第159話:会談継続中。
机の上に鎮座していた竜の卵を代表さまが割と雑に掴んで、私の膝の上に置いた。手に持っていろということらしい。
「言葉に表しようもない者が彼を屠ったと聞いた。随分と弱っていたから人間の手で倒すこともできようが、なにもしていない竜に手を出すのはご法度」
何故、手を掛けたと厳しい視線を向けられるけれど、その理由は本人に聞いて頂くほかない。
「いや、すまん。ズレた。――浄化儀式の事を詳しく聞かせて欲しい」
片手で顔を覆って、反対の手で先を促す代表さまに、当時の状況を語る。
――なんで裸に突っ込まないのだろうか。
突っ込んで頂いて女性の尊厳を守れ! とか言って欲しいレベルなのだけれど。事細かく喋ることになったので、裸になったことも彼らに露見したのだけれど、さして興味はないらしい。
あとでエルフのお姉さんズに聞いた話になるけれど『服を着ていない方が魔力の通りが良くなるから』『エルフも儀式系の魔法は脱ぐ時もあるよ~』とのこと。一番最初に全裸を考えた人は、一応効果が上がるという保証は得ていたようだ。
竜が朽ち絶えて何故か狂化して。周囲に影響を及ぼして魔物が狂化して致し方なく浄化魔術を施した。
そこまでは亜人連合側に伝えてあった。ただ彼らの興味はソコではなく、何故魔石が卵へと変貌したのかが知りたいらしい。竜の文化や風習に詳しくないので、あの時の状況を事細かく伝えるしか方法がないと最初に断ると、それで良いとのこと。
――イタイ。
――ダレカ、ワタシヲオネガイ。
――アリガトウ。
朽ち果てようと旅に出た老竜が何を伝えたかったのか。ただ私へと流れてきた感情は痛みに耐える辛さを訴えたから、それを癒し。
生きていれば逃れられない死を穏やかに迎えられるようにと、浄化と共に葬送の魔術を施しただけ。竜から礼を述べられたけれど、満足なものが得られたのかは朽ちた竜にしか分からないものだろう。
「そうか。彼は君に『ありがとう』と述べたのだな」
「恐らくですが。私の頭の中というか心の中に直接感情が流れ込んできました。ですので、捉え方が違う可能性もあります」
「それはあり得ない。心の中へ流れてきたからこそ、種族を超えて伝わったのだ。間違えようもないのだよ」
もちろん君が嘘を吐いているとすれば別だが……あり得ぬだろうと言う代表さまに、小さく頷く。
穏やかに逝けたならば問題はないそうだ。弱肉強食の自然界で生きているのだ。たとえ死出の旅を邪魔されようとも、それは仕方のないことであると。
卵を残した理由は、最後の最後に辿り着くはずだった場所へ辿り着けなかったから。少しばかりの後悔の現れ。己の分身を残して、次は必ず満足のいく死を迎えられるようにと次代に託したのだろう、と。
しかし掟を、課したルールを破った者を許せる筈はないと。
「愚か者の処分は我々に委ねて頂きたい。――構わぬな?」
私では答えかねるので、殿下の方を向く。
「勿論です。彼の者の所属国との話は既に付けてあります。ご随意にどうぞ」
「あ、そうだ。ハーフエルフも馬鹿と一緒に居たじゃない?」
何かを思い出したように、膝の上に抱えたままのお姉さんBが私の頭の上で声を出す。
「あれってどういう状況なのかしら?」
お姉さんBの言葉を継いでお姉さんAが私に問う。
「正しい情報は本人たちに聞くのが一番なのでしょうが、説明を」
ハーフエルフの双子については、説明も必要だからと彼女らの境遇は聞いていた。どうやら銀髪くんが買った奴隷だと。Sランクパーティーを抜けて、ソロBランクの冒険者として暫く活動していたが上手くいかず、魔術と弓を使える彼女たちを偶然に奴隷商から買い上げたという。
アルバトロス王国に奴隷制度は存在しないので詳しくはないが、奴隷印を刻まれているので、命令に従っていただけの可能性もあると。解除する方法があるらしいのだが、術者が居らず奴隷印から解放出来ないまま亜人連合へと一緒に来ることになった。
