第150話:出立前。

 亜人連合国へと出発する前にちゃんと見目を整えるぞとソフィーアさまに言われ、公爵家に仕えている侍女の皆さまに揉まれながらお風呂に入れられた早朝。全身に香油を塗りたくられ、髪にも『艶を出す為』と言われ物体Ⅹを丁寧に櫛で梳かし込まれて。


 「……うぅ」


 なんだか妙な感じなので、小さく唸る。


 「どうしたの、ナイ?」


 全部の工程が終わって侍女さんたちと共に部屋から廊下へ出ると、ジークとリンが待機しており私の様子に気付いた彼女が声を掛けた。


 「リン…………」


 もう私の精神はボロボロです。


 最後まで死守していたⅤゾーンの処理を、侍女の皆さまの手によって本日ついに押し切られたのだ。

 染み付いた文化というものは中々消えず。前世の日本では、全部剃り落としている人なんて少数派。私は勿論多数派に所属していた口である。いや、無駄な部分は手入れしていたけれどね。こちらの世界のお貴族さまは、病気の予防の観点もありつるつるを推奨している。


 不貞腐れてリンの騎士服の裾を掴む。教会宿舎なら遠慮なく抱き着いていたけれど、化粧も終えて聖女の恰好をしていることもあり、口を尖らせているだけに留めている。

 この思い届け! と叫んでもあまり賛同を得られない。不条理だと言いたいけれど、侍女さんたちからすれば善意なので、結局彼女たちに従うしかなかったのだ。


 「うー……」


 「兄さん、なんだかナイの様子がおかしい」


 リンが私の両肘に手を添えて、後ろを振り返ってジークに話しかけると数歩前に出てこちらへと近寄る。


 「どうした、何かあったのか?」


 「ジークに言っても仕方ないというか、聞いたら困るだけだと思う……」


 幼馴染とはいえ、流石にコレをカミングアウトするのは恥ずかしい。


 「……そうか」


 こういう言い方をした私に無理に問いかけたところで、出てくる答えにジークが困ることが多々あったから、聞き出すつもりはないようだ。合わせていた視線を逸らしたし。


 「私は聞いてもいいの?」


 「人が居ない所なら問題ないよ」


 愚痴を聞いてもらおうと彼女に伝えると、へにゃりと笑った。公爵邸では完全に部屋を分けられ、一緒に部屋で過ごす時間が確実に減っている。

 私の護衛に公爵家が雇っている騎士の人たちも就くようになったから、二人の自由時間は増えている。私は私でこの三日間、亜人連合の知識を詰め込んでいるし、外交についての簡単な説明を受けていたから。


 「後で聞かせてね」


 「うん」


 私たちのやり取りを見ていた侍女さん数名は、微笑ましそうに眺めているだけ。部屋で大分抵抗したので、怒っているかなあと心配していたのだけれど、問題はなかったみたい。もしくは子供の可愛らしい抵抗くらいに捉えられているかも。微妙な心境に陥っていると、この場にやって来た人が居た。


 「用意は済んだか? ――ああ、似合っているじゃないか」


 ソフィーアさまだった。彼女も支度を終えているけれど、城へと向かう為のドレス姿ではなく騎士服に近い様相だった。


 「ありがとうございます、侍女のみなさまのお陰です。――ソフィーアさまも似合ってますよ」


 「ありがとう、詰襟が少々慣れないがな。ジークフリードとジークリンデのような守りは期待しないでくれよ。あくまで政治面の補助でとのことだからな」


 ソフィーアさまも今回の派遣団の一人に選ばれていた。護衛はいつものジークとリン。政治面でのフォローをソフィーアさまが、ということらしい。

 もちろんソフィーアさまが派遣団の全権を握っている訳もなく。ただ単純に王子妃教育を済ませているし、私の補佐に就く人間は知っている人間の方が良いだろうという判断で。本当に判断するのは第一王子殿下と宰相補佐さまと外務卿さまである。ちなみに宰相補佐さまと外務卿さまは、万一の為に後任を選んだそうな。


 あとは騎士の人たちに軍の人。私たちの護衛を務める。教会からも私の補佐やらで二名程選出されていた。


 組まれた派遣団全員で亜人連合へと押しかける訳ではないようだ。今回彼の国とコンタクトを取ってくれた隣国に一度お邪魔して、そこで更に人数を絞ってからの移動となる。ソフィーアさまとジークとリンは確定だそうだ。


 「さあ、行くか」


 「はい。――あ、少しだけ待って頂いても」


 ソフィーアさまの言葉に私が答えると『ああ』と彼女が。その後に後ろを振り向いてジークとリンの顔を見上げる。


 「頑張ろうね」


 「ああ」


 「ん」


 そうして三人で恒例になっていた拳面を突き出し軽く合わせた。それを静かに眺めていたソフィーアさまに『すみません』と返す。


 「仲がいいな」


 「はい。ずっと一緒ですから」


 「そうか。さて、今度こそ出発だ」


 必要なものは国と公爵さまが用意してくれているらしい。日々の着替えやら消耗品等。外交の為に国外へと赴くなんて思ってもいなかった。

 寧ろこの国から出られるなんて考えてもいなかったのだけれど。本当、人生なにが起こるかわからない。公爵家が用意してくれた馬車へと乗り込む。中へと入ったのはソフィーアさまと私のみ。ジークとリンは公爵家の護衛の人たちと一緒に、外で警備に当たってる。


 暫く馬車に揺られていると王城へ辿り着く。いつもと同じ景色だけれど、道行く人たちの気配がどこか忙しない。


 そういえば大規模遠征へ赴いた人たちは今頃、辺境伯領領都に戻った頃だろうか。また王都へと帰らなきゃならないのだから大変だ。

 副団長さまの転移魔術で一瞬で戻って来たので、残っている人たちには申し訳ない所。彼らはこの急転直下の展開を聞いたら驚くのだろうなあ。アリアさまあたりは『凄いです!』とか言いそうだけれど。


 「どうした?」


 「いえ、今回の遠征で一緒だった方々はそろそろ辺境伯領都に戻った頃かな、と」


 「戻っても良い頃合いだろうな。心配か?」


 「少しだけ。また十日近く掛けて王都に戻らなければならないのが大変だなと」


 浄化の儀式は終えたので、狂化した魔物も時間が経てば減る。実力は十分にあるのだから、私たちが居なくても問題はないけど。


 「仕方ないさ。彼らには彼らの、私たちには私たちの役目がある。――大役を務めるんだ、彼らに笑われないようにせんとな」


 失敗したら笑いごとで済ませられないものなあ。


 「はい」


 ソフィーアさまの言葉に返事をして謁見場へと向かうのだった。

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