第158話:会談内容。

 代表さまが私から視線を外さず、竜の卵についてを語る為に口を開いた。


 「この竜の卵の元になる方はね、我々を導いてくれたご意見番のような方だった」


 何千、何万、数えることすら億劫になるほど、ずっとずっと長い時間を生きてこられたのだよ、と代表さま。


 元々この大陸は竜の住処だったが、人間の数が増えると共に弱い個体から駆逐され生息領域を狭め個体数も減らしていった。大陸北西部を縄張りとしていた卵の元、もといご意見番さまが弱い個体と移住を希望する温和な竜たちを認めて、住まわせたのが始まり。


 時代の移り変わりで、竜だった個体が人間の姿へと変化するものが現れた。


 彼らは人間から奪われた土地を奪い返すと主張するが、ご意見番さまが止めたそうだ。無意味なことをすべきではない、と。

 戦っても双方に被害が出るだけ。そして個体数の少ない我々が負けるのだと。人間は弱い生き物だが、知恵が回る。逃げ込んだこの場所で我々だけの楽園を築き上げる方が、よほど良いと。同族を説得し、また長い時間が流れる。


 今度も人間に追われた亜人種たちが助けを求めてくるではないか。竜を追い出すことに成功した人間が、次の標的にしたのが亜人種のようだった。


 元々大陸北西部はご意見番さまの根城。彼が逃げ込んできた亜人の保護を決めると、誰からも反対の声は上がらず。人間から追われた者同士、意気投合とまではいかないが、それぞれ適切な距離を保ち互いの文化を守りながら、大陸北西部で生きていた。

 

 ――この卵、そんな凄い方だったのか。


 「彼はね、もう長くはないと悟り我々の元を去ったんだ」


 随分と穏やかな顔と優しい口調で語る代表さまの声は止まらない。


 「自分が死ぬにふさわしい場所を探し、そこで朽ち果て大地に還るのだと言ってね」


 竜が朽ちた大地は死骸を苗床にして、植物の成長を促す。そうして草木を餌とする小動物が集まり、それを餌とする獣が住処とする。もちろん魔物も例外ではない。自然に従い弱肉強食の世界を生み出すと。


 「彼が死ねば魔石が残り大地と同化する――……はずだったんだ」


 彼は何の心残りもなく死出の旅へ出たはずなのに。


 椅子から立ち上がり五歩程下がって、膝を突き両手を床へ添えて頭も床へと擦り付けた。


 「この度は我々人間の欲によって、貴国の大切なお方の尊厳を奪い申し訳ありませんでした」


 土下座……で済めばいいけれど。思いつく方法がこれくらいしかない。他のメンバーにもお願いしたいけれど、こんなことしたことないだろうし、身分的に出来ない人たちだから。

 自然と共存して生きているというのならば、ご意見番さまの最後の願いを奪ったことは、彼らにとって認められない出来事だろう。死骸となって朽ちていた竜がまさか、死出の旅へと出た温厚な老竜だったなんて。てっきり銀髪くんが、実力で倒したものだと勘違いしていた。


 ――ああ、胃が痛い。


 結局他のアルバトロス王国のメンバーにも土下座に近いことを強要してしまった。席から立ち上がって私の横に並び、みんな膝を突いて頭を下げているのだから。

 

 「貴殿らが頭を下げる必要はなかろう。礼を言わねばならぬのはこちらだ。ただ細かい状況を把握できていないし、浄化儀式を執り行ったと聞いた」


 少し細かく聞かせて欲しいのだと、代表さまの言葉と同時にゆっくりと頭を上げた。いつの間にか彼らも席から立ち上がって、こちらへと歩を進めてしゃがみ込み、手を差し伸べられる。


