第133話:暴言。

 セレスティアさまに就いていた護衛の騎士は、銀髪オッドアイの青年に注視していた為に動けなかった。


 「セレスティア、避けろっ!!!」


 彼女の傍へと移動していたマルクスさまが叫び声を上げながら、腕を伸ばして勢い任せに押し倒した。


 「え……きゃ!」


 騎士ではなく魔術師としての資質が高い彼女は、耳の長い女性の内の一人が放った弓矢に反応することができず、それに気付いたマルクスさまがセレスティアさまを押し出して、左上腕に矢を受けた。地面へと倒れる羽目になったセレスティアさまは茫然としつつ、マルクスさまと青年の姿を目にとらえている。


 「っう! ――男の癖に女子供に手ぇ出してんじゃあねえよっ!」


 「チっ」


 剣は抜かず素手での勝負を挑むマルクスさまを青年は軽くあしらうと、随分と後ろへと下がり私たちと距離を取る。


 「悪い。セレスティア、平気か?」


 女性を助けたとはいえ、その方法は乱暴だった為かマルクスさまがセレスティアさまに謝りつつ手を伸ばす。

 その手に自身の手を重ね立ち上がる彼女の姿は、まさに騎士とお嬢さま。セレスティアさまの動きは洗練されているし、マルクスさまもお貴族さま。絵に描いたような光景だけれど、彼の腕には矢が刺さったままである。


 「ええ、マルクスさまのお蔭で大丈夫ですが……腕が……」


 「気にするなと言いたいが、痛いな」


 そりゃそうだ、怪我をしたのだから。前に立つリンの服の袖を掴んで、あっちに行きたいと主張すると、困ったような顔をしてこちらを見てため息を吐いた。


 「マルクスさま、治します」

 

 「ん、ああ。スマン、頼む」


 刺さったままの矢をどうしようかと悩んでいると、セレスティアさまが無言で矢を握って、一切躊躇なく抜いた。


 「いってえっ!!」


 「男の子でございましょう、我慢して下さいませ」


 マルクスさまの腕を治す為の魔術を発動させる。毒を仕込まれていたら困るので、念の為に解毒の魔術も一緒にだ。


 「あーあーあー! 熱い所を見せつけるのは止めてくんねーかなぁ! 愛だか友情だか知らねーが、他人の俺からすれば乳繰り合う姿なんざ鬱陶しいだけなんだよ!」


 一連のやり取りを見逃してくれていたのならば、青年はお人好しなのかも。狡猾なら、その隙に大剣を奪おうとしたり、追い打ちを掛けたりできるもの。


 ただ名乗り出たセレスティアさまを、青年の連れの女性に狙わせたことは短絡的過ぎる。


 辺境伯領の名前を知らないのかもしれないが、この国での家名持ちはお貴族さまかお金持ちくらいなのだから。冒険者という職業に就く人がどういう教育を受けているのかしらないけれど、王国に住んでいるのならば家名持ちに喧嘩を吹っ掛ける意味を理解しているはずだ。


 ――首、飛ぶんじゃないかなあ。


 青年の身分次第だけれども。

 

 「話に割り込んで済まない。トーマ……と言ったな。そしてAランクチームだとも」


 セレスティアさまに代わり、ソフィーアさまが護衛の騎士に守られながら前に出た。周りも騒ぎを聞きつけて、随分と人が集まってきていた。


 「ああ、そうだ。それが一体どうしたよ、ん? アンタも俺のチームに入るか? 見たところ魔力は十分高いようだし戦力になるのは確実。そこの巻髪の女もだ」

 

 にやりと下種な笑みを浮かべて、右腕で銀糸の髪を掻き上げて口をもう一度開く。


 「顔も身体もいいときた。――俺が夜通し抱き潰して快楽漬けにしてやるよ」


 アウト、その発言アウト! 突っ込むのが面倒だし下世話になるからいろいろとアウトぉ……。というか、周りの男性陣の気配が一変した。守るべき主人を中傷しているし、名誉も落としている発言だ。静かにキレているのが逆に怖いくらいである。

 

 けれど青年は綺麗な女性を目の前にしている所為か、高揚しているようで口が止まりそうもない。王国の特に貴族の方たち見目は優れているので、美男美女率はかなり高い。そして高位のお貴族さまとなるとさらに洗練されるのだ。

公爵家と辺境伯家出身のお二人だ。それはもう極上の美人だから、男として興奮するのは構わないが、口に出しては駄目だろう。

 

 青年も銀髪オッドアイで容姿もいいのだから、黙っていればイケメンだというのに、口が災いして残念になっていた。


 「そこの餓鬼の前にいる赤髪の女もだ。実力は備わっているとみた。俺と来いよ」


 赤髪の女はこの場にリンしか居ない。


 ――は? アンタみたいな男に彼女を幸せにできる訳がないだろう。


 自分の口元が歪に伸びてしまっているのが分かるし、浄化の儀式で随分と減ってしまったなけなしの魔力が体の中で暴れているのも。これ以上魔力を消費してしまうのは不味いと理解はしている。けれど感情がそれを上回り、目の前の男を黙らせろと頭の中で警鐘を鳴らす。


 パキリ、と副団長さまから頂いた指輪の魔術具に皹が入ると同時、私の一番近くに居るリンが異変に気付いてこちらを向く。


 「行かないよ。――行くわけなんてないよ、傍に居るから」


 優しく微笑み、ゆっくりとした口調で諭すように言葉を紡ぐリン。


 「――っは」


 息が止まっていたのか、呼吸を再開させたことに気付く私。クソ、情けない。取り乱すべきじゃないはずの場面で、簡単に頭に血が上ってしまった。


 「大丈夫?」


 「ごめん……ちょっと落ち着いた。ありがと」

 

 それでも尚、目の前の男が言い放った言葉を許せそうにないが。落ち着きを取り戻したのを確認すると、リンはまた男の方へと視線を向ける。

 

 巾着袋に入れている竜の卵が重くなり、ナイフを下げている皮ベルトからするりと落ちた。何故、重くなったのだろう、けれど今は目の前の青年の動向の方が大事。腰を屈めて視線は外さないまま、地面に落ちた袋を取って今度はしっかりと結び付けた。


 「レディに対して言っていいことではありませんよ、坊や。一度に複数の女性に声を掛けるなど失礼極まりない行為でしょうし、貴方の後ろに居るお二人にも失礼でしょう」


 ずっと黙っていた副団長さまがソフィーアさまの横に立って、青年の無作法を注意した。


 「なっ、坊っ――」


 「――まあ僕もモテた試しはありませんしアドバイスなど出来る立場ではありませんが、余りにも酷いのでつい口を出してしまいました」


 言葉を続けようとした青年に言葉を被せ、続きを言えないように副団長さまは口を挟む。


 「さて、時間は有限です。戯れもこれまででしょう」


 ぶわり、と副団長さまの魔力が溢れるのを肌で感じる。


 「トーマさまっ! その男の魔力は尋常ではありませんっ!!」


 「逃げましょう、トーマさま! 大剣と魔石の回収はまた後に!」


 凄く慌てた様子で耳の長い女性二人が青年に声を掛けて撤退を促すと、舌打ちをしながら青年は『まだ諦めた訳じゃあねーからな!』と声を上げた。そうして一段高くなっている女性が居る場所へと戻って、ふっと姿を消したのだった。

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