第141話:聖女について。

 ――アルバトロス王の執務室。


 「聖女ナイの待遇については、どう弁明なさるのです?」


 むっとした顔を私に向けるアルバトロス王、もとい我が甥は聖女の境遇を知らぬことに不満のようだ。


 「どうもなにも、本人が望んでいたことだからなあ」


 「本人が望んでいたといっても限度がありましょう! なぜ国の障壁維持に関わる聖女が教会宿舎などという兎小屋で生活しているのですか!」


 甥よ、それは教会宿舎に住んでいる者に失礼な発言だ。そもそも聖女の在り方を語らねばならぬだろうか。


 聖女の最初期の成り立ちは、立場の弱い女性を救い上げようという随分と昔の王妃の発言からだったそうな。


 食うに困っている女性で治癒魔術を使えるものを集め、教会へ所属させ奉仕活動を行いつつ信者としての教育に基礎教養。そうして彼女らと結婚した夫や子供も信者へと取り込み、順調に教会信者数を増やしていた。


 ある時、王国を守るための障壁魔術陣が完成し、それから多大な魔力量が必要となった。国は魔力量の強いものを募ると、男よりも女の比率が多く、そして貴族出身者と教会信徒の数が多い。

 

 ある者は一瞬で魔力を喰われて倒れ。ある者はある程度耐え凌いだ後に倒れ。ある者は平気な顔をしている。


 そこに目を付け国と教会は『聖女』という称号を与えて、魔術陣への魔力供給量に対して優遇措置を図る。ついでに治癒や補助魔術を使える女性にも『聖女』の称号を与えて雇い入れ、国や教会の為に貢献してもらおうという腹積もりだったそう。


 殆どの聖女は教会に所属して治癒を施しながら生活をし、年若い者ならば相手を見つければ家庭に入って辞めるものも居れば続ける者も居た。

 貴族家出身の聖女は、聖女としての活動をしつつ家の都合を優先させる者も居れば、奉仕精神に溢れている者は教会に尽くし評判を稼ぎ家の名声を上げた。


 魔術陣へと魔力補填を行える聖女は別格である。


 別格故に問題が起こったが。貴族は血統を維持するために、優秀なもの同士と婚姻し子を残して代を繋いでいく。故に魔力量の多い者が多数だ。爵位を継げぬ男は魔術師や騎士に軍人として名を馳せ、女は聖女として国へと貢献するのが名誉とされた。

 

 そこを狙って貴族間で問題が起きたのだ。


 己の家の者を最高位に上げようと、暗殺未遂に高位貴族が低位貴族に圧力を掛けるは、魔力補填を行う平民出身者の迫害。これで国の障壁維持に問題が出れば本末転倒。兎に角、優遇措置は取り止めて形だけでも聖女はみな同格と位置づけた。


 ただ、諸外国に向けた外交用の顔として『筆頭聖女』だけは必要になる。


 その栄誉に就くには、魔術陣へ補填が出来る魔力量と教養と見目が優先され、たった一つの『筆頭聖女』という椅子は貴族たちの良い餌となった。

 見栄や面子を大事にする連中に、家の存続が危うい貴族は必死である。なにせ国の顔なのだから。その座に就けば男爵位程度の年金支給が施される。金に困っている貴族はこれに目を付け、栄誉を欲しがる貴族もその座は魅力的なのだ。治癒と称して滅多に出られない国外へと出られる。社交界で自慢をしたい女ならば、他に追随させない絶好の話題だ。

 

 まあだから、あの黒髪の少女が嫌な顔をするのは理解できる。面倒な貴族と矢面に立たねばその椅子は得られんのだし。


 「打診はしたぞ、固辞されたが。無理矢理に騎士爵か男爵位の住んでいた空き屋敷に放り込んでみろ、教会も黙っておらんだろう?」


 「確かに聖女の意思と尊厳を無視していると、教会の一部の者から抗議が来ましょう。ですが、そんなもの封殺すれば良いではありませんか……何故報告に上げて頂けなかったのですか!!」


 そんなものを無視して身を滅ぼした者もいるだろうに。馬鹿には出来ぬものであろう。


 教会も一枚岩ではない。神の教えを忠実に守ろうとしている原理主義派に、教会派貴族勢、穏健派に金満勢も居る。事細かく分ければ更に細分化するのだから、キリがない。腐った者も居れば、清貧を旨に平民へ施しをする者。教義を広めようと、身一つで各地を渡り歩く者もいるしな。

