩いて行く。やり取りを交わすこと暫く。


 「……え」


 どうやら殿下のキャパシティーを超えたらしい。目が点になっている。殿下とお偉いさん方の動揺が激しいし、ソフィーアさまも頭を抱えている。

 

 「各国へ連絡を急ぐようにと陛下へお伝えします。ただ時間があまりにもなく……」


 ごめんなさい殿下と心の中で謝っておく。王城の皆さまも不眠不休になるのでは……。


 「時間はどれほど必要か?」


 「一晩は欲しいかと」

 

 一晩で対応できるものなのか。魔術で連絡取れるから、数時間あれば大丈夫なのかな。時刻はそろそろ陽が沈み始める頃合いだ。


 「ならば明日の朝一で出発しよう。問題がないのであれば我々が貴殿らを送って行こう」


 「なっ! よろしいのですか!?」


 「構わんよ。転移も出来ようが、いくつか中継せねばならんだろう。ならば我々が飛んだ方が早い」


 ギルド運営の是正改革とかは、後になるのかなあ。各国に連絡を入れてからだろうし、草案を考えないといけないし、各国も対応して口を挟まなければならないか。

 なら直ぐに話が付く訳はない。ならご意見番さまの下へ行っても問題はなさそう。殿下が凄く驚いた顔をして喜んでいた。竜の背に乗るなんてロマンだし、男の子なら喜ぶのは理解できる。


 「さて、次だ。ドワーフ連中の下へ行くか、聖女殿。あと、ドワーフの技術が必要ならばいつでも申し出ろ」


 「私自身は予定がないので、ドワーフの方々とアルバトロス王国との契約を結べると嬉しいのですが……」


 目を付けられる前に国に転嫁しておこう。うん。それに騎士団とか軍の人の装備が良いモノになれば、国益に繋がるからその方が良いだろう。


 「……外貨を得られるな。わかった、我々にとっても悪い話ではない。偏屈な者が多く口が悪い、そこだけは許せ」


 国と国との契約になるのか、ドワーフさんたちと国との契約になるのかは分からないけれど、上手く纏まるといいなあ。

 殿下たちが顔を引きつらせながら、代表さまの言葉に頷いているけれど。口が悪いのでそこだけは目を瞑ってくれということか。契約内容に盛り込んでおけば、亜人連合側のドワーフさんたちが責められることではないだろう。その辺りは上手く契約を結びそう。エルフのお姉さんズとか交渉事は上手そうだし。


 そんなやり取りを終えて、ドワーフの村へと行く。大量の鱗と牙に喜色満面の笑みを浮かべているドワーフの方々。制作依頼をお願いすると、素材は制作分を考慮しても十分余り余るからお金は必要ないし、浄化魔術のお礼だと快諾してくれた。


 「良いものが出来るといいね」


 二人の手に馴染むものができればいいけれど。ジークとリンは職人さんたちと話し合って、手に合うものをと言って打ち合わせを綿密にしていた。他にも小型のナイフやら予備の剣とかをお願いしたけれど、流石に直ぐには出来ないので、出来たら届けてくれるそうな。竜の方が。

  

 「分不相応な気もするが……良い物を手にできるなら騎士として有難い話だな」


 「うん、楽しみ」


 今日は一晩エルフの街に泊まることになった。殿下や宰相補佐さまは亜人連合国の隣の国へすっ飛ぶと、疲れた顔をして竜の背に跨っていた。

 これまでは人間相手だったのに、亜人でしかも力を持っている方々とのやり取りだ。

 疲れても仕方ない。頑張れ、と無言で応援して見送りを済ませた所だった。


 ――あれ、卵さま。


 何処に行ったのだろう……。ま、まあ竜の集落に帰ったのだから、世話をする方が居るだろうと一人で納得し、本日の宿へと案内されるのだった。

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