第146話:【3】なんで俺が。

 障壁で国を守っている所為なのか、随分とのんびりとした国だった。時折遭遇する魔物も他国で出現している個体より随分と弱く、生息数も少ない。

 この国では冒険者が必要とされていないという理由を、少しだけ理解した気がする。ただ同業他社が居ないのはチャンスである。ドラゴンを探し当て屠り、魔石を手に入れる。そうして知名度を上げてSランクパーティーへの道筋を付ける。


 王国内に一度入るとあとは緩かった。街に入っても、入場料だけを求められ『冒険者だ』と伝えると冒険者カードの提示だけを求められる。冒険者が珍しいようで、不思議そうな顔をされるが、それだけだ。

 ハーフエルフも奴隷だと伝えると、管理はきちんとお願いいたしますと言われるだけ。ドラゴンを探す為に街へと入り冒険者ギルドを探すが、この国はギルドの数が少なく格安で寝泊まり出来る場所が少ない。仕方なく街の安宿に泊まったり、時には野宿をしたりの生活が暫く続く。


 『トーマさま、あちらを見てください』


 ドラゴンを探す為に王国内をウロウロとさ迷っていた。季節は春の終わり木々の先には若芽が出てくる時期だった。

 

 『フェンリル。――寝ているな』


 まさか魔獣に出会えるとは。しかもぐっすりと寝ているようで、俺たちが近寄ったことに気が付いていない。流石、魔物の質が低い国である。魔獣もどうやら質が悪いようだ。ただ目の前の魔獣は他国では厄介な存在として認知され、討伐難度も高く設定されている。


 ――チャンス。


 この機会を逃せば、今後は出会えないような千載一遇のタイミングである。双子に認識阻害の魔術を掛けるように指示を出し、フェンリルの真横に生い茂っている大木へと音も立てずに上る。ふう、と逸る心を抑えて落ち着く。殺気を出せば気付かれ、殺される未来を幻視する。大剣を構え木から飛び降り、全体重を掛けて一気にフェンリルの下へ。


 かちり、と歯が鳴る音がした。


 『――っ!』


 気付かれた。認識阻害の魔術を掛けているというのに、歯が鳴った音程度の小さな音で。ただ相手も俺に気付くのが遅かった。重力と俺の体重に大剣の重み。傷を与えるには十分な要素だったが、気付かれたことによって急所狙いから外れて、足へと刺さる。

 悲鳴を上げてのたうち回るフェンリル。どうにも正気を失ってしまったようで、森の中で無意味に暴れまわっていた。


 『近づくのは悪手だ。放って弱るのを待つ』


 魔獣フェンリルは上位ランクのパーティーが数チームが集まり狩る獲物だ。たった三人で相手をするには辛い。

 

 『流石トーマさま!』


 『本当に!』


 『行くぞ。転移場所を覚えておけよ』


 本命はドラゴンだ。こいつはドラゴンを探し当てたあとに、またここへと戻ってくればいいだろう。フェンリルは縄張りをもっていて、ドラゴンのように飛び回ることはないから心配はない。


 双子が使う転移魔術は一度訪れた場所でなければ、使えない代物だった。未知の場所には行けないので、こうして目的の場所があるのならば足を運ばなければならない。ただ訪れさえすれば、あとは好きに移動できる。制限はあるが便利なものでもあった。俺も魔術を使えれば良かったのだが、生憎と魔術師としての素質はない。

 が、魔力を外に放出出来ない分、肉体の強化に魔力を回しているようで、前衛として申し分のない動きが出来る。俺の背は奴隷に任せればいい、奴隷印を施しているから逆らうこともないのだから。


 そうして王国をうろつくこと数週間。大陸を超えていることを危惧していたが、ようやく目的のドラゴンに出会えたのだ。

 

 地面に伏せて静かに息をしているドラゴン。有名な冒険者が一度ドラゴンに遭遇したと興奮気味に語っていた事を思い出す。命の塊だったと言っていた。その姿は巨大で力強く、口から吐き出すブレスはなんでも焼き払い溶かすのだ、と。

 

 ――所詮は噂か。


 目指すは竜の心臓があると言われている右前足の付け根部分。大剣を構えて走り出し、鎧が擦れる音がしてもドラゴンは気付かない。

 そうして走る勢いと大剣の自重に俺の全体重を乗せた一撃は、ドラゴンの身体に突き刺さる。更に深く差し込もうと、身体強化を双子に頼んだ。


 『――っく!』


 雄叫びなのか悲鳴なのか分からない鳴き声を出しながら、暴れるドラゴンに必死にしがみついて堪える。


 『Sランクパーティーに俺は……なるっ!!!』


 気迫の叫び声を上げて、俺を振りほどこうとするドラゴンの動きに耐えていると、ぱたりとまた地面へと伏せるドラゴン。

 倒した……のか……。暫く離れて観察するが、動く気配がない。近づいていきなりブレスを吐かれてはひとたまりもないと、念のためもうしばらく待ってみる。


 『そろそろいいか』


 全く動かなくなっているドラゴンに近づいて俺の得物を手にする。


 『ぬ、抜けないっ! なんで抜けねえっ!! おい、俺を強化しろっ!』


 強化の魔術を掛けてもびくともしないし、抜ける気配が全くない。


 『腐るまで待つか。魔石も回収せにゃならんし、俺の剣も金が掛かっているからな』


 俺の大剣は名のある鍛冶師に特別に打ってもらった。当然、高い金が掛かっており市場になんて出回っておらず、簡単に手に入るものではない。暫くは量産品の両刃の剣で我慢するしかないと、その場を去る。


 ――数か月もすれば腐り落ちる。


 森の奥深く。人間の往来はないといっても過言ではないが、念の為にドラゴンの周囲に認識阻害の魔術を掛け、その場を去る。

 そうして月日が経ってあの場へと向かったというのに。どうして騎士団や軍の人間が居るんだ。

 ドラゴンの死骸は消え去っていた。肉を好む魔物が喰ったのだろう。骨が見当たらないことに違和感を覚えるが、どうでもいい。俺の大事な得物と魔石を回収して、ギルドに報告をするのだ。ドラゴンを倒したぞ、と。


 『俺のモノに勝手に触ろうとするんじゃねーよ、餓鬼』


 大事な得物に勝手に触ろうとする餓鬼を止める為、声を上げたのだった。


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