第140話:冒険者ギルド。

 謁見場を出て、孫と聖女と教会騎士二人に数名の近衛騎士と廊下を歩いて行く。


 ――またしても問題を起こしおった。


 どうして何かを引き寄せてしまうのか。現筆頭聖女の異能『先見』によって見つけられた黒髪黒目の少女を横目で見る。


 「?」


 孤児として貧民街で数年は過ごしてきたというのに、どうしてこうも緊張感のない阿保面を晒すのか。

 もう少し反骨心というか出世欲とでもいおうか、そういう欲があれば良いものの。

 金に貪欲そうでいて、さほど執着はしていない。己の生活も風雨の凌げる家と食うに困らぬ食事と寝床があれば良いときた。

 こちらは待遇を良くするといっても、固辞をしおって。公爵家がそれくらいの金を出すことに渋ることなどあるまいて。

 こ奴の場合、後が怖いとでも考えているのかも知れんが。


 どこか抜けているというのに、世渡りはある程度こなし学院へと入学する為の知識もなんなく吸収した。

 

 他国のスパイにそそのかされて、どこかに消えてしまうのではという心配も一時期あったが、コレは孤児仲間を異様に大事にしている。

 ジークフリードとジークリンデは、常に行動を共にしているので咄嗟に連れていけるであろうが、残りの二人は王都で生活を築き根を張っておる。

 そう簡単に他国へ渡ることを決められぬだろうし、三人だけで逃げおおせて、残りの二人が国の人質となれば帰って来るほかない。


 「ソフィーア、ナイ。ワシは陛下の所へ行ってくる。先に屋敷へ戻っておけ」


 廊下の分かれ道で二人に告げる。

 

 「はい、お爺さま」


 「閣下、いってらっしゃいませ」


 手を軽く上げて、彼女らとは別の道を行く。


 この先は王族と限られた者しか入れない区域である。さて、我が甥は頭を抱えているのか。

 アルバトロス王国の主、国王の執務室の前に辿り着く。扉の前で立ち番をしている近衛兵に声を掛け、入室許可を得た。


 「入るぞ」


 「――叔父上、どうしてこちらへ?」


 執務机に腰掛けているアルバトロス王がワシを見上げ、接客用の椅子を指した後に人払いをさせた。これで気兼ねなく話せる。


 「話をしておきたくてのう。――どうなった?」


 父王が早逝した為、王座に若くして就いた甥に笑みを向けながら座る。

 

 「どうもこうもありませんな。冒険者ギルドには出頭命令を出したので、そのうちすっ飛んでくるでしょう。我が国の者に理由もなく手を出したことを、許すわけには参りません」


 冒険者ギルドというものは特殊な存在である。どこの国にも属さず、大陸内で国の垣根を超えた独立機関とでも言おうか。

 魔物の発生率が現在よりも高かった昔、腕に自信のある有志が集まり討伐を始めたのが最初。地域の住人や貴族が彼らに報酬を渡したことから、それを生業にして勢力を広げていった。


 識字率も低く安定した職業が少ないこの大陸で、自らの命を天秤に掛ける連中は多い。軍や騎士団、あるいは教会騎士にでも入れば、風来坊としてではなく生きてはいけるが教養が必要になる。


 教育を受けられない男衆に、魔術に自信のある平民の若い女が独立を求め、その門を潜る。――もちろん例外も居るが。


 刺激を求め身分を隠して貴族の継子とならない者が興味本位で入ることもあれば、懲罰として入る者も。稀に神がかりな力を持った者が表れて、英雄や勇者と称えられることもある。夢を見るには十分な職業だ。

 

 その反面、無法者も多くなるのが頭の痛い所。時折、今回のように『やらかす』者が出てくる。力を持ち勘違いをして、己が一番だと思い込む。いくら強くても所詮は人間の身、数で押されれば破滅しかないというのに。


