第132話:持ち主現る。

 ――餓鬼、餓鬼って言われた!


 確かに同年代の女の人と比べるとちっこいし、童顔だけれども!


 銀髪オッドアイに黒づくめ衣装の青年をよくよく見てみると、年の頃は二十代前半といったところ。なんだろう……中学二年生の心をまだ忘れていないようだから、彼の口から『餓鬼』と言われたくないなあという気持ちが溢れ出てくる。

 ジークとリンが素早く私の前に出てると、それを見ていた青年が鼻で笑った。周囲の騎士たちも最大限の警戒をしており、空気がガラッと変わったのが肌でわかる。


 「見たところ騎士団と軍の連中みてえだが、なんで餓鬼がこんなところに居やがるんだ?」


 「この国で聖女を務めさせていただいている者でございます。貴方は……?」


 一体誰だろうかと訝しみつつ、青年の疑問に少しだけ答えた後、疑問で返す。とりあえず情報が少しでも引き出せれば有難いのだけれど。

 騒ぎを聞きつけたのか、ソフィーアさまとセレスティアさまに副団長さま、そしてマルクスさまたち騎士数名がこちらへとやって来る。ただ随分と離れた場所で立ち止まっていた。


 「こんな餓鬼が聖女!? まあいい。俺は冒険者だよ。Aランクチーム『黒剣』のパーティーリーダーだ! 知らねーのかよっ!?」


 大げさに頭を後ろでで掻いて、驚いた顔を見せる青年。冒険者がいることは知っている。実力者は国を超えてやって来ることが出来るとも。随分と自信があるようだからAランクが最高位なのだろうか。たった三人で竜の相手をしたのならば凄いし、倒せたのは奇跡と言ってもいいのだろう。


 「浅学で申し訳ありません。何分、国から出たことのない身故、世界をまたに掛ける冒険者さまの知識は疎く……」


 「はっ! 確かにこの国は障壁の所為で魔物の脅威が少ないからなあ……仕方ねえと言いたいところだが……」


 「トーマさまを知らないだなんて……」


 「あり得ません!」


 彼と半歩下がって立っていた女性二人が信じられないというような顔をして、言葉を口にしていた。

 

 「でだ、何故俺の剣を触ろうとしていた? そろそろ腐って抜けているだろうと様子を見にくりゃあ、この騒ぎだ」


 「申し訳ございません、興味本位でつい」


 持ち上げられるのか試したかっただけだし、触れても問題ないのは魔術で調べがついていたから。


 「ふーん。まあ餓鬼だししゃーねえのか。とりあえずそいつを返してもらう、ぜっ!」


 一段高くなっている場所から、足で踏み切って一足飛びする彼に驚く。そうして大剣の下へ行くのかと思いきや、私を目指して一直線。

 

 「っ!」


 不味い。休憩を取ったとはいえ昨日の浄化儀式で随分と魔力を消耗してしまっている。ほぼ空の状態で、いつものように魔力量に任せた、強引な魔術の展開が出来なくなっていた。

 こんな時に無詠唱なんて使ってしまえば、ただの無駄撃ち。こうなれば目の前に迫る彼の一撃をノーガードで受け止めるしかないのだろう。


 「お?」


 「……」


 ジークが青年が打ち放った右拳をしっかりと受け止めていた。遠目でみると分かり辛かった目の色がはっきりと見える。赤と金色というかなり派手な瞳の色だった。リンが無言で私の目の前に立ち、後ろへと数歩下がり青年と距離を取った。


 「へ~え、それなりに強いのな。いいぜ、俺と命のやり取りをしようじゃねーか!」


 ざり、と地面を踏みしめる音がしてこの場に誰かがやって来たことを告げる。その音に気付いた青年が静止して、顔の向きを変える。


 「お待ちくださいませ。――ご高名な冒険者の方のようですが、この場でドラゴンを倒したのは貴方さまでお間違えはございませんこと?」


 ジークとの命のやり取りは一旦お預けのようで、声を掛けたセレスティアさまをまじまじと見ている。ソフィーアさまもこちらへとやって来ているし、随分と人が集まってきていた。


