第131話:持ち主は誰。
ちょっと堅い寝床では眠りが浅かったようだ。寝たのは寝たのだが、あまりマトモな睡眠とはいい辛いもので。
「う……眠い」
眠いけれど起きなければと、愚痴を零しながら無理矢理に体を起こす。もぞもぞとしていると、簡易的に目隠しされていた布が払われリンが顔を覗かせた。
「起きたんだね、ナイ。――まだ寝てても大丈夫だよ」
「おはよう、リン。体がバキバキだから起きる。リンはちゃんと仮眠取った?」
「うん。兄さんと交代して取ったよ」
「そっか」
彼女の言葉に短く答えて寝床から出ていくと、お天道さまは頭の真上。半日はこの場で休憩と聞いているので、もうすぐ出発するのだろう。その為なのか、忙しなく騎士や軍の人たちがいろんなものの片付けをしているのだから。
「ナイ起きたのか」
「うん、おはよう。ジークは少しでも寝た?」
「ああ。随分とマシになったよ」
「ん。じゃあそろそろ領都に帰る準備しなくちゃね」
といっても荷物はそんなに無いし、直ぐに終わってしまうけれど。今回の遠征の目的である魔物が狂暴化している理由の調査は、竜の死骸が原因と判明した。原因が取り除かれたならば、他の地域で魔物の出現が多くなっているのも、そのうちに収まるだろう。
「ナイ、それは?」
腰に小さな巾着袋を提げていたのが見えたのかジークが首を傾げてる。その中身は例のアレ。
「これ? 副団長さま曰く竜の卵だって」
巾着袋から石を取り出してジークに見せる。
「は?」
「浄化が終わったら落ちてたのが見えて拾ったんだけれど……本当に竜の卵なのかなあ?」
ころころと私の手のひらの上で転がる石ころ。本当にこれが竜の卵だなんて、信じられないのだけれど。
「さあな。ただの綺麗な石ころにしか見えんが……――っ!」
指先で触れようとしたジークが反射的に手を引っ込めた。
「って、大丈夫?」
「ああ、大したことはない。少し驚いただけだ」
「兄さんも触れないんだ」
「じゃあ、リンも触れなかったのか」
双子の兄妹が顔を合わせて妙な顔をし、こちらへと視線を向ける。
「面倒ごとにならんといいが……」
「……あはは」
しかめっ面のジークに乾いた声を出すリン。確かに私も嫌な予感しかしないから、現実から目をそらして何も言わなかったのに、二人は遠慮なく突き付けてくれた。いいけれど。
「売ったらお金になるかなって考えていたけれど、教会に提出だねえ」
まあ最初から報告書と共に提出するつもりだったけれど、冗談でも言わなきゃやってられない。
本当に売ったら天文学的な金額になりそうなので怖い気もする。宝くじが当たった長者が、身を破滅させたなんて話を前世では耳にしたことがある。身の丈以上の大金は持て余すだけだから、普通の生活が送れるのならばそれでいい。
「だな」
「そういえば、所有権って誰が持つの?」
辺境伯領内で起きたことだから辺境伯さまに権利があるような気がすれば、浄化を行った私にあるような気もしなくもない。もっと大きく言えば、王国内で起こり軍や騎士も派遣されたのだから国が所持すると言われても、納得は出来るけれど。
なんにせよ相談案件であるのは確実だ。
「誰になるんだろうね。私じゃないのは確実かなあ」
竜は希少種だと言っていたし、王国が管理するのが一番のような。仮に卵が孵って世話をするようになれば、食べる餌の用意や飼育小屋。糞尿の処分とかも大変そう。
ご近所さまに迷惑を掛けないように注意を払って、散歩とかもどうするのだろう……あ、勝手に空を飛んでくれるか。
そんなことを考えつつ、浄化を終えた場所へと向かうと見張り兼警備を行っている騎士や軍の人たちが十名近くおり、なにやら調べている様子で。半日この場所に留まったのは現場検証の為かと、一人で納得しつつ騎士さまの下へと歩く。
「聖女さまっ! お疲れさまです!」
ざ、と開いていた足を閉じ私に敬礼をしてくれた騎士の方に聖女としての礼を執る。
「申し訳ありません。少し気になることがあったので、こちらへと参ったのですがお邪魔でしょうか?」
勝手に彼らの仕事の場に入っても不味いので、一声かけてからの方が良いだろう。
「いえっ! 我々の調べは殆ど終えております。残すところはあの大剣のみなのですが……」
含みを持たせるように騎士の人は後ろを向いて大剣が落ちている場所へと視線を向けた後、私の方へと向き直る。
「何かあったのですか?」
「触れても良いものなのか判断が付かず困っておりまして。おそらく竜を殺した原因です。呪いの類が残っていると困りますので」
「そういうことでしたか。――私が魔術で調べても問題はないでしょうか?」
「はいっ! 勿論でございます!」
寧ろ助かりますと言いたげな騎士の人に苦笑をして、まだ周りにいる人たちへ私が立ち入ることを知らせてもらう。何故か十名近くの人たちが一斉に敬礼をして迎え入れられた。恥ずかしいけれど、前へと歩き大剣が落ちている場所へと着いたのだった。
ゆっくりと視線を下ろして、大剣を見つめる。
随分と無骨な剣だった。装飾もなにも施されていない、ただ獲物を屠る為だけに鍛え上げられたような鉄の塊。何百、何千とただひたすらに斬ってきたのだろうと思わせるような力強さ。
「この大剣は誰のものだろうな。竜に致命傷を与えたのだろうが、何故持ち帰らなかった……?」
「ね。自分の得物を大事にしないなんて」
ジークとリンの会話を背にして聞きながら、大きな剣の傍へとしゃがみ込み感知系の魔術を発動させる。騎士の人が言ったように瘴気や呪いが残っていないか心配だったけれど、感知系の魔術に反応はみられないので一安心。
「本当、よくこんなに大きいもの扱えるよねえ」
剣士か騎士か、はたまた冒険者なのかは分からないけれど、私の身の丈程ある長さの大剣をよく振り回せるものだと、剣の柄に手を伸ばす。
「俺のモノに勝手に触ろうとするんじゃねーよ、餓鬼」
私たちが居る場所よりも一段高い場所に、知らない全身黒づくめで銀髪オッドアイの青年と凄く耳の長さが特徴的な美しい女性が二人、立っていたのだった。
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