 「国に喧嘩を売ればどうなるかなど、一目瞭然というのになあ。どういう思惑で我らに弓引いたのかは知らんが、馬鹿なことをしたものよ」


 本当に。武闘派である辺境伯領内で竜を勝手に屠り、あまつさえ死骸を放置し呪いを発生させるなどと。普通の冒険者であれば討伐依頼が出ていない竜を倒したことをギルドに報告を上げ、そこから国や領主へと連絡を入れ、教会関係者を呼び葬送を施し死体処理を行うのが常道。


 「冒険者は二十歳前後と聞いております。――力があるというのならば、腕を試したい年頃でしょう。若さ故の万能感というのも拍車を掛けているのでしょうな、叔父上」


 「しかし……そこまで頭が回らないものかね? 貴族の領土内や貴族そのものに手を掛ければ、己の命が危ういと子供でも理解できることを……」


 「後先を考えない無法者は少なからずいますからな。あと満足な教育も受けていないのでしょう。――そうでも考えないと今回の事態の説明が付きませんよ」


 「犯人の素性もギルド登録をされているならば、直ぐに分かる。まずはそこからだな。――背後関係の洗い出しや、他国のスパイに暗殺……考えておると頭が痛い」


 その時にAランク冒険者をひっ捕らえて連れて来れば、ギルドは素早く対応したと評価できるが。依頼斡旋所にしか過ぎないギルドに、冒険者の背後関係まで掴めというには酷なことであろう。

 だから、そこからは我々国の仕事である。まずは取り調べ。吐かなければ尋問、拷問、薬物に魔術と段階を上げながら吐かせる。死なず、精神が壊れなければそれで良い。身分のない平民ならば尚のこと、死んでもかまわんのだし。


 「そこも頭が痛いですが……亜人連合っ…………!」


 そう言って執務机を見つめて頭を抱える、我が甥。その背に重石を背負って見えるのは、気のせいであろうか。


 今回の件はギルドも冒険者仲間も奴らを庇わぬだろう。やらかしが過ぎているのだから。そして亜人連合に喧嘩を売っておるのも不味い。物凄く不味い。――というかウチの国も不味い。


 竜を勝手に殺した責任を取れと言われて、攻め込まれる可能性だってあるのだ。


 空を飛ぶ竜種を数多く抱え、竜騎兵隊なぞを構成しておる亜人連合に勝てる人間の国はそうない。魔術師連中を総動員させても勝てぬだろう。

 なにせ長期戦ならば空を飛ぶ竜騎兵が有利であり、遠距離魔術を使わざるを得ない魔術師の魔力が持たぬのだから。超長遠距離攻撃魔術の使い手も更に限られ、王国内でも魔術師団副団長しかマトモな使い手がおらん。


 事情を話せば一応は通じる相手であるのが救いか。だからこそ使節団を形成して送ろうと、忙しなく関係各所を動かしているのだから。しばらくは不眠不休となるだろう。


 「亜人連合と交易のある国との連絡は取れたのか?」


 「はい。――事態は急を要するので、彼の国との連絡は直ぐ付けると」


 亜人連合を敵に回しても良いという国は早々おらんからなあ。理解が早くて助かるし、相応の対応だ。


 「で、見返りに何を要求された?」


 「小麦の融通ですね。そのくらいで済むのならば安いものですよ。あとは相手国の特産品を買ってくれと」


 我が国が穀倉産地で良かったな。余剰分は輸出して儲けておるし、他国の胃袋を握っているのだから。大陸北西部の環境はあまりよろしくないので、食糧事情が悪いから妥当な申し出だろう。ただ少々輸送費が掛かるが、仕方あるまい。それにタダで取引をするわけではないのだし。


 「――叔父上」


 「ん?」


 「聖女ナイの待遇については、どう弁明なさるのです?」


 悲壮な顔をする甥に、ワシは苦笑を浮かべるのだった。

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