 「美人なねーちゃんだな。髪はいただけねーが……ああ、そうだよ、犬っころを仕留め損ねたから、丁度良い腕試しを見つけて俺が倒した」


 髪の部分でぴくりとセレスティアさまの片眉が上がるけれど、堪えたようだ。


 「それはそれは。――わたくし、セレスティア・ヴァイセンベルクと申します。以後、お見知りおきを」


 綺麗なカーテシーをして、頭を下げるセレスティアさま。


 「はっ、貴族か! で、俺に何が言いたい?」


 名乗り返した方が良いような気がするけれど、彼にその気はないようで面倒くさそうな様子をありありと見せながら話を続けるようだった。


 「確認したいことがございまして……死骸の処理や報告もせずに貴方は立ち去ったと理解してよろしくて?」


 「ああ。俺の剣がドラゴンから抜けなくなって仕方なく戻ったし、腕試しなんだからギルドに報告の義務なんざねえだろう」


 「なるほど、そうでしたか。――犬、というのはもしかするとフェンリルではありませんか?」


 「そうだよ、それがどうした」

 

 「いえ、少し前に手負いのフェンリルが王都付近で暴れまして。魔術師団副団長さまが、手負いでなければ倒すことは危うかったとおっしゃっておりましたわ」


 ものすごく誤った情報を渡しているような。というか、合同遠征で倒したフェンリルが暴れたのは目の前の彼が原因……なのだろうか。

  

 「へえ、そりゃ良かったよ。あんたらでも倒すことが出来たようで」


 「ええ、本当に」


 いつの間にかソフィーアさまが私の横にまでやって来ており耳打ちをされた。どうやらまだ情報を得たいようで、セレスティアさまに任せるそうだ。

 辺境伯領で被害を被っているのだから、目の前の青年の行いを問い詰めるつもりなのだろうか。捕らえて、事情聴取をした方が早そうだけれども。


 「王都近郊の森で軍や騎士団が受けた被害、そして今回の件で辺境伯領や周辺領へ及ぼした被害。――一体どれほどになるのでしょうか?」


 「どういう意味だよ。遠回しに言われるのは嫌いなんだ、はっきり言えっ!」


 「では、遠慮なく。今回受けた被害の賠償を貴方さまへと請求いたしますわ」


 彼女の傍にマルクスさまと騎士の人たちが、青年に気付かれないように移動してきた。最初から彼女の護衛に就いていた騎士とやってきた彼らは目の前の青年から視線を外さない。


 「はあっ? 意味が分からねえ、なんでそうなるんだよっ!!」


 「やるべきことを怠り、そして被害が発生した。――道理ではございませんか」


 セレスティアさまの様子は伺えないが、これ相当怒っているのでは。自領地に被害が出ているし、周辺の領地にも被害をもたらしている。寄り子の学院生たちも困っていたようで、どうにかしたかったのだろう。


 「いやいやいや、意味が分かんねーし! そもそもフェンリルやドラゴンなんて害獣だろうっ! それを処分して何が悪いんだ!」


 慌てた様子でどんどん語気が荒くなっていく青年に対して、冷めた目で見ているセレスティアさま。確かにファンタジー作品に出てくるドラゴンなどは悪く書かかれていることもあるけれど。


 「確かに。ですが冒険者ギルドを確認した所、フェンリルやドラゴンの討伐依頼は一つも発生しておりませんわ」


 「それがどうしたってんだ!」


 「魔獣の類に分類されるフェンリルと希少なドラゴンを勝手に倒してもらっては困りましょう。我々人間に益をもたらす可能性もあるのですから」


 個体によっては人間に協力的だったりするそうだ。なかなかレアなケースらしいけれど。彼らから齎される益は大きい。周囲の安全だったり、長く生きるが故の知恵だったりと様々。だから、共存しているのだとセレスティアさま。それなら、なんで亜人は迫害したのだろうという疑問は残るけれど。


 「いちいちうるせえ女だなあ…………」


 青年が片腕を上げた、その瞬間。


 「セレスティア、避けろっ!!!」


 一体何が起こったのか、理解がまだ追いつかない私だった。

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