第134話:急げ。

 とんずらした自称Aランク冒険者チーム三人が消えた場所を茫然と眺める。


 「消えた……」


 「逃してしまいましたねえ。――転移の魔術でしょう。エルフ族は魔術に長けていますから、使えてもなんら不思議はありませんよ」


 羨ましいですね、エルフの秘術……気になりますとまたしても魔術に対する探究心が働いている副団長さま。というかあの耳長女性はエルフなのか。なんだか薄い格好で、肌の露出が多くてエロかったけど。てか迫害されて大陸の北西部に逃げたんじゃなかったっけ。というか亜人にカテゴライズされていない? 背景がよく分からないなあ。  


 「ふざけんなよ、あの男……!」


 お怒りはもっともだけれどヒロインちゃんに懸想していたマルクスさまが言える台詞ではないようなと一瞬浮かび、その考えを打ち消す。魔眼の所為もあったのだから、あまり責めるわけにもいかないか。それにセレスティアさまを庇って負傷しているのだし。


 「口だけはご立派な方でしたわね。――ソフィーアさん何故、名乗らなかったのですか? 名乗っておけば公爵家への無礼も追加できたものを」


 「ああ。愉快な奴だったな。――あまりにも小物でな。名乗る価値もないだろうと判断した」


 「小物だというのに逃がしたのは手痛い失敗でしたわ」


 「仕方ないだろう。あの三人の身分が分かっていないし、下手に手を出して外交問題になるよりは良いだろう。それに調べは直ぐつく」

 

 そして、特に騎士の人たち、特に辺境伯家に忠誠を誓っている人の怒りが顕著だった。


 「お嬢さまに無礼な口を。――しかも公爵閣下の孫娘もいらっしゃるんだぞ」


 「ああ。しかし、冒険者ギルドはどうしてあんな無法者を放置している?」


 「さあな。余程上手く隠し通していたか、ただの馬鹿だろう。あれでは真っ当に冒険者をしている者が泥を被るだけだ」


 「だな。……これから忙しくなるな。まあ俺たちの出番があるかどうかは分からんが」


 で、軍に所属し公爵家に近しい人たちは……。


 「……」


 「…………」


 何も言わないまま、静かに異様なオーラを背から発している。周囲で口々に文句を垂れている騎士の人たちより、軍の人たちの方が怖いってどういうことだろう。公爵さまの人望が凄いのは理解しているけれど、まさかここまでなのかと驚きを隠せない。


 「――お師匠さま。お願いがございます」


 「はい、どうしました?」


 副団長さまの下へと歩いてきたセレスティアさまとマルクスさま。二人へと向き直って相対する副団長さまは、いつものようににこにこと笑みを浮かべているのだけれど、ちょっと雰囲気が違う。


 「わたくしと主だった方々を辺境伯領領都の邸まで転移の魔術で送っていただけませんこと?」


一応、ドラゴンの死骸を見つけた際に辺境伯さまには伝書鳩を飛ばしているそうだ。ただ、徒歩の帰還となると一日以上はどうしても掛かってしまう。


 「もちろん、構いませんよ」


 「ありがとうございます。報酬は――」


 「――必要はありませんよ。僕の弟子を……女性をあのように扱う輩を放置する訳には。迅速な行動を取りましょう」


 魔術にしか興味がないのだと思っていたのに、意外な反応である。紳士なのだなあと、彼の顔を見上げていると視線を向けられる。


 「ナイ、貴女も一緒ですわよ」


 「ええ。そうですね、その方が良いかと」


 「?」


 何故、私が彼らと一緒に辺境伯領領都に転移しなければならないのだろうか。そして、疑問符を浮かべている私に呆れたのか、堂々と隠しもせずため息を吐いたセレスティアさま。


 「聖女を襲おうとした事実があるだろう。教会や国としても放っておけん案件だし、フェンリルを無駄に焚き付けて被害を出している。辺境伯領だけの話ではないし、本人からの証言も必要だ」


 分かるなという顔でソフィーアさまに諭されたので、そう言われると一緒に付いて行かざるを得ない。でも、ちゃんと名乗った覚えは……ああ、役職だけは伝えていた。どうにも嫌な感じがしたので、名前は故意に伝えなかったけれども。


 「ええ。ですのでソフィーアさん、貴女もですわ」


 「ああ、分かっている。連れていかれないなら、無理にでも付いて行く所だったよ。急いで祖父から国へと報告を上げてもらおう」


 騎士団と軍、辺境伯領軍の指揮官さまたちと打ち合わせをしているセレスティアさま。

 おそらく直ぐに移動になるのだろうなあと、遠い目になる。暫く周りが騒がしいのは確定しそうだ。 


 「ナイ」


 「どうしたのジーク……って、なんでそんなに怒ってるの?」


 うわ、滅茶苦茶ジークが怒ってる。というか静かに怒っているのが怖いのだけれども。そりゃ大事な妹に手を出そうとしたのだし、当然だろう。兄であり父親代わりでもあるのだから、あんな奴に暴言を吐かれたらたまったものじゃない。私も感情任せに魔力を暴走させる所だったし。


 「聖女に手を出そうとする奴があるか。俺とリンから教会と公爵さまとラウ男爵にも伝える。頼れる人間を全て頼るぞ、今回は」


 え、そっち。そっちの怒りなの。妹の心配しようよジーク、かなりの侮辱だよあの台詞。詳しく言っちゃうと不愉快になりそうだから言わないけれど、男としてダメダメな台詞を一杯抜かしてたんだよ。そっちを怒ろうよ。


 「ナイは自分の事になると抜けてるから、仕方ないよ兄さん」


 リンさんや、どうしてさっき言われた暴言を華麗にスルーしているのかしら。私的に一番許せないのは、女性三人を娼婦扱いどころか性奴隷扱いしたあの青年の不躾さなのだけれど。


 「お前は聖女として、そして随分と国や教会から重宝されていることをいい加減に自覚しろ!」


 「あんまり認めたくない……」


 我儘だってことは理解しているし、まあ一応自分の立場は分かっているつもりなのだけれど、ジークとリン、そして仲間内くらいの時は愚痴くらい許してほしい。


 「……ナイ」


 「ナイの行動はみんなに褒められるべきだよ」


 だから自信を持ってと言いたげなリンに苦笑いを返して、前を向く。まあ仕方ない。生活の場を整えてもらっているのだし、お給料分はきっちりと働くべきかと頭を切り替える。

 

 「ありがと、リン。――そろそろ出発かな」


 こんな私だけれど、二人には末永く世話になるはずだから見捨てられないように格好よく居なきゃねえ。

 

 「みたいだな」


 「うん」


 「行こうか、ジーク、リン」


 「ああ」


 「うんっ」 


 そうして一歩踏み出したのだった。

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