「ふーん。えっとね、エルフの掟なんだけれど、他種族の人と結ばれるのは駄目なんだよね~」
まあ、そのお陰でエルフの数が減ってきているんだから笑い種よね、とお姉さんB。よいしょと言って私を抱え直す。ちなみに私の足は椅子から浮いている。
「エルフの里でハーフが生まれる可能性はほぼないわ。だから掟を破って里を追い出されたはぐれ者が人間と恋仲にでも落ちたか、無理矢理か……」
「まあ、真実はわからないけれど、生まれてきた子供に責任はないものねえ」
半分とはいえ同胞は同胞。逃げてきたり、保護を求めるのならば匿うのが道理というものらしい。
「ご老人たちはうるさいだろうけど、ウチで預かる。――いいわね、代表?」
お姉さんAが背筋を伸ばし直して代表さまに顔を向け、確認を取った。
「わかった。小うるさい古株は私が黙らせよう」
「話が早くて助かるわ。奴隷印から解放もしなきゃね」
「あ、代表。奴隷印を解放してから、馬鹿の処分を決めてね~」
ちゃんと状況や経緯を知りたいし、奴隷なんて野蛮なことしている人間が愚かで信じられないけれど、とお姉さんA。最初に出会ったときに二人がハーフエルフの子たちを見て『愚かな』と口走ったのは、奴隷制度について蔑んでいたのか。
「ああ。――しかし、また同じようなことが起きても困るな……」
代表さまは、片手を顎に当ててしばし思案している仕草を見せる。一体何を考えているのか、先を急ぎたいけれど、彼の思考の邪魔をする訳にはいかないので、黙って待つしかない。
「愚か者は冒険者という職に就いていると聞いたが、職ということであれば、その者たちを統括する者がいるのではないか?」
「冒険者ギルドと呼ばれる組織が大陸規模で運営されております」
あれ、言葉のチョイスをミスった気がする。これだと大陸全土の冒険者ギルドが亜人連合国に目を付けられたことになるような。間違えたことは言っていないから、いいか。もう少し冒険者の管理をきっちりとすべきだろうし。
あとはアルバトロス王国が他の国から非難されなければ、それでいいだろう。銀髪くんの不法入国についての扱いが良く理解できていないので、陛下や殿下が上手く取り計らうだろう。
「大陸全土にあるということは、更にそれらを統括する者がいるだろう」
「はい。アルバトロス王国は冒険者を重用しておりませんので、あまり詳しくはないのですが、冒険者ギルド本部という組織があると聞き及んでいますが……」
「ふむ、抗議を入れるのも悪くはないな。――引き籠っている我々が外に出ればさぞや驚くだろうなあ……」
代表さま凄く悪そうな笑みを浮かべて、背中から黒いオーラを出しているように幻視するのだけれど。
「面白そうねえ、外に出てみるのも悪くはないわね」
「あー私も行く~。外に興味あるし!」
大陸北西部に引き籠っていたという割には、随分アクティブな方々だ。先程『ご老人』とか『古株』と口にしていたので、そういう人たちは掟を頑なに守っているのかも。代表さまやエルフのお姉さんズの口ぶりから察するに、新しい風でも取り入れたいのかな。
彼らの外に出るとの言葉に反応したのか、殿下と宰相補佐さまとソフィーアさまに、ジークとリン以外の護衛の面々の顔色が悪い。そして顔色の悪い殿下に代表さまが視線を向けた。
「ギルド本部とやらに連絡役を頼めるか?」
「ええ、それは勿論です。――ただ我々と同道している者の中に、愚か者が所属していた冒険者ギルドの長が居ります。我が国を経由するよりは、話の伝わりが早いかと」
「確かに。階下へ移ろう、話を付ける」
そう言って代表が立ち上がりすたすた歩いて行くので、残りの面々も一緒に外へと向かうのだった。
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