第143話:ギルド長は心停止寸前。

 ――冒険者ギルド・アルバトロス王都支部。


 「ギルド長っ!!!」


 丸い縁取りの眼鏡を掛けたそばかすの目立つ受付女性職員が、ギルド長部屋……ようするに俺の城にノックもなく突然入ってきた。


 「どうした、デカい声をだして……せっかく昼寝をしていたというのに、気持ちの良いところで目が覚めたじゃないか……」


 冒険者ギルドでありながら、このアルバトロス王国では重宝されておらず、窓際とか左遷部署と呼ばれている。ようするに長閑で暇な仕事場であった。

 俺はそれが気に入っているし、独り身だから生活に然程困っていない。時折他国から訪れる冒険者の相手と微笑ましい依頼内容に苦笑を浮かべながら受付をする。そんな職場。


 「王城から召喚命令が出ております! しかも至急とのこと! それに近衛騎士まで出張ってきて、今にもこちらに突入せんばかりの勢いですよっ!」


 「なんで?」

 

 立ち上がり二階の窓から外を見る。近衛騎士装備の連中が十名、ギルド支部の建屋の前に集まっていた。どいつもこいつも険しい顔を浮かべている。


 「……殺気立ってるな、一体何事だ?」


 「わかりません。冒険者の身分照会と――」 


 「失礼する」


 鉄の鎧が擦れる音と靴音を響かせて、近衛兵二名がギルド長部屋へと入って来る。招かれざる客としか言いようがないが、相手をしなければ。


 「これはこれは近衛さまが冒険者ギルドへとおいでとは珍しい、一体どのような御用で?」


 「――事態を説明する。覚悟して聞け」


 近衛兵から齎された情報は信じがたいものだった。だが目の前の奴が嘘を吐く訳がない。アルバトロス王国に忠誠を誓う騎士なのだから。


 「え? ――マジ?」


 本当に、何をやってくれてるの……。


 討伐依頼が出ていないドラゴンを倒し、死骸を放置してギルドにも連絡なし!?


 放置した後、瘴気をまき散らして辺境伯領周辺区域に被害を齎したって!!!


 しかもちょっと前に騒ぎになった魔獣フェンリルが王都近郊の森に出現したのも、ドラゴンを倒した冒険者の仕業なの!?


 あれって王立学院の生徒が巻き込まれたって噂になってたよな!?


 え、え? ちょっとまって聞いてないよ、俺! 


 そんな報告があれば超特急で関係各所に連絡を入れて、事態収拾に迅速に動かなきゃならない事案だぞ! そしてこの国の主に頭を下げにいかなきゃならないんだぞ!


 「事実である。可及的速やかに各ギルド支部へ連絡をし、手配者の情報と確保を要請する。アルバトロス王国としても賞金を出し、実行犯の確保を募る」


 暇な支部に勤めているのは俺と受付嬢の二人。今日の出勤者は眼鏡のお嬢ちゃんと俺だけなのだが、お嬢ちゃん顔面蒼白になっている。俺も血の気が引いているが。


 「で、では冒険者狩りの実行を要望で?」


 冒険者狩り――掟を無視した者を同業者である冒険者たちが見つける為に探しに出る。賞金首が出るというなら、金に目敏い連中が目の色を変えて探し当てるだろう。


 「勿論だ。冒険者の不始末。責任の一端はギルドにもあろう。――後手に回ってみろ、管理責任を問われるぞ」


 厳しい視線で俺を見る近衛兵二人は一切表情を変えない。


 「は、はい今すぐに大陸各ギルドへ連絡を致します! 王城への出頭は今しばらくお時間を頂きたい!」


 Aランク冒険者チーム『黒剣』……リーダーの名はトーマ、と言うらしい。貴族のご令嬢とこの国の聖女に手を掛けたときた。

 相当の阿呆である。もしくは教育を受けたにも関わらず、自分の実力に思い上がった勘違い野郎だ。冒険者になりたての頃に『貴族相手は十分に気を配れ』と忠告されているし、アルバトロス王国へ入るのならば『聖女』に出会えば丁重に扱えと注意喚起されるというのに。


 「連絡を終えるまでは待つ。ただ、急げよ」


 「は、はい! では少々席を外します!」


 「ああ、行け」


 「お嬢ちゃん!」


 「は、はい!!」


 どたどたと音を鳴らして階段を降り、受付カウンター奥の部屋へと勢いよく入る。そうして連絡用の専用魔術陣を展開させる。連絡先は冒険者ギルド本部の一番偉い人間に繋げて貰わないと。この国のギルドどころか各国の別支部にまで迷惑が掛かることになる。


 『―――ははは、冗談を……!』


 「冗談など言いませんよ、この国の近衛騎士がギルド支部前に詰め寄っているんです! 疑うならば彼らと代わりますがっ!」


 最初、信じていなかったギルド本部のお偉方も俺の剣幕で状況をようやく悟ってくれたようだった。情報照会と賞金が掛かったと知ると、冒険者に知らせるそうだ。


 ――冒険者狩りが始まる。


 滅多に行われないお祭り行事である。ギルドから知らせを受けた冒険者は嬉々として参加するだろう。登録カードには大方の位置情報機能があるから、直ぐに逃げおおせた場所は判明する。


 「とりあえず城に行く。俺の首一つで足りるなら儲けものだな……」


 「え、ギルド長?」


 「それだけの事をしてくれたんだよ、馬鹿な冒険者は!」


 王家が用意した馬車へと乗り込み、そのまま俺は城へと連れていかれ謁見場へと放り込まれた。玉座の前に連れてこられ、左右には近衛騎士ががっちりと逃げないようにと監視されている。


 ――陛下、ご入来!


 その声が上がると暫くして玉座横の出入り口からアルバトロス王がやってくる。周辺国の王よりも年若いがその眼光は鋭く隙がない。玉座に腰を据えて王が口を開いた。


 「此度は冒険者が我が国で無法を働いてくれたなあ、アルバトロス王国支部ギルド長よ」


 「っ! 真に申し訳ございませんでした!!!!」


 平伏を超えて額を床へと突けて、腹から声をだして詫びるしか方法がなかった。玉座に腰を掛けて肘掛けに肘をつき手は頬杖をついているアルバトロス王。正直、生きた心地がしない。

 俺の視線は床しかみられないし、顔を上げれば不敬と言われる。冷や汗を掻きながら陛下の言葉を待つ。


 「各国のギルド支部への連絡、件の冒険者の指名手配、そして身元証明をせよ。――それと他国にもこの冒険者の仕業を流布させるぞ。絶対に逃すな。そして生かしたまま私の前へ連れてこい」


 身元証明は件の冒険者に所属国があれば、その国にも圧力を掛けるつもりなのだろう。あとその国の国民が他国で迷惑を掛けたのだから、抗議と脅しを入れて外交的立場の有利性を確保するのだろう。


 「勿論でございます!」


 理性的な王で良かった。感情に任せて首を斬られる可能性も覚悟していたのだから。謁見場から去っていく陛下の気配を感じ、完全に消えたことを悟り顔を上げ、長々と息を吐く。


 心の臓が止まるかと思った。


 とりあえず首の皮は繋がった。あとは犯人捕縛とこの国まで生きたまま連行出来るように手配しなければなと、震える膝に活を入れて立ち上がる俺だった。

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