 「申し訳ございません」


 「謝らなくても良いだろう」


 「有難うございます」


 差し出された右手に私の右手を重ねようと同時に立ち上がる為に足へ力を入れた。


 「それでいい。――っ、軽いな」


 「え?」


 身長二メートル近くある代表さまに抱えあげられた。視線の位置が普段と全く違って、殆どの人を見下ろす形になっており面白いけれど下ろして欲しい。というか、子ども扱いじゃないのかなコレ。いや、でも竜の亜人と聞いているので、彼から見たら私は子供の可能性もある。


 「あの……言い辛いのですが、下ろして頂けると」


 代表さまの片腕に私のお尻が乗っかっている。不敬にならないよなコレと心配しつつ、落下すると絶対怪我をするので彼の肩に手を置かせてもらった。


 「何故?」


 「その……女は夫となる男性以外に気軽に触れるものではないと、我が国では教えられていますので」


 平民の間ではこの限りではないけれど、お貴族さまとか聖女には当てはまる。詳しく話しても意味はないし、この説明で充分だろう。


 「成程、それは失礼した。無知故の無礼許してくれ」


 「お気になさらず。――え?」


 案外あっさりと納得して下ろしてくれるのかと思いきや、何故かエルフのお姉さんAに引き渡され、再度抱えあげられた。

 大きい胸をむぎゅむぎゅと押し付けないで欲しい。リンも大きい方だけれど、お姉さんは更に大きいのではないだろうか。しかも薄着なので割とダイレクトで伝わってくる。


 「本当に軽いわね。ご飯ちゃんと……あー魔力量多いから食べても太らない性質かあ。片腕で余裕なんだけど」


 「ちょっとズルい。私も~」


 ほれ、と両腕を広げるお姉さんB。お姉さんAが『仕方ないわね』と声を出してパスされた。この光景を見ているアルバトロスの面々は何とも言えない顔をしている。

 張りつめていた空気から随分と緩いものになっているし、問題があるならば殿下が口を挟んで止めてくれる筈だ。


 「あ~君の魔力はかなり親和性高いね。こりゃ妖精たちが懐く筈だわ。でもなんで他の連中にまで懐いているの~?」


 「恐らくですが、祝福を掛けたので……」


 「祝福って何?」


 何、と問われると説明し辛いものがあるような。うーんと頭を捻っていると、助け船が出されるのだった。


 「掛けて貰えばいいじゃない。名前からして魔法の一種でしょうし」


 エルフのお姉さんたちの間では『魔術』ではなく『魔法』と呼ぶようだ。文化が違うから、こういう所でも違いがあるみたい。


 「あ、そっか。ね、ね、掛けてみて~」


 「ついでに私もお願い。興味があるわ」


 気軽に言ってくれるなあと苦笑い。掛けること自体は構わないけれど、いいのかなあ。アルバトロス王国に所属している人や関りのある人ならば構わないだろう。でも今回は亜人連合の方たちにだし。

 一応、殿下にお伺いを立てた方が良さそうだと、黙って殿下の方を見ると軽く頷いてくれたので大丈夫みたい。


 「――――"神の加護を"」

 

 魔力を練って詠唱する。取りあえずはお姉さん二人を対象で。


 「へえ、面白いわね。魔力が少しだけ上がってる」


 「魔力だけじゃない気もするな。なんだか体が軽い」


 まあおまじないみたいなものだし、効果は人それぞれと言う適当な代物。運が上がったり体力が上昇したり、魔力が上がったりと様々なんだよね。決まった効果が付与される訳じゃない。


 「そろそろ止めろ。――聖女殿、詳しい話を聞かせてくれ」


 エルフのお姉さんたちの行動を止める代表さまに『はい』『は~い』と軽く返事をして、椅子へと座るお姉さん方。私はお姉さんBの膝の上である。一体この状況は何事と考えつつ、下ろしてくれと願っても無駄な気がしたので、諦めた。

 アルバトロス王国の面々も席へと就いたことを確認して、あの儀式の出来事を事細かく語る羽目になるのだった。

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