第138話:再びの謁見場。

 近衛騎士に案内されて謁見場へと入り最前列の一番良い場所へと案内された。落ち着かないので気分を紛らわせる為にきょろきょろと周りを観察してみる。随分とざわついて落ち着きのない様子だった。


 「ヴァイセンベルク辺境伯領で無法を働いたのみならず、ご令嬢二人と聖女さまに手を出すとは……」


 「冒険者ギルドの質が疑われますな」


 「ああ。個人のやらかしならば首を切って誠意を見せれば、ギルド運営者は首の皮一枚はかろうじて繋がるだろうが」


 誠意ってお金になるのだろうか。今回の被害額って相当のものにならないかな。フェンリルの件は学院のお貴族さま一年生全員の命を危機に晒したようなものだし。

 警備にあたっていた軍や騎士の人に死者は出なかったものの、怪我人が出ていた。学院も予定していた授業内容の変更を余儀なくされている。あと元王族も居たし将来の重役候補もいたものねえ。


 辺境伯領は国防を担う土地柄だから領軍は精鋭揃いだというのに、瘴気を出す竜の死骸の影響で狂化した魔物に手を焼き国へ助力を願ったのだから、私たちの知らない所で被害を被っているだろう。

 

 「しかし、竜を倒したのは一体どういうことでしょうな。討伐依頼は発布されていないと聞きましたぞ」


 竜を倒した実力は認めなきゃならないけれど、無用に手をだすのはご法度みたいだから、冒険者ならばそのルールは把握していそうなものだけれど。


 「腕試しに倒したということならば実力者だが……あの国の存在を忘れている時点で無知を晒している。――平民出身者か?」


 「時折、平民の間では異能者が現れますからなあ。その手の類の者かも知れませんなあ」


 「――我が国への宣戦布告か?」


 「そうだとすれば冒険者の背後関係が気になりますな。陛下はどうお考えになられるか」


 口々に今回の出来事を話し込んでいるお偉いさん方。どうにも冒険者が竜に手を出したことに納得していない様子。あと、亜人連合国家を上に見ている気がするし、銀髪オッドアイくんの背後関係も疑われるのか。

 Aランク冒険者の仕業として捉えられていないということか。それだと随分と話が大きくなってしまう。アルバトロス王国は周辺国とは友好路線。まあ相手国がそう考えてくれるかは、わからないけれど。大事になりそうだなあと遠い目になる。 


 ――国王陛下、ご入来!


 声が届くと同時にみんな一斉に口を閉じて静まり返る謁見場。そして一斉に平場に居る全員が平伏。

 

 一段上がった玉座の数メートル横にある専用の出入り口から陛下がやって来た。音のない謁見場に陛下が身に着けているマントが床を引きずる音が耳に届く。

 そうして王妃殿下、少し遅れて第一王子殿下と婚約者で王国に留学中の王女さまがやって来た。陛下が玉座へ座る音が聞こえて、王妃殿下や第一王子殿下に王女さまの足音が止まる。


 「皆の者、表を上げよ。招集させた理由はもう広まっておるようだな。宰相、皆へ説明せよ。事実を曲解せぬように、きちんとな」


 「承りました、陛下。――その前に、ヴァイセンベルク辺境伯卿とセレスティア嬢」


 宰相さまが辺境伯さまとセレスティアさまの名を高らかに呼ぶと、謁見場入り口の扉が開いて、二人分のシルエットが確認できた。

 呼ばれた通り辺境伯さまとセレスティアさまご本人である。どうやら辺境伯さまが抱えている魔術師の手によって転移してきたのだろう。謁見室のど真ん中、絨毯が敷かれ玉座へと真っ直ぐ伸びている道を、確りとした足取りで正装を纏っているお二人が陛下の下へと歩いて行き、玉座の前で膝を突き頭を下げた。

 

 「陛下、此度の件ご助力感謝いたします」


 「礼は後で良い、今は竜の一件についての方だ」


 は、と短く言葉を吐いて辺境伯さまとセレスティアさまがこちらへとやって来た。目が合ったので黙礼をすると、お二人も返しながら列へと加わった。


 「では、経緯をわたくしから皆さまに説明をさせて頂きます。質問は説明が終わり次第に受け付けますので」


 説明が終わるまでは突っ込むのはナシ、宰相さまの話をきちんと聞けということか。そうして宰相さまの説明が始まると、周囲の皆さまの顔色がどんどん悪くなっている。陛下はため息を吐いているし、王妃殿下は扇を広げて口元を隠し目を細め、第一王子殿下と王女さまも険しい顔。

 うーん、ぶっちゃけてしまえば銀髪オッドアイくんに特別な感情なんて持ってないし、仮にあの行動を擁護すれば自分の立場が危なくなるし、リンやソフィーアさまとセレスティアさまへ暴言を吐いたことは言語道断。


 「我が国としては、まず亜人連合と素早く連絡を取り事態の経緯を説明、冒険者ギルドに頭を下げて頂くほかないかと……犯罪者は周辺国へも通達し指名手配、賞金首にしてでも捕縛すべきと判断いたします」


 ――皆さまはどう判断されますか?


 宰相さまの問い掛けにざわついていた謁見場が静まり返る。言葉を発して問いかけた彼が周りを見渡すと、一人の初老の男性が手を上げその彼を指名する。


 「経緯は把握いたしました。冒険者ギルドにはAランク冒険者とやらの身柄引き渡しも求めるべきかと。しかし、亜人連合との連絡は一体どうやって……?」


 そういうと宰相さまの横に控えている書記官さまが、紙に文字を書き込んでいく。


 「それは私が答えよう。――我が国への宣戦布告とも考えられる行動だが周辺国が喧嘩を売るとは考え辛い。兎にも角にも亜人連合との連絡を最優先だ。彼の国との隣接国は少しなりとも交流がある。そこを頼る」


 「しかしそれでは陛下が頭を下げる羽目になりましょうぞ」


 「致し方ない。それで彼の国の怒りの矛先が我が国に向かぬのなら安いものだ」


 やっぱり亜人国家を格上に置いている。大陸の北西なので、大陸の南に位置するアルバトロス王国とは距離が随分とあるので、地政学上は全く恐れる必要はないのだけれど。事情がよく分からないなあと、首を捻ると陛下と目が合った。


 ――とても嫌な予感。


 なんで大勢臣下の居る謁見場でピンポイントで私と目が合うのだろう。やはり嫌な予感しかしないと背に汗が伝うと、陛下が立ち上がる。


 「――聖女ナイ」


 この国の最高位に呼ばれたら、迅速に前へと出るのが臣民としての礼儀である。


 「はい」


 「こちらへ来なさい」


 平民服姿は詫びを入れれば怒られないだろうから、行くかと足を一歩踏み出し玉座の前へ。直ぐに平伏して、絨毯が敷かれた床を見る。


 「陛下の御前にこのような姿で出なければならない不躾をお許し下さい」


 「かまわぬ。――例のモノを出しなさい」


 「?」


 陛下の言葉にいまいちピンとこない私。きょとんとした顔をした所為か宰相さまが『空気読めよ』と呆れた顔をしてる。

 出すものなんてなにもない。私がジャンプしてもお金なんて落ちてこないし、むしろお金ならば陛下の方がたくさん所持してる。あと差し出せるものって魔力くらいなのだけれど、他に……あ、もしかして。


 腰に下げていた巾着袋を取り出して口をおもむろに開いて、卵を取り出す。そうするとお盆のようなものを持った騎士が、ここに置けと言わんばかりに私に向けたので、卵を置こうとした瞬間。


 「――痛っ!」


 痛みにはある程度なれているであろう近衛騎士さまが声を上げた。


 「な、なんだ?」


 「一体どうしたのだ!」


 「まさか、聖女さまが……?」


 こんな衆目の最中に魔術なんて使ってもなんの得にもならないから。私しか触れない可能性があるのって報告されていなかったのか。


――聖女が王家に牙を剥いた!


 周りの人はもしかしてコレが何か理解していないだろうし、こんなことを頭の中で考えてる……?

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