第139話:特使。

 犬が尻尾を踏まれてきゃいんと悲鳴を上げたように、近衛兵さまの悲鳴が謁見場に響いた直後。

 私に対する周囲の目が物凄く冷たい。いや、王家に謀反なんて一介の聖女ができる訳ないじゃないですか。仕事でいう所のしゃっちょさんなのだから、へーこらゴマを擦る相手である。

 

 「ヴァレンシュタイン、説明せよ」


 「はい、陛下。聖女さまがお持ちになっているものは『竜の卵』です。浄化儀式の際の魔術的要素で繋がり、聖女さまのみが卵に触れることが許されているようです」

 

 その瞬間周りの人たちの目の色が変わるのがはっきりと伝わるのだった。副団長さま、私しか触れないという情報は要らないのでは。もしかすれば私以外の誰かが触れる可能性だって残っているというのに。


 「おお」


 「魔石かと思うたが、アレが竜の卵!」


 「……文献でしか見たことなかったのに」


 物凄い反応を見せている人といまだに訝しんでいる人、よく状況が分かっていない人に分かれてる。私が王家に牙を剥くなんてあり得ないし、なんで一番先に関係のない近衛兵さまを襲わなきゃならんのよ。

 

 「むう……」


 「陛下?」


 椅子の肘掛けを利用して頬杖をつく陛下に、宰相さまが問いかける。


 「いや、亜人連合へ此度の件の説明に第一王子に派遣団長を務めさせるのが誠意の見せ方かと考えておったが……」


 ん、なにやら話の方向がとんでもなく飛んで行った気がするし、その矛先がピンポイントで私を狙っているような。だって陛下がじっとこっちを見てるんだもーん。


 「ふむ。――聖女ナイ、特使を務めて貰うぞ」


 うげえ。でも、逃げられないなあ……。卵も返却しなきゃだし。多分そういう意味合いで陛下も私を選んだのだろうし。


 「はい。誠心誠意努めさせて頂きます」


 そうして頭だけあげていたのを、また深めに下げる。


 「頼んだ。しかし外交に明るくないのは事実、其方の補助を完璧に行える者を同行させよう。移動については転移魔術陣を使う」


 転移魔術陣――限られた王族関係者しか使えない外交用の魔術陣である。


 友好国とはこの魔術陣で繋がっており、双方合意の下で魔術陣を発動させて行き来を行うものだ。結構な魔力量を消費する為に、陛下に宰相さまや外務卿が海外へと渡る際、アルバトロス王国側の魔力タンクとして呼ばれることがあった。ちなみにその時は魔術陣へ魔力の補填だけさせられてとんぼ返りである。お給金はキチンと頂いているので文句はない。良い小遣い稼ぎだし。


 ということは魔力陣への魔力補填も仕事に入るのか。いまだに魔力が回復しないので数日は休養したい所だけれど、どうなるだろうか。

 まあ、魔力持ちは私だけではないし、ぶっちゃけ魔力持ちの人を何十人も集めて注がせるということも出来るので、最悪の場合はそうするのだろう。


 「宰相、外務卿。派遣団の構成員を決める。――近衛と軍は護衛の精鋭を選出せよ」


 なんだか怒涛の勢いで予定が決まっていく。学院が長期休暇で良かったけれど、二か月の内半分はこの一件で潰れてしまいそうだ。

 まあ長期休暇といっても帰省する故郷なんてないのだし、旅行気分で亜人連合に行くと考えた方が気が楽だ。

 派遣団長を務めなければならないけれど軽い神輿扱いのようだから、聖女として適当に頭を下げていればどうにか乗り越えられるだろう。政治的な判断は国王さまが就けてくれた補助員の人の仕事だしね。


 「聖女ナイ、亜人連合との連絡が付くまで数日掛かる故、待機しておれ。――浄化儀式、真に大儀である」


 そうして私を見下ろしながらゆっくりと陛下が頷き。


 「侍女を何名か遣わす。見目を整えておきなさい」


 あれ、教会の宿舎に王家の侍女さまたちが派遣されるの……。王家の侍女を務めている人なんて、女性のお貴族さまである。

 ぶっちゃけその人たちから見れば、教会の宿舎なんて鳥小屋同然。自分が住んでいるところだから、こんな風に蔑みたくはないけれど、お貴族さま視点になるとそうなる。あの場所に王家の使いがやって来るなんて不味いし、そもそも見目を磨く施設がないのだ。兎も角、顔を上げた。


