第162話:竜族。
悠然と空を飛んでいる代表さまの背に乗って、しばしの空の旅に圧倒されていた。
「凄いね……」
「ああ」
「うん」
アルバトロス王国から初めて外へと出たおのぼりさん三人が、目の前の景色の広大さに感嘆の声を漏らす。木々が生い茂っている訳でもなく、湖や街々が眼下にある訳でもないけれど。少し寂しさすら感じる大地だけれど、それでも悠然と広がる景色は魅力がある。
『珍しいか?』
代表さまの言葉が届くことに驚きつつ、きょろきょろと周囲を見渡す。
「はい。こうして空を飛ぶことなんて一生ないですから」
普通はあり得ないよね。希少な竜の背に乗って、短い時間だけれど空の旅を楽しめることって。
『そうか。気に入ったならば言え。また乗せてやる』
「流石に代表さまの背に乗るのは……」
これで最後にして欲しい。だってこの国の一番偉い人だ、そんな人の背に乗ったなんて、後でなんと言われるか……。いや、これ羨ましいと言われる可能性もあるのかな。よくわかんないけれど。
『あの二人も度々乗って、移動手段にさせられている。今更だ』
くつくつと笑っているような感情が流れてくる。あのエルフのお姉さんたち、代表さまをタクシー替わりに使っているのか。二人も侮ってはいけない方リストに勝手に入れておこう。怒らせたら怖そうだし。
『降りるぞ』
代表さまの声に返事をすると、ゆっくりと下降していく。この巨体で滞空しつつ降りるって凄いなあと感心していたら、地面へ降りた。
『すまない、少し待っていてくれ』
そう言って私たちと離れる代表さま。その後ろをジークが荷物を持って追いかけていく。リンと私は真逆の方向へと体を向けた。
『これ、持って行って』
『代表さまの服……?』
『服は魔法でもどうにもならないから』
『そうそう~。戻ると全裸でちん――……ふがっ!』
『それ以上は口にしては駄目っ。全く』
どうやら人型に戻ると丸見えらしい。いろいろと。ジークが居るからジークにお願いすればいいかと、こんなやり取りを交えながらお姉さんズから預かっていたのである。着替えは自ら出来るので問題ないとも聞いていたし。
「待たせた」
「いえ、お気になさらず。――こちらは?」
「彼が根城にしていた場所だよ。少し、待っていてくれ。もうすぐ集まって来るはずだ」
緑も少なく、地が露出している渓谷。そんな場所だった。こんな場所を住処としていたのか。竜でも個体差や属性が違うようで、多様だと聞いていた。ご意見番さまは、こうした枯れた大地でも生き延びることが出来るほど、強い個体だったようだ。そして、追われた仲間を受け入れられる寛容さも。
――え?
空に黒点が表れたと目を細めながら見ていると、どんどん大きくなってくる。同族との面会と代表さまが言っていたので、数匹くらいなのかなとか数人だろうなと考えていたのだけれど、数が多いよ……。
大小さまざま、身体の色もさまざまな竜たちがこちらを目指して集まっているんだもの。え、希少って聞いたよ。こんなに数が居るだなんて聞いてないよ、知らないよ。五十や六十じゃあ利かないよ。百超えていないかな、コレ。
口元が引きつっているのを感じつつ、私の後ろで控えているジークとリンも驚いているようで。
『待たせたな、若』
「いや、今来たところだ。これで全員か?」
『ああ。飛べない者や留守を預かっているものは来れないがな』
「そうか。――始めるとしよう」
小型の竜が私の下へ数匹寄って来て、つぶらな瞳で見上げてる。うっと心にクリティカルヒットさせるけれど、犬や猫とかの動物は飼わないと決めている。竜も同じ。
代表さまに『飼いたい』と言えば『構わんぞ』と気軽に言葉が返ってきそうだから、迂闊に『可愛い』とか口に出来ない。
畜生、可愛いなあと一人で悶えていると、鼻先を私の身体に擦り付ける。可愛さに負けて、つい触れてしまった。小さな竜の口元と目の間にそっと手を添えると、目を細める竜。ううう、と萌えていると代表さまが居直ったので、私も彼に視線を合わせる。
