第130話:孵るのか。
副団長さまの言葉を聞いて唖然とする。指先サイズの石ころが竜の卵だなんてあり得ない。人気の狩猟ゲームでは大きな卵を抱えてよたよたと歩いているというのに。
「いえ、ただの石ころ……」
こんな指先サイズの石ころが竜の卵なわけないのである。
「いいえ。ただの石ころなんてものではありませんよ。竜の卵です」
「先生、本当なのですか?」
「ええ。もし本当だとすれば、これは大変なことでありましょう!」
え、一体どういうことだろう。ソフィーアさまとセレスティアさまの様子が若干変わったのだけれども。話が面倒な方向になっているような気がするのは、気のせいかな。話の続きを聞きたくないなあ……嗚呼、とても眠い。
「聖女さまは、今の状況を理解していないようですよ、お二人共」
うわ、美人な二人がジト目で私を見下ろしている。なんでコイツこんな基礎的なことも知らないの、と言いたげな感じだ。竜に関わることなんてなかったし、ゲームやファンタジーの世界でしかありえないと思っていたのだけれど。
亜人の連合国家が大陸の北西にあるとは聞いているけれど、王国で亜人なんて見たことないし、国交も殆どないと聞いている。学院の教科書も深く触れずにいたし、そう重要ではないのだろうと考えていたのだけれど。
「教会から聞いていないのか?」
「何を、でしょうか」
「亜人国の成り立ちだ」
ソフィーアさまが私に問いかける。
「はい、聞いたことはありません。そもそも竜の卵とどうして話が繋がるのかが……」
「……まあ、そうなりますわねえ」
言葉を発した後に大きなため息を吐くセレスティアさま。
「ああ、確か亜人国家については学院の二年生になってからでしたか。これは失礼を」
いまだにニコニコとした様子で副団長さまがそんなことを言い放ったのだった。
では簡単にと副団長さまが咳払いして説明をするのかと思えば、面倒なのか教え子であるお二人に丸投げをした。良いのかな、と二人を見ると特段気にした様子もない。良いのかあ、と妙な師弟関係に首を捻りつつ、耳を傾けた。
「亜人はな、人間から迫害を受け逃れる為に大陸の北西へと逃げたんだ」
「あの辺りは山脈地帯で肥沃な土地もないですから、人が住むには不適切でしたからね」
もともと大陸の北西部に住み着いていた竜の亜人が逃げ込んできた亜人を保護したそうだ。そこから長い年月を経て亜人の連合国家になったそうな。各種族の長が四年ごとの持ち回りで、トップを担うらしい。王政よりも民主的と感じてしまうのは、前世の記憶の所為だろうか。
で、現在の任期を務めているのは竜の亜人さまらしい。
「そして竜はかなり数の少ない種だ。そして竜の亜人の祖先。それはそれは大切に保護している」
「で、今回の竜の死骸です。何故このようなことになったのか事態を説明せよ、と王国に抗議が入るでしょうね」
なんだかすごーく面倒なことになっているような。
「竜が暴れて止む無く討伐することになった、では通りませんか?」
「もちろん、狂暴化し人的被害を被っている竜には遠慮はいらんと公言されているがな」
「そのような竜は滅多におりませんし、仮に狂暴化していたならば被害報告があるはず……ですが、それがなかったのです」
なるほど狂暴化して暴れているならば各領地の主に報告が上がる。けれど竜による被害報告はなし。んーそもそも竜という存在がどのようなものか、きちんと認識できていないから話が拗れそう。
「では、誰かが意図的に殺めてしまった、と?」
「その可能性が高いな。どうしてそうなったのかは知らんし、あまりにも無茶をし過ぎているな」
「竜を倒せる実力者、ですか……」
なんだかどんよりした空気になっているけれど。国を背負わなきゃならない人たちは、亜人連合からの抗議の内容が気になるようだ。
「そう深く考えずともよいかと。聖女さまが拾った卵は、死にたくないと願う竜が次代を生み出したものでしょうし」
「あ」
「何か覚えがあるのでしょう?」
儀式の最中に頭の中に流れてきた『ワタシヲオネガイ』という感情。そういうことか。ただ、竜を卵から孵すなんて無理難題のような。
このまま孵化しない可能性だってあるし、それがバレたら亜人連合の人たちは激おこぷんぷん丸になるのでは……?
「儀式の最中に竜の感情が流れてきた……気がします。しかし、本当に孵るのでしょうか?」
ほう、と細い目を更に細める副団長さま。それは僥倖ですと頷き『大事に持っていて下さいね、聖女さま』と言い残してこの場を去っていく。
「本当に自由だな、先生は」
「お師匠さまですもの、仕方ありませんわ。なにか目的があるのかもしれませんし」
国と国の政は私が関わることはないし、副団長さまやソフィーアさまにセレスティアさまに任せておけばいいだろう。
竜の卵をどうするつもりなのかは分からないけれど、おそらく国か教会が没収するだろうし。面倒なことはお偉いさんたちに任せておけばいいと、欠伸が出るのを隠す為に手で口元を覆う。
「引き留めてすまなかったな」
「ええ。あまり長い時間は取れませんが、おやすみなさいませ、ナイ」
そう言われ椅子から立ち上がって頭を下げ用意されていた寝床へと就くと、眠気に抗えず直ぐに夢の中へと旅立つのだった。
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