第144話:【1】なんで俺が。

 つまらない人生だったように思う。俺の中の価値観と世間での価値観が全く持って合うことがない。


 ――弱いものをいじめたら駄目。


 ――金を巻き上げたら駄目。


 ――嘘を吐いては駄目。


 ――奪うのは駄目。


 ――殺しも駄目。


 一体、なにを楽しみに生きていれば良いのだろうか。やりたいことをやれと言われたのに、俺のやりたいことは世間から認められることはない。

 やりたいようにやれば、俺の人生そのものが終了を告げてしまう。だから、世間になるべく溶け込むように、本性を隠して生きていた。そんな俺が若かりし頃に出会ったインターネットゲームは、現実から逃避する為の丁度良い場所だった。


 『暇。PKしようぜ』


 『あー、初心者狩りするか』


 『良い装備付けてたら奪って売ったろ』


 『低ランクの装備なんて売っても金にならねー(笑)』


 気の合う仲間とのチャットは楽しかったし、レベルを上げて良い装備を身に着け狩場を占領し、強敵を倒してレアドロップを狙う。拾ったレアアイテムを競売に掛けて利益を得、更に良い装備を揃えまた狩場に出る。


 そして最高の瞬間がPK――プレイヤーキラーだった。


 『どうしてこんなことをするんですか!』


 『……』


 PKを終えた後に負け犬の声なんて無視をした。落ちた装備を拾って、テレポートして競売に掛けて小金を稼いだ。


 俺が生まれ育った国の日本のMMORPGプレイヤーには敬遠されている行為だったが、ゲームシステム上は認められている。

 だから初心者狩りや低ランクの狩場へキャラクターチェンジして、ちまちまとMOBを狩っているソロプレイヤーやPT中の奴らを襲い、右往左往している姿を眺めるのは快感だった。

 そうしてどんどん沼にハマっていき高校卒業後に新卒で採用された会社を一年で辞め、家に引きこもった。ログイン時間は十二時間以上プレイしていたこともあるし、更にそれ以上プレイしている時もあった。


 『便所いきてー』


 『ペットボトルでOK』


 冗談で言われたことを移動が面倒だと本当に実行したこともある。知名度はあまりないゲームであったが、一緒にプレイする仲間と悪さをする仲間がいたから見事に嵌まっていたというのに。プレイ中に何が起こったのか分からないが、死んだのだ。あっけなく。


 死んだ、転生した、孤児だった。


 幼少期の記憶は余りない。はっきりと転生したと自覚したのは十歳頃。環境が全くよくない貧民街の片隅でどうにか生きていた。


 周りからは『トーマス』と呼ばれていた。おたふく風邪の機関車じゃあるまいし、奇しくも前世と同じ音の『トーマ』と呼べと言うと呆れ顔で周りは呼び始めた。


 前世の知識は役に立つ。子供の身ではあったが知恵は回るので、貧民街の大人に取り入っておこぼれを貰う。

 街中の人間から財布を擦ってこいと命令されたり、店に並んでいる品物をかっぱらってこい、貧民街に迷い込んだ一般人を襲って有り金を全部奪ったことも。中々にクレイジーではあったが、俺の性分には合っていた。躊躇なく命令を実行する俺は、貧民街の大人に気に入られた。

 

 暫くして貧民街の大人から俺の異常な強さを煙たがれるようになっていた。やり過ぎだと止められることもしばしば。冒険者になればいいと言われ貧民街から追い出された。まあ、いい。よく聞くゲームやアニメと同じ冒険者ならば腕っぷしの強さで生きていける。

 

 言葉は理解できるが読み書きは出来ず、ギルド受付職員の手によって登録を済ませ初心者として冒険者生活が始まったのだった。


 最初はギルド職員に言われるまま、薬草採取やゴブリンに狼モドキを倒す依頼を受けた。そうして日銭を稼いで宿と飯を手に入れる。まるでオンラインゲームを始めた頃のお使いクエスト気分でノルマをこなしていた。


 ギルド職員の言う通りにしていれば、何の問題もなく依頼を達成し、装備を改めより良いものへと変えていく。


 ――ゲームだな。


 そうゲームだ。ゲームの世界と同じなのだ。雰囲気は少々違うこともあるが、おおむね一緒。エネミーとして登場していたMOBの名前も似ていたし、姿かたちも似ている。装備やアイテムがドロップしないのは手痛いが、依頼をこなせば金が入る。命を天秤に掛けている所為か、実入りが良い。


 しばらくソロで活動してFランク冒険者からEランク冒険者へと昇格した時。

 冒険者としての講習を受けろとギルドから言われた。何故今更そんなものを受けなければならないのか。

 依頼を受けて、目標を倒したり採取するだけの簡単な仕事だというのに。腕も十分にあるし、俺ならばDランクへ直ぐに上がれると褒めてくれていたというのに何故なのか。


 『規定なのですぅ~。必ず受けてくださいね~』


 ゲームにもふざけた喋り方をするNPCが居たなと、甲高い声を出して困った顔をする受付嬢に舌打ちをして、仕方なく講習を受けたが聞く気など全くなかった。

 大した内容ではないし、獲物を倒す攻略法を伝授してくれる訳でもない。国がどうだの、貴族がどうのだの、ギルドとの連絡に、魔物の死体処理だのと言われても、それはお前たちギルドの仕事だろうに。

 そもそも冒険者登録カードで国を超えて狩場に行けるのだから関係ない。まあ、まだ国を超えられるランクには至っていないが。貴族が出した依頼を受けたことはないが、下の連中から金を奪って生活している連中なんかに気を使う必要もない。

 

 テレビで見る政治家連中と一緒だ。口だけで大して働きもせず、下の者を働かせて金を得ているだけではないか。


 そんな連中を敬う必要などない。関わることもないのだろうし。

 

 Bランク試験を受ける頃、俺に転機が訪れる。


 『僕たちと組まないか? 実力は聞いているし丁度前衛を務められる人を探していたんだ。大剣使いで一番腕が良いと聞く、どうだ?』


 確かこいつらは、もうすぐBランクからAランクへの昇格試験を受けるパーティーだと聞いた。

 ソロで動く奴には個人でランクが決められ、複数で動く連中にはチームとしての価値をギルドが査定するようになっている。

 個人のBからパーティのAか。悪くない話だった。当然分け前は人数分に割られるので、総取りとはいかないがランクが上がれば報酬が上がるし、難易度報酬で色が付く。ソロBランクよりもパーティーAランクの方が魅力的なのは、火を見るよりも明らか。そして目の前の連中は最近頭角を現して、Sランクも目の前だと噂されている。


 『わかった、よろしく頼む』

  

 そんな連中に声を掛けられたのだ。俺は二つ返事で了承し破竹の勢いでSランクパーティへと駆け上るのだった。

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