第164話:エルフの街での朝。

 ――どこだっけ、ここ。


 木で出来ている天井が視界に映る。割と早く就寝したのだけれど、一度も目を覚まさないまま朝になったようだ。ああ、そっか。


 「おはよう。よく眠れたかしら?」


 「おはよ~。朝ごはんもみんなで一緒に食べようね」


 お姉さんズが私が借りた部屋へとやって来た。エルフの街で一泊ということになったけれど、宿は一軒もないのでお姉さんズの家へ泊ることになったのだ。

 何の遠慮も、というかノックさえないまま入ってきたのだけれど、護衛の人が立ち番をしているし、問題ないと判断したのだろう。


 「おはようございます。すごくスッキリしました」


 なんだか魔力の回復量がいつもより多い気がする。昨日は――。


 『よく眠れる薬茶よ。疲れているようだからこれを飲んでさっさと寝なさい』


 お姉さんAにそう言われ、お茶を飲んで寝たのだけれど効果が凄い。体が軽いし、寝起きもスッキリ。

 エルフの方たちは魔術に長けているけれど、薬師としての技術も高いそうだ。ただ単に長命だから暇だし、研究好きな連中が多いから、そうなるのは必然だと苦笑いしてたけれど。


 「それは良かった」

 

 「あのね、金髪くんたちが戻って来てるから、食べたら早々に出発だって~」


 お姉さんBが殿下のことを金髪くんと称している。直ぐ分かってしまう私も私だけれど、本当に自由な人たちだ。お姉さんズがアルバトロス王国に所属しているなら大問題だけれど、亜人連合国の人だから何かいう資格はない。


 「大したものは用意できないけれど、お腹一杯食べていきなさいな」


 「はい、ありがとうございます。急いで着替えますね」


 寝巻はお姉さんたちの物を借りたのだけれど、すっけすけだった。エルフの特性なのか、薄いんだよね。肌の露出が多いので恥ずかしい。


 「……あの部屋を出て頂けると」


 「気にしないわよ」


 「うん。女の子同士だし~」


 何故か部屋から出て行かない二人。まあ気にしないのなら良いかと、服を脱ぎ始める。


 「小さい傷があるわね。治さないの?」


 暗に聖女なのだから治しても良いのではとお姉さんA。痛そう、と小さくお姉さんBが呟くけれど、古傷だし浅いものだから痛くも何もない。


 「自分自身に魔術は掛からないので。治すにもお金がもったいなくて」


 「お金がない訳じゃあないでしょう。浄化儀式を行えるんだし、聖女としてなら貴女は優秀な筈だもの」


 「ね。どうして治さないの?」


 真剣な話になるとお姉さんBは間延びした話し方は鳴りを潜めるようだ。


 「単に、守銭奴なんだとおもいます。教会からも何度か打診されていますが、見えない場所ですしお金が勿体ないと断っているので」


 うん、傷を治さないのは本当に単純な理由。傷があったとしても困らないし、見える場所に残っていなければそれで良かった。じーと私を見るお姉さんズ。あとは前世はお金に困っていたので、なるべく貯め込んで老後の生活に取って置きたいのだ。

 お金の管理は教会に任せて、必要分だけ引き出している。そういえば暫く明細を見ていない。今度確かめないとなあ。今回の遠征でどえらいことになりそうで、頭が痛いけど。


 「なら、私が治すけれど。――いい?」


 「そうだね、この際綺麗に消してもらおう。君、きっと気にするだろうから、浄化儀式のお礼だって思ってくれれば良いよ~」


 「なんで治さない貴女が言うのかしら……」


 「細かいことを気にすると皺が増えるよ」


 うっさい、とお姉さんBへ言い残して、お姉さんAがこちらへとやって来た。傷を消さなかった本当の理由があるけれど……。これから先を考えると、多分何度も言われるだろう。アリアさまに格好つけて言ったというのに、本当馬鹿だよなあと自嘲する。


 それに、断れる状況ではない。なら前向きに考えた方が、気持ち的には楽だよなと思考を切り替える。


 「よろしくお願いします」


 そう伝えてから一礼すると、何故か後ろにお姉さんが回り込んだ。そうして私の背後に立って、両横から彼女の腕がぬっと出てきた。

 

 「手を重ねて。魔術具外しましょうか」


 「ん。私が取るね~」


 後ろに回ったお姉さんの大きな胸が私の肩に乗る。ついでに頭が挟まってた。なんだか妙な状況だけれど、治してもらうのだから文句は言えない。

 

 「――~~」


 唄うように詠唱をお姉さんが唱えたけれど、さっぱり言葉が理解できなかった。おそらくだけれどエルフ語なのだろうか。自分以外の魔力が体の中を巡る感覚が慣れないなと、苦笑いしている間に傷は綺麗さっぱりと消えていたのだった。


 「貴女の魔力は本当に凄い量ね。お姉さん驚いちゃった」


 きょとんとした顔で、お姉さんAが私の後ろから顔を覗き込む。


 「はは、良く言われます」

 

 馬鹿魔力だと。そのお陰で仕事に就けたけれど、ここ最近は難事に巻き込まれ過ぎではないだろうか。


 「入って良いよ~」


 扉をノックする音が部屋に響いて、お姉さんBが許可を下した。服着てないから良くないよという抗議は出来ないまま、来訪者が扉を開ける。私の姿を見てギョッとするソフィーアさまだったけれど、直ぐに平静を装った。良かった女の人でと息を吐くと、エルフは耳が良いから足音で分かるんだよとお姉さん。


 「申し訳ありません、お邪魔でしたか?」


 状況が状況だから、ソフィーアさまが確認を取る。むしろこの部屋に居てくれないと、これ以上の何かが起こりそうで怖い。だから出て行かないで~という視線を彼女に送ると、それに気付いて苦笑いされた。ソフィーアさまは、お姉さんズに逆らう気はないようだ。


 「いえ、丁度終わったから問題はないわ」


 片手を取って魔術具を嵌め直してくれた。


 「うん。服着せたげて」


 聖女の衣装は少し複雑だけれど、一人で着替えることは可能だ。でもお手伝いしてくれる人が居るならばその方が楽。

 公爵邸を出る前に、ソフィーアさまは私に就いていた侍女さんたちから、この衣装の手解きを受けていた。侍女役まで兼ねさせて申し訳ないけれど、護衛役のリンだと入れない部屋もあるから正直助かる。


 「すみません、ソフィーアさま」

 

 「これも私の役目だからな。それに新鮮だ」


 ついこの間まで王子妃教育を受けていた人だというのに、前向きである。私も見習わないとと考えながら衣装の袖を通す。


 「ありがとうございます」


 「ああ」


 着替え終わると待ってましたとばかりに、椅子に座って待っていたお姉さんズが立ち上がった。


 「終わったのね」

 

 「ねね、ご飯食べようよ~お腹空いたでしょう。行こう」


そうして案内された部屋で、エルフらしいヘルシーな朝食を頂くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る