 「陛下、発言を宜しいでしょうか」


 「構わんよ」


 「私の住まいは王都の教会横にある教会職員用宿舎でございます、そこに王家に仕える高貴な方々を迎えるには少々不都合が……」

 

 「は? ん、な…………済まないな、最近歳の所為でどうやら耳が遠くなっておるようだ。もう一度、言ってくれるか、な?」


 陛下、言葉遣いが乱れているような。眉間に右手を当てて揉みこんでいるのだけれど、もう一度言ってしまっても大丈夫だろうか。でも、陛下の言葉である。言わないと。


 「私の住まいは教会横の職員用宿舎で日々を過ごしております。そこへ王家の使いの方がいらっしゃるのは……」


 言葉を少しだけ変えてもう一度伝えると、陛下が眉間から手を放し、口元が歪に伸び上がる。


 「教会は……教会は国の障壁を維持している聖女に、何故そのような場所を提供しておるのだ!」


 私的には十分なのだけれど。雨風凌げるし、自分の部屋があってプライベートは確保されているから。そうして目を見開いて、公爵さまを睨みつける。


 「ハイゼンベルク公爵っ!!! 貴様、聖女の後ろ盾であろうっ! 何をしていたっ!!!」


 「聖女さま自身が望んでいることでしたので。もちろん公爵家の影を護衛として就けておりました」


 以前に何度か貴族街へ移り住まないかと言われていた。屋敷の掃除や庭の手入れが大変だからと言って断っていたら、公爵さまは物凄く渋い顔をしつつ何も言わなかったけれど。

 陛下に怒鳴りつけられているのに、平気な顔をしてしれっと言い返しているけれど大丈夫かな、公爵さま。血の繋がりがあるし、公爵さまの方が年上だから問題はないのだろうか。周りの人は黙って行く末を見守っているし。


 「……この問題は後回しだ! 公爵、聖女ナイをしばらく貴様の邸で過ごさせろ。環境の見直しはこの件が終わってから協議する! ――解散だ、関係者は速やかに動け!」


 そうして謁見場に居た人たちが散り散りに動いて行く。一部の人は走ってこの場を去っているから、状況は不味そうだ。

 

 使節団代表を務めることになったけれど、これからどうなるのやら。というか亜人連合国って一体どんな国なのか。

 彼の国へと行く前に、知識詰め込んでおかなきゃなあ。アレ、この辺も予測して陛下は公爵邸に滞在しろと命じたの……かな。単純に怒っているように見えて、そこまで考えていたのなら侮ってはいけない。流石は一国の王を務めるだけはあるのか。


 「大変なことになったな、ナイ」


 「ね」


 「暫く公爵さまの家で過ごさなきゃいけなくなった……」


 何度か訪れてはいるけれど生活基盤が全然違い過ぎて落ち着かないだろうなあ。陛下には不評だったけれど、教会宿舎は気に入っていたのだけれど。ジークとリンはそんな私を見て苦笑い。そうして公爵さまとソフィーアさまが私の横へとやって来た。


 「ナイ、帰るぞ。ソフィーアから話は聞いた。とりあえずは飯を食って寝ろ。――なんだその不満顔は」


 「いえ、なんでも」

 

 「そろそろ平民気分でいるのを止めて、貴族の生活にも慣れろ。今までの環境が異常だっただけだ。まあ教会の扱いが不当とも言えるが……教会も一枚岩ではないからな」


 事情があるのは分かる。組織だし、派閥があるからいろいろと面白おかしくなっているのだろう。政教分離しているし、腐敗はしていないのだからまだマシだろうなあ。


 ――あ、卵の管理を王家に渡すの忘れてる!


 しまったあと嘆くけれど、もう遅い。私の間抜けぶりが露呈しただけである。多分何も言わなかったのは、私が持っていて大丈夫ということだろう。仕方ないと背を丸くして、公爵さまの後ろ姿を追うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る