第142話:王妃殿下。
執務室への来訪者は王妃殿下だった。
透き通るような白い肌に絶妙に整った美しい顔に均整の取れた肢体。妖艶な色香を漂わせながら、公務もない所為か薄着で城をウロウロしおる、問題児め。若い近衛や文官に武官連中の下半身に直撃である。凡愚なお飾りであれば注意して止めさせるものの、実力があるので小言止まり。
「陛下、声が廊下の外に漏れていましたわ」
おまけに声も良いときた。神は目の前の女に能力を与え過ぎだ。ただ分を弁えているので、愚を犯さない。忌々しいが、アルバトロス王国の王妃として、きっちりと務めを果たしているのだ。甥が『ああ、すまないね』と片手を上げて謝っておるが、腑抜けにされてはおるまいなあ。
「なんだお前さんか」
ワシが一度鼻を鳴らすと、扇を広げて口元を隠して目だけを細めた。おそらく扇の向こうでは口の端が伸びているに違いない。
「あら公爵、相変わらずお元気ですこと」
「引退間近ではあるが、まだまだ死ぬ予定はないぞ」
執務室を移動しつつワシに顔を向けて嫌味を放つ女。根性が曲がり腐っておるなと、目を細める。そうして甥が座る椅子の肘掛けに腰を預けて凭れ掛かった。
「わたくし、公爵に早くくたばれなどとは一切申しておりませんわ」
「そう聞こえる言い方をするからだろうに」
ピリッと部屋に紫電が走る気配が流れた。
「はあ……二人共止めなさい」
王妃が腰を預けた肘掛けの反対側に肘を掛けて頬杖を付く甥は、呆れた顔をしてワシをみる。
「ふん」
「ふ」
「どうしてそんなに仲が悪いのか……はあ」
「ため息を吐くと幸せが逃げるらしいぞ、陛下よ」
「一国の王にそんなものは必要ないよ、公爵」
王妃が部屋に居る為か口調を少し変えた甥は、疲れた様子である。まあ問題が一気に噴出したのだから仕方ない。
これで上手く収まれば、儲けものである。亜人連合と繋がりのある国は数が少ない。これで交易条約でも結べれば、周囲の国から一目置かれる存在となる可能性も出てくる。
ただ使節団の代表があの少女だ。政治なんて面倒だと普段から言い張っているから、期待は出来ぬし求めてもおらん。というか、求めてはならん。国内の欲深い貴族は、自分たちは何もしない癖に、やれああしろこうしろと言うだろうな。
「確かに」
「そこは否定してくれても良いのでは……叔父上」
「――公爵は放っておきましょう陛下。話はどうなったのです?」
甥の頬を細指でなぞり、視線を己の方へと変えさせ美しく微笑んで問いかける。
「ん、ああ。――……」
先程ワシと交わしたことを王妃へと告げる甥。
「この国は冒険者の立ち位置が低いもの。ひと暴れ出来ると勘違いした者が王国へ無断で入り、暴れることもありましょう。まあ、ギルドの管理が全くなっておりませんが」
「手厳しいねえ。だがウチの貴族や辺境伯領領民に周辺領の者を危険に晒し、あまつさえ学院の生徒に騎士や軍に被害を齎した。――容赦はしないよ」
うむ、容赦など必要ない。順調な国家運営に皹をいれる所だったのだ。一個人の命で賄えるものではないが、国としての見せしめは必要だ。他国からも冒険者からも、舐められる。
「手厳しくはありませんわ。冒険者の教育や育成もギルドの仕事です。他国はギルドへ予算を割き、冒険者を自由に動かし魔物を狩らせて安寧を得ております」
「その辺りの事情は、我が国は疎いからね。だがそれだと軍や騎士の扱いはどうなるんだい?」
「もちろんそちらも手抜かりはありませんわ。――ただアルバトロス王国は恵まれております。魔力持ちが多いということは、戦力が高いと同義ですもの」
確かに。だが訓練や教養は必要だがな。質の良い駒を育てるには、それなりの金と時間が必要だが。聖女や魔術師の数の確保は足りておるし、魔力の影響で軍や騎士も質が良い。
「ふむ。――まあギルドにも賠償請求をしないとねえ。管理怠慢だよ」
「ギリギリまで、毟り取るべきですわね。――ところで公爵」
「なんだ?」
「聖女ナイに個人的な面会を要請いたしますわ」
やはり目を付けおったか。しかも個人的ときた。
「……理由は?」
「愛でたいだけです。あのような可愛らしい子がこの国に居ただなんて信じられません。ねえ陛下、公爵が後ろ盾ではなく陛下が後ろ盾になっては?」
ナイは小柄で童顔だからなあ。王妃の嗜好をそそる容姿をしている。王国、もとい大陸の人間は成長が早く、他の大陸の者と比べると背格好が大きいと聞く。目の前の女の趣味は全く理解できぬが、王妃の予算からではなく自費で気に入った者を男女問わず囲っている、もちろん不貞など働かぬが。
「それは出来ない。私が一人の聖女を優遇すれば不満が出るよ」
無理だと理解して聞きよった。
「あら、残念。――で、公爵、返事は如何?」
「駄目だ、と言いたいが……駄目と言ったところで適当に理由を付けて呼びつけるか会うのだろう……?」
「ええ、勿論。障壁を維持の為に魔力を補填していますし、偶然会う機会なぞいくらでも作れますわね」
本来、王族がウロウロしない区画に王妃が居れば、王城で働いている人間が腰を抜かすであろうに。しかも目の前の女は、見目の威力だけで腰を抜かす者がいる程の美女である。勝手に城内をうろついて被害者を増やすでない。
王妃は王城内で男女問わず人気が高い。
面倒見の良い性格をしておるし、下の者へ威張ることもない。そんな様子だから侍女やメイドにまで支持を得ておる。男は見目の良さでコロッと騙されおるし、やはり質が悪い。そして甥の評価の邪魔をしていない。肝心なところで、すっと引く。
――すまぬ、ナイ。
目の前の女に玩具にされるであろうが、悪気はないのだ、悪気は。奔放すぎる性格と王妃としてのバランスを絶妙に保っているから、止められん。
「分かった。場を用意させよう。だが、聖女一人での同席は認めん。我が孫を同席させる、それが条件だ」
「あら、ソフィーアちゃんを? 寧ろ好都合ですわ。一緒に愛で倒します」
本当に守備範囲の広い女だな……。そして自分の欲望に忠実である。
「ねえ」
「どういたしました陛下?」
「問題が解決してからにしてね」
「もちろん、そのくらいは弁えております」
ふふふと笑って腕を組み、主張の激しい胸を更に寄せおってからに……。本当に黒髪の少女の下には厄介ごとが転がり込む。神よ、彼女は一体なにを仕出かしたというのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます