第136話:王城へ。

 流石に王城の中へと直接転移するのは不味かったようだ。それでも突然現れた魔術師団副団長さまと私たちの姿を見て慌てて槍を構えながら警備兵がこちらへと詰め寄って来る。


 「城の前に突然転移してくるとは良い度胸……これは失礼いたしましたヴァレンシュタイン副団長!」


 副団長さまの顔を確認できた途端、びしっと敬礼をした警備兵の人。顔売れてるんだね副団長さまと、悠長なことを考える。私にできることは少ないので、彼に任せっきりだ。ジークとリンも見届けるしかないので、私の後ろで控えている。


 「いえ、構いません。それよりも陛下とお話をしたい危急の案件があります。事態は深刻ですので、急いで伝えていただいてもよろしいでしょうか?」


 「え、ああ……我々では判断いたしかねますので上の者に判断を――」


 「――では直接、上の方の下へ行きますね。責任は全て僕が背負いますのでご安心を。後追いでも構いませんので上の方にはキチンと報告して下さいね」


 「な、え?」


 そうしてまた転移をする副団長さま。これ頻繁に行っても良いものなのだろうか。魔力の残りが心配になるけれど、顔色はひとつも変わっていないようだし大丈夫だろう。

 

 「失礼しますね」


 ノックして直ぐに扉を開けて、ずかずかと入って行く副団長さまの後ろをしずしずと歩く私とジークにリン。


 「返事もなしに勝手に入るなといつも言っておるだろう――これは失礼いたしましたヴァレンシュタイン卿」


 副団長さまの姿を認めると、この部屋の主は執務机から立ち上がった。


 「いえ、不躾で申し訳ないのですが陛下との謁見を可及的速やかにお願いしたく」


 「それは、私の判断では致しかねますね」


 どうやらこの部屋の主人ではその権限はないようで。とりあえず宰相さまに連絡を入れようと彼が言うや否や、副団長さまがまた転移をしたのだった。また、後追いで良いから連絡をしておけと言い残して。


 先程転移した時の扉よりも豪華な扉の前に立つ。廊下に置いてある調度品もさらに高そうなものに変化していて、王城の限られた人間しか立ち入れない場所だと肌で感じられた。そうして扉の前で警備にあたっている近衛兵さまに声を掛けた副団長さま。ジークとリンに私の姿に訝し気な顔を浮かべているけれど、副団長さまの言葉に耳を傾けている。


 「なっ、事実ならば大変な事でございましょう! ――少々お待ちを」


 そう言って部屋へと入って行く近衛兵――近衛の構成は殆どがお貴族さま――さまは、しばらくすると部屋から出てくる。

 急いでいるというのにいろいろと手順を踏まなきゃならないのが、煩わしくもある。ただそれをすっ飛ばすと、副団長さまや今まで関わった人にまで類が及ぶ。ふうと分からないように小さく息を吐く私と同時に大きめの声を上げた近衛兵さま。


 「可及的速やかに関係各所へ連絡を入れるとのことでございます。副団長さまと聖女さまは謁見場控室へと参るようにと仰せつかりました。――誰か!」


 近衛兵さまがさらに声を張ると、騒ぎを聞きつけたのか同僚の近衛兵さまたちが数名急ぎ足でこちらへと来た。


 「ヴァレンシュタインさまと聖女さまを謁見場控室まで送れ。――外務卿や内務卿にも声を掛けて謁見場へ直ぐに参るようにと伝えろ」


 「参りましょう」

 

 「ええ、よろしくお願いいたしますね。――行きましょうか、聖女さま」


 うーん、この姿で国王陛下と謁見するのか……まあ私よりジークとリンの方が気まずいかもなあ。男爵位の籍へ入ってはいるけれど、護衛騎士ってだけだし。ここまできたらなるようになるしかないと腹を括る。宰相さまの執務室から長い廊下をしばらく歩くと、謁見場の手前にある控室へと入室を促される。


 「では、こちらでしばらくお待ちください。宰相閣下の話では、直ぐに陛下に話を付けるとのことでしたので」

 

 「ええ、勿論です。無理を承知でお願いしているのは理解しておりますので」


 「しかし、本当にそんな暴挙……――いえ、申し訳ございません。失言でしたお忘れください」


 「僕もその気持ちは分かるので、聞かなかったことにしておきますね」


 「はっ!」

 

 警備に戻りますと言い残して近衛兵さまは控室から出ていく。おそらく扉の前で立ち番をするのだろう。

 元第二王子殿下の件で一度訪れたことがある謁見場に、また赴くことになるとは全く考えていなかった。副団長さまが『とりあえず座りましょう』と告げて適当な椅子に腰かけた。私も彼に倣って適当な椅子へと座る。


 「……」


 時間は少しだけあるようなので、竜の卵を取り出す。時間が無くて、卵が大きくなってからまじまじと観察するのは、これが初めてだけれど本当にデカくなっている。

 鶏の卵サイズになった綺麗な石――もとい竜の卵を手のひらの上に乗せて、握ったり揺らしたり。なんだか床に投げつけて割りたい衝動に駆られるけれど、その後に起こることが怖すぎて暴挙に出られない。


 「…………」


 浄化の儀式で竜に感謝されたのは嬉しかったけれど、どうして問題を残して逝ったのか。いや、見つけなければ問題が起きなかったのだし、私の所為になるのか……。だって見つけてなければ今頃は軍か騎士団の管理下に置かれていただろうし。あれ、でもジークやリンが卵に触れるのは叶わなかったので、結局は私が持つことになるの……。


 「ナイ、顔、顔」


 座った椅子の横に控えていたリンが声を掛けた。どうやら考えていたことが顔に出て、変顔になっていたようだ。

 

 「むう」 


 「随分と大きくなりましたねえ。順調なようでなによりです」


 「孵ると困る気がしますが……」


 「おや、何故です?」


 「育てなきゃなりませんし餌代や飼育場所の確保、得体の知れない病気持ちの可能性だってありますから。売れるなら問題ないですが、出来ないでしょうし」


 少々気が引けるけれど、誰か高値を付けて引き取ってくれる好事家でも居れば売りたい気分ではある。まあ、竜は希少種で亜人の国の人たちが大事にしているならば、返還というか棲息地で生きる方が絶対に良いだろうし。


 「そのようなことを気にしていらっしゃったのですねえ」


 「亜人の国へ送ることが出来れば一番良いのですが。竜が希少だというならば、保護活動をしているでしょうし飼育方法も確立されているはずです」


 「ふむ」


 私の言葉に頷いて考える素振りを見せる副団長さま。帰って来て~と願うけれど、長考モードの様子。こりゃ声を掛けても気付いて貰えなさそうと、早々に諦めて大人しく時間を潰すことに徹する私だった。

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