「――改めて。彼を安寧の空へ貴女が導いてくれたこと、我々一同感謝する」
代表さまの言葉の後に続いて、集まった竜たちが咆哮を上げる。それはきっと彼に向けた別れの挨拶なのだろう。生命力に溢れ、力強く、雄々しいというのに、どこか少しだけ寂しさを孕んでいるのだから。これ、何か一言あった方が良いのかなあ……。
「この度は、死出の旅へとついた御仁を不慮の出来事で、尊き願いを無為に帰したことは真に残念でなりません」
傍に居た竜がまた私の身体に鼻を寄せる。本当なら『安寧の空』ではなく『大地への帰還』だったはずなのに。
「非才の身ですが彼の葬送に携われたことは生涯忘れぬことでしょう。代表さまに、彼が残した卵をお預けいたしました。きっとまた偉大な方となるのでしょう」
ある意味で亜人連合国を建国した傑物だ。卵さまも偉大な方となるに違いない。
「人の身故、見守ることは出来ませんが、皆さまにお預けいたします」
うん。彼を見守るのは人間ではなく同族である彼らが適任。きっと良き道を示してくれるはずだ。――言いたいことは言い切ったので、長めに息を一つ吐く。
「承ろう」
『ああ、任せて下さい』
代表さまと真っ白な巨大な竜が受け取ってくれたようだ。変なことは口走らなかったようで安堵する。
すりすり、すりすり。周りの小竜が、すごく体を擦りつけてくる。匂い付けでもしているのだろうか。わたしゃマタタビではござらぬよと思いつつ、頭を撫でたり体を撫でたり。私が持っている卵さまの匂いを嗅いだりもしている。
「ああ、卵を渡して貰っても?」
「勿論です」
そう言って代表さまに手渡すと、受け取ってそのまま空中へ放り投げた。凄い勢いで投げちゃった……。良いのかな、卵さまを雑な扱いして。
「洗礼だ。構わぬよ。あれは彼が残したものだ、皆が喜ぶ」
空中へ飛んで行った卵さまは、集まった竜たちが遊んでた。遊んでいるとしか言い表せない。口に咥えられたり、前足でキャッチされたり、翼でさらに遠くに飛ばされたりと。竜のしきたりって理解できないけれど、そういうものだろうと納得させて。
そうしてまた中型の竜がおもむろに飛んできて、私の前に降り立った。そうして口の先を突き出しす。
「これは?」
小さな花だった。器用に切り取って咥えてこちらまで来たようだ。
「彼が気に入っていた花だな」
「それを私に……?」
「礼のようなものだろう。受け取ってやれ」
代表さまに言われて、おずおずと手を出して花に触れると、ぱかっと口を開いた。牙、凄いと普通の感想を抱きながら、花を見つめてふと思う。
「あ……」
「どうした?」
「もう少し同じ花を頂けませんか?」
「珍しいものでもないから構わないが、理由を聞いても?」
「浄化儀式を執り行った場所へ、この花を添えられたら、と」
辺境伯領のあの場所へ行って、花を手向けるのも悪くない。夏休みはあと一ケ月残っているのだし、小旅行も兼ねてみんなで行こう。花は状態維持の魔術を施せば、十分に持ってくれる。
「そうか……、そうだな。手配させよう」
『ねえ、僕も行きたい!』
『ああ、そうだな。私も希望しよう』
連れてってーとまた別の幼そうな竜が騒ぎ、代表さまを若と呼んだ白い巨竜も言い始める。背がかなり高い代表さまの顔を見上げると、何とも言えない表情を浮かべていた。
「わかった。しかし勝手に大陸の空をこの数で飛ぶのは問題があるな」
どうしたものかと考えている代表さま。
「殿下にお伺いを立ててみましょう」
多分、各国の伝手はあるはずだから、殿下から陛下へと話は行くだろう。何だか凄く話のスケールが大きくなっているなあと、遠い目になるのだった。
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