 

 「知れば、お前さんは対応するだろう」


 「当たり前です! ただでさえ周辺国からは障壁に頼っている臆病な国だと揶揄されているのですよ! その為の聖女の扱いを無下にするなど……私は、私は……」


 甲斐性なしの烙印を押される……と。甥の周辺国からの評価は『凡』を押されているからなあ。障壁がある為に外から攻められる心配は少なく、国内に目を向けていれば良いのだから。

 あとはスパイや周辺国のパワーバランスを外から眺めていれば良い。ただ、一国を背負う男が『凡』で収まる筈がなかろう。腹さえ括れば、彼は『優』である。平時しか経験したことがないことが余計に周辺国から『凡』評価だなあ、甥よ。


 我が国を障壁に閉じこもった臆病者と評する周辺国には、是非とも痛い目にあって欲しいと常々思うておるが、先に手を出したら負けだしのう。忌々しい。


 「舐められているのならば、そう思わせておけば良いではないか。我らが牙を剥いた時に効果が上がる。あっと言わせてやれば良い」


 「確かにそうですが! そうですけれどねえ……外交の時に嫌味でチクチク言われるのは私なのですよ。遠回しに貧乏だのケチだのと……」


 お前さん、周辺国の王より若いからなあ。周辺国との力の差はそれほどないし、標的にされやすいのだろうて。


 それに国を守れるほどの障壁を張れる魔術陣を展開できる技術を持つ国は少ないからのう。他国は魔物の討伐に腕の良い『冒険者』を使う。だからこそこの大陸で『冒険者ギルド』が国の垣根を超えた独立機関として保障されているのだ。

 アルバトロス王国は魔力量が多い者が生まれやすく、魔術陣で障壁を張り外敵から侵攻を安易に防げるのだから、羨ましいのだろうて。


 「言わせておけ、言わせておけ」


 自分の矜持を大事にしようとするのは、まだ若い故か。呵々と笑って甥を見ると、またしても背に重石を背負っている幻を見る。


 「彼女は筆頭聖女候補でしょう? 現筆頭聖女が『先見』で見つけてきたのですから最初から価値は高かったはずです」


 「だが貴族でもなく、平民ですらなかったからな。まずは衣食住の提供と体調管理に最低限の教養、聖女として行動出来るかどうかを見極めたかったのだろうよ」


 初めてナイと面会した時は、何故生きていると驚いたものだ。ガリガリの骨と皮だけの娘だったからなあ。保護した当初はいきなり食わせても腹を下すだけだし、食事量も様子見をしながら増やしていたそうだ。

 

 「報告では、問題なく乗り切ったと聞いていました。――……というか聖女として働いているのです。金ならば下手な騎士爵位の者より多いのでは?」

 

 だのに何故兔小屋に……とぼやく甥。


 「もちろん。ただ身を過ぎた金は身を滅ぼすし持て余すだけ、教会に預けると言っていたぞ。――これで金の管理を教会が怠っていれば、糾弾できるな!」


 「叔父上ぇぇええ!!! 叔父上が何故管理しないのですかっ! 叔父上ならばそのくらいの事出来るでしょう!!」


 いい歳をこいた男の涙目なぞ見苦しいだけだぞ、甥よ。そもそも政治を司っている我々貴族が、教会内部に安易に手を伸ばせまいて。


 「それをやると教会の立場がないし、仮にきちんと管理しておったら国が我らを信用していないと抗議されるだけだぞ――お?」


 執務室の扉をノックする者が現れた。このノックの仕方は訪問者を告げる音。扉の向こうで立ち番をしている近衛騎士によるものだ。


 「どうした、入れ」


 「失礼致します! 王妃殿下が陛下との面会を望まれております」


 おもむろに執務室の扉が開いて近衛騎士が礼儀よく入って来ると同時に敬礼。答礼もせず、用件だけを伝えよと甥が促すと、どうやら王妃殿下がこちらへ参っているようだ。


 「公爵、構わんな?」


 「ええ、構いませんぞ。陛下」


そう伝えると甥は、近衛騎士にひとつ頷くのだった。

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