第156話:エルフ。
目的地と妖精さんたちが進む方向は、奇しくも同じ。途中から歩くことになったので時間が心配になるけれど、このままのペースならば大丈夫とのこと。王都で生活しているだけだと体力不足に陥りやすいから、ある程度行軍で慣れていて良かった。道路事情はあまりよろしくはないし、あのまま馬車で揺られるのもきつかったし。
『急ぐ』
『大丈夫?』
『待ってる』
『早く』
また増えているような気がして、冷や汗が流れ始める。妖精さんたちは一体どこまで数が増えるのだろうかと。
ちなみに肩に乗ったり、頭の上に乗っている妖精さんの数が一番多いのは私。次いでジークとリンとなり、最後にソフィーアさま。他の護衛の人たちに興味はあるものの触れたり肩に乗ったりはしておらず、妖精さんと接触出来ているのは四人だけであった。
「そろそろだな」
ソフィーアさまの言葉でおもむろに巾着袋を取り出して、竜の卵を手に取る。このまま『お返しに参りました』というアピールも込めて、私が持っていろと言われてた。不思議の塊だし目に見えていなくとも、亜人の方々は感知してくれそうだけれど、確実に事を運びたいのだろう。
もう少し我慢すれば、ようやく肩の荷が下りるなと深く息を吐くと、木の柵で囲まれた村が見えてきた。
亜人連合国と隣国を結ぶ一本道の果て、亜人連合国の最初の村らしい。長閑……というよりは寒村とでも表現した方が正しいくらいの、慎ましい村だった。ちなみに亜人連合国と隣国の交易がある人たちは、この村より奥に立ち入ることは出来ないらしいので、この村で連合国のお偉いさんとの会談となるだろう。
村の少し前で殿下たちを乗せた馬車を待っていると、直ぐに追いついて馬車から殿下と宰相補佐さまが降りて、砂利石を踏みしめながらこちらへとやってきた。
「凄いね。祝福のお陰で私たちも見えるようになったよ。――感謝する」
「いえ、お気になさらず」
見えていて欲しいという下心があるので、本当に気にしないで欲しい。
「さて、行こう。――聖女さま、よろしく頼む」
「はい」
亜人連合側とのファーストコンタクトは私の役目となっていた。最初の村に使者を寄越すから、その方の案内に着いていけと向こうから連絡があったそうな。増えている妖精さんたち、軽く数えて五十匹くらいを引き連れて村の門へと辿り着く。
『待ってて、呼んでくる』
他の妖精さんたちよりも随分と確りした喋り方で言葉を残して、この場から消えた。
「何と?」
私以外の人は妖精さんが何かを喋っているのは感じ取れるけれど、内容までは分からないらしい。
「待っていて欲しいと。誰かを呼んでくるそうです」
「そうか、では待つしかないね。――それにしても凄い数になったものだ。信じてはいなかったが、こうして目にすると信じるしかないね」
物語や空想上のモノだから、殿下の驚きも仕方ないのだろう。亜人が存在しているのは事実だけれど、王国だと妖精さんは空想上のモノだった。殿下の言葉にソフィーアさまと宰相補佐さまは、どうしたものかと考えている。妖精さんに殿下が手を伸ばすと、すいっと避けられた。
「嫌われているのかな、私は」
嫌われているというよりかは、関心がないとでも言うべきか。現に後ろの馬車で待機している檻付きの馬車には、並々ならぬ感情を流しているもの。妖精さんに嫌われているのならば、竜の眷属というか派生系であろう竜の亜人たちにどう思われるのか。
あ、卵の扱いもう少し丁寧にすべきだったかと、改めなおすけど今更である。
雑に扱っても割れないという、何かしら予感めいたものは感じていたし、放り投げた所で手元に戻ってくるだろうとも。儀式の際に使った魔術は『浄化』と『葬送』だったのに、何がどう転じて卵になるなんてミラクルを起こしたのか。
