第135話:急げ急げ。

 自称Aランク冒険者を逃してしまった為に、魔術師団副団長さまの転移魔術で辺境伯領領都の領主邸にまで送ってもらえるらしい。

 教会の統括に話を通して移動の許可を貰った。流石に彼も事態が不味い方向へと動いているのは理解しているようで、規律に厳しい人だというのに『早く支度を』と言うのだから、よっぽどである。

 徒歩で帰らなきゃならない人には申し訳ないが、事態は緊急を要するみたいだ。アリアさまがこちらを心配そうな顔で見ているので、彼女にひとつ頷くと『えへへ』とだらしのない顔で笑う。聖女さまだよなあ彼女と苦笑いをして前を見る。そこには副団長さまの背中。


 「……そういえば同じ銀髪」


 赤髪繋がりでジークとリンの落胤問題が発覚したのだし、もしやと感じぼそりと口に出た。


 「僕はあんな短絡的で阿呆な行動に出る息子を育てた覚えもありませんねえ。そも、あのような問題児を野放しにはしません、危険すぎます」

 

 くるりと振り返り私と視線を合わせ、完全否定された。というか髪色が同じと言っただけなのに、私の心の中を読まないで欲しい。


 「それに僕のような銀髪なんてこの大陸にはどこにでも居ますよ。目の色が互い違いな人は珍しいですけれど」


 髪を一房摘み、銀色の髪を一撫でした副団長さま。地味な黒髪なので陽に透ける銀髪が羨ましい限りだ。


 「無駄話はそこまでにしましょう。――先生、お願いします」


 「ええ。お師匠さま申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします」

 

 「いえいえ。辺境伯邸で説明を終えれば、王都にも直ぐ参り陛下へ直接報告を。ソフィーアさんは公爵閣下への連絡をお願いいたしますね」


 「もちろんです」


 何だか陛下に直接会うフラグが立ったような気がしなくもないけれど、今は辺境伯邸へと行くのが先決か。同行者にはジークとリンも付いているし、問題はない。私たちの荷物は荷駄部隊に預けて、時間をかけて王都にまで戻る。


 軍と騎士団と辺境伯領軍の次席指揮官も同行するようで、本当に話が大事になってきた。


 「――"風よ""大きなうねりと成り大地を駆けろ"」


 副団長さまの詠唱が聞こえて、足元に展開した魔術陣が私たちを包み込む。ひゅっとお腹の中のモノが宙に浮く感覚を感じて目を閉じる。ソレが無くなったと同時に目を開けると、辺境伯領領都である辺境伯邸の玄関前へと辿り着いていた。


 「ひいっ!」


 掃除を行っていたであろう侍女数名が、いきなり現れた私たち一行に驚き、年配の女性が一人腰を抜かした。


 「ごめんなさいね、時間がありませんの。――父の所へ参ります。皆さま行きましょう」


 セレスティアさまが侍女たちに声を掛けると、緊急性を感じ取ったのか雰囲気が一変する。


 「お嬢さま、お館さまは執務室でございます」


 「ありがとう」


 侍女の人の手によって玄関の大きな扉が開かれて中へと入る。泥まみれの靴で磨かれた大理石の床を踏みしめるには勇気がいるけれど、他の人たちは気にした様子もなくどんどんと中へと入って進んでいく。 ジークとリンと私の恰好が冒険者の軽装備姿と平民服なので、浮いているけれど誰も咎める人が居ない。

 

 そうして執務室の前へと着いたらしくセレスティアさまが一旦止まり、強めのノックを二度鳴らす。


 「お父さま、セレスティアでございます。――火急の件がございますので、失礼いたしますわ!」


 部屋の中へ届くようにとかなり声を張っているセレスティアさま。これ声に魔力を纏わせていないかなと思えるくらいに、耳がキーンとした。

 

 「っ、セレスティア。声を張るのは良いが、魔力を無駄に使うなといつも言っているだろうに……――どうした?」


 ぞろぞろと彼女の後に続く人たちを見て、ただ事ではないと判断した辺境伯さまは椅子から立ち上がる。


 「話せ」


 火急の件と伝えているから、お貴族さま流の挨拶やらは全部すっ飛ばして事態の経緯を説明を促されると、セレスティアさまが丁寧に話す。


 「――馬鹿を通り越して……いや、いい。不味いな、陛下にも連絡を直ぐにせねばならん」


 「そちらはソフィーアさまとお師匠さま――ヴァレンシュタイン魔術師団副団長さまが担って下さいます」


 「そうか。申し訳ありません、私も方々に手を回しておきますので、ソフィーア嬢、ヴァレンシュタイン卿、陛下への進言よろしく頼む」


 「はい」


 「ええ、もちろんですとも」 

 

 辺境伯さまがひとつ頷くと二人もこくりと頷き、私に膝を突いた辺境伯さま。え、え、とこの状況に困惑して目を丸くしていると、セレスティアさままで膝を突く。いやお貴族さまが簡単に膝を突いちゃ駄目だってば。なんでこんなことになるんだろう。

 

 「聖女さま、此度の竜の浄化、辺境伯領を治める長として真に感謝いたします。事態は急を要します故、正式な謝礼は後日改めて」


 「お気になさらず。それよりも、こちらのモノの所持は誰になりましょう?」

 

 辺境伯さまとセレスティアさまが立ち上がると同時に、ナイフをぶら下げている腰ベルトの巾着袋から竜の卵を取り出す。


 「これは……?」


 「副団長さまのお話によると、竜の卵だそうです。私が浄化儀式の後に発見しました」


 指先ほどの大きさから、鶏の卵くらいの大きさに変化していた透明な石。


 で、出来ることなら教会か辺境伯さまか国に預けたい。絶対に面倒ごとにしかならないし、孵ったら餌代とか小屋とか病気とかいろいろと気を配らなきゃならないんだよ。教会の統括に預けようとしたら、彼では判断できないと言われてしまったのだ。こうなれば手当たり次第に聞いていくしかない。

 

 「では、聖女が所有されるべきでは? もしくは教会か王国になりましょう。――申し訳ありません、私はこれで……」


 なんで預かってくれないのと心の中でがっかりすると、領軍と家令を集めよと招集を掛ける辺境伯さまを横目に、ソフィーアさまと副団長さまが頷く。

 

 「行きましょうか」


 「はい、先生。ナイ、行くぞ」


 「はい。――あの、流石にこの格好で王城へと参るのは……」


 聖女と護衛騎士だというのに平民服と軽装備の冒険者だもの。ソフィーアさまは公爵家のご令嬢らしく、かなり質の良いものを着ているし、副団長さまは魔術師団の仕事着だから問題はない。


 「気になさらずとも。僕が居ますし、ソフィーアさんも後ほど公爵閣下と登城するのでしょう?」


 「はい。なるべく早くにそうした方が良いかと」

 

 「行きましょう、聖女さま。ここで無駄口を叩いても何も進みません。では閣下、このまま失礼致しますね」


 「ああ、頼みますぞ。ヴァレンシュタイン卿」


 辺境伯さまの言葉にこくりと副団長さまが頷き、足元に魔術陣が展開して光に包まれ、閉じていた目を開けば公爵邸の玄関前。静かな玄関前には人影はなく、突然の登場に今度は驚いて腰を抜かす人は居なかった。


 「では、祖父か父に連絡をして参りますので」


 「ええ、僕たちは先に城へと行きますね」


 勢いよくソフィーアさまが公爵邸の玄関扉を開けて『誰か居るか!』と声を張って少し『お、お嬢さま!』という声が聞こえたと同時にまた光に包まれ、王城の入り口へ転移した。

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