「……そのようなことはないと思いますが」
お茶を濁した回答になる。流石に殿下と後ろに居る銀髪くんと、比較するのは不味い気がするし。
「すまんすまん、困らせる為に言った訳ではないんだ。単純に君くらいの魔力が私にあれば、今回の件を私自身で背負うことが出来たからね」
出迎えがきたようだと殿下が門の中の村を見る。
そこには私よりも小柄な……小柄で長い白髪を後ろ手に撫でつけ、眉毛がぼさぼさで下へと垂れ下がり髭を長年剃っていないご老人の姿。彼の周りにも数人居て、こちらへと一緒に来ているけれど、彼らも白髪のご老人と同じくらいの背丈で。身体つきは随分と肉質なので、ドワーフ系の人たちだろうか。
彼らに言葉を掛けられるよりも先に、深く礼を執る。
「ようこそ、亜人の国へ。話は代表から聞いておる。転移で案内しようぞ、ワシについて参れ。――戻ってこられたのだな」
最後の方は小声で、聞き取ることが出来ず。
挨拶とか良いのだろうかと、殿下と二人で首を傾げるのだけれど、相手方は気にした様子もなくそそくさと踵を返して村の中へ。この妖精さんたちについて聞きたかったのだけれど、彼について行くしかないのだろう。
「転移と先の案内は彼女たちに任せる」
「ここまでの先導、ありがとうございます」
そうしてご老体はまた踵を返して、集落の方へと消えていった。他のドワーフの人は見送りなのか、残っている。
村の奥の広場へと案内されると、エルフっぽい耳長の女性が二人。陽気そうに笑って手を振って出迎えてくれた後、顔色が急変した。しかめっ面となったエルフの女性たちは、ハーフエルフの双子へと視線が固定され魔力が上がっていた。
「本当に、人間って……」
「……愚かな」
迫害されて大陸北西部へと逃げてきた歴史があるから、よく思われていないのは理解しているけれど、こうしてはっきりと口に出されるとキツイものがある。ハーフエルフの扱いについて、怒りを顕わにしているのだろう。
「あ、ごめんごめん。ちょっとイラっときちゃって。――というか魔力酔いしないんだね」
しかめっ面を瞬時に笑顔へと変えた、エルフの女性Aさん。
「珍しいわね、私たちの魔力に酔わないなんて……貴女の魔力、人間にしては多いわね。魔術具で誤魔化しているみたいだから正確には分からないけれど……」
人間とエルフだと魔力の質が違うから充てられて酔う人間が殆どだと、エルフの女性Bさん。亜人の方たちに名乗る習慣がなさそうなので、心の中限定で勝手に仮名を付けさせてもらった。
エルフの人たちは長身の人が多いのか、目の前の案内役の女性二人は私と目線を合わせる為、両膝に手を付いて屈んでた。
「あまり自覚はないのですが……周りの方々は私の魔力量に驚かれます」
治癒を施せる回数や儀式魔術を行えるし、障壁に魔力補填している回数は断トツなんだけれど、魔力量が空になる前にぶっ倒れるからなあ。これを乗り越えられなきゃ、凄いと言われても納得が出来ないと言うべきか。
「でしょうね。その魔術具を作った人間の腕が良いみたいで、貴女の魔力の凄さがはっきりとわからないもの」
「そういえば、他の人たちが酔っていないのって貴女の魔力を纏わせているから……かな」
むむむ、と懐疑な顔のエルフのお姉さま二人は、私の顔へとぐっと近づけた後に離れる。
「ま、いいわ。――代表が首を長くして待っているでしょうから、行きましょう」
「ではアルバトロス王国使節団のみなさま、各長が集まる場所へご案内いたします」
「――よろしくお願いいたします」
お飾りだけれど代表ということなので、第一王子殿下より先に礼を執ると、遅れてアルバトロス王国側全員が頭を下げるのだった。
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