第129話:石。

 予定よりも儀式は一日早く終わった為、その場に半日ほど留まることになり休憩を代わる代わる取っていた。着替えを終えてみんなの下へと行くと、その中には周りより少し背の高い赤髪の少年を見つけ、声を掛ける。


 「ジーク、お疲れさま」


 私の声に振り替えるジークもリンと同じく少し疲れた様子で、寝ていないことと遠征の疲れが出たのだろう、隈が出来ていた。


 「疲れたのはお前の方だろうに……」


 「大丈夫だよ。魔力を魔術陣に注いでただけで、あとは大したことしていないから。時間感覚もなくなってたし、体感時間はみんなより短いよ」


 「はあ……まあ、いい。飯を食って仮眠を取れ。半日なんて直ぐに終わるからな」


 正直、お腹は空いているし凄く眠いから助かるけれど。自分だけ良い思いをするのは気が引けるので、遠征部隊の人たちやジークたちにも食事と仮眠を取って欲しいところ。


 「ん。ジークもちゃんとご飯と睡眠取ってね。まだ王都に帰らなきゃいけないんだし」


 場所が場所なのできちんとしたものは出ないだろうし、睡眠も良質なものは取れないだろう。

 でも、疲れたまま今すぐ辺境伯領都へ戻るよりも、こうして休憩時間を得られたのは大きい。


 「分かっているさ。無事に終わったんだ、ナイは少しくらい気を抜いても構わないから、さっさと休んで来い。リン、ナイのこと頼む」


 目を離すと寝ないからな、と小さく声に出されて何故かジト目を向けられる。


 「はーい」


 私の横に居たリンが返事をして、食事を受け取るためにジークとは別れた。そうして彼女に案内されて、別の場所へ。


 「あ、お姉さ……ナイ! 簡単なものですが、ご飯です! 給仕の方たちが作ったものではないので、あまり味は期待できませんが、どうぞ!」


 にっこりと元気そうに笑って、アリアさまが木の器を私に渡してくれた。中身は粥だけれど、携帯食料が数日続いていたので、作り立ての温かいものが食べられるのは有難い。


 「ありがとうございます。もしかしてアリアさまが作られたのですか?」


 「恥ずかしいですが、そうなります。ウチは貴族家といっても困窮していたので、身の回りのことは自分で出来るようにと母に仕込まれていたので……」


 恥ずかしいことではないだろうに。まあお貴族さまにはお貴族さまの矜持やルールがあるので彼女とは根本的な価値観の違いがあるのかも知れないけれど。

 領民と共に田畑を耕していたと聞く。本来ならばおめかしをしてお茶会に出て、社交界デビューする為に準備をしている筈だ。彼女には苦い思い出のようなので、あまり突っ込むのも無遠慮か。


 「そうでしたか。――ご飯、ありがとうございます。頂きますね」


 「はいっ! ナイ、ちゃんと休んでくださいね」


 何故アリアさまにまで、ジークと同じようなことを言われてしまうのか。納得いかないけれど、後ろに並んでいる人も居るのでさっさと立ち去るべきだろう。


 「では」


 その場を後にし、どこで食べるべきかと周りをきょろきょろと見渡す。切り株でもあればいいけれど、ここは森の中。地面に座り込むしかないかと諦めた時だった。


 「こっちだ、ナイ」


 「ええ、こちらへいらっしゃいな」


 ソフィーアさまとセレスティアさまに声を掛けらる。今日は良く名前を呼ばれる気がするのはいいけれど、副団長さままでいるので何か用事でもあるのだろうか。そうして手招きされてると携帯用の小さな椅子が用意されていた。どうやらそこへ座れということらしい。

 公爵令嬢さまと辺境伯令嬢さまの間に挟まれて座らなきゃならないのかと一瞬考えるけれど、やんわりと断っても遠慮するなと言われるのがオチ。副団長さまには聞きたいことがあるし、丁度良いかと粥の入った器を持ったまま、彼女たちの下へと歩いて行くのだった。


 「失礼します」


 「そう堅苦しくする必要はないさ」


 「ええ、そう堅くならずもよろしくてよ」


 そう言われてもなかなか難しいのがお貴族さまと平民との差だろうに。多分理解してて言っているのだろうから、今の時間だけは構わないと伝えたいのだろう。


 「簡単なものだが寝床は用意した。食べ終えた後はそこを使え」


 「本来ならばきちんとした場所で寝るべきですが……我慢して下さいませ」


 多分、荷駄部隊の人たちも居たのでそこに荷物を預けていたのだろう。公爵家や辺境伯家出身のお嬢さま方が、地面に雑魚寝は流石に許されないようだ。


 「ありがとうございます。寝床があるだけで充分です」 


 「そう言ってくれると助かるよ」


 「ええ。――さあ、わたくしたちは食事を終えていますから、気にせずお食べなさいな」


 見られながら食べるのは苦手だけれど仕方ない。彼女たちに悪気はないのだろうし。手を合わせて心の中で『いただきます』と唱えて、粥をスプーンで掬い取り口へと運ぶ。

 以前私が作った麦粥よりも美味しいので、作ってくれた彼女の腕前が良いのだろう。空腹だったので、口から胃にご飯が通って行く感じが凄く身に染みる。そうして何度か口に運んで人心地がついた頃。


 「この度は我がヴァイセンベルク辺境伯領の為、尽力なさって下さり感謝致しますわ」

 

 「いえ。聖女としての仕事を果たしたまで、お気になさらないで下さい」


 「それでは我が家の面子がたちませんわ、ナイ。後日父からも挨拶がありましょう。その時に教会とは別に報酬のお話を」


 あれ、そんな話を聖女個人で受けても良いものだっけか。


 「分かりました。私では判断ができませんので、教会の統括者に話を通しておきます」


 受けて良いものなのか悪いものなのか判断が付かないので、教会に丸投げである。私がこの言葉をセレスティアさまに伝えた直後、微妙な顔をしたのは何故なのか。

 ソフィーアさまも呆れた顔をしているし、副団長さまはいつものようににこにこと笑みを浮かべているだけ。何だこの状況と首を傾げつつも、聞きたいことがあったのを思い出した。


 「副団長さま」


 「はい、どうされましたか?」


 「これを見て頂いても」

 

 落とさないようにと小さな巾着袋へ竜の死骸の跡から見つけた、透明で形の歪な石を彼へと見せる。


 「おや、これは……僕は初めて見ましたが、おそらく竜の卵ですよ」


 「え」


 「は」


 「あら」


 副団長さまの言葉の直後に私、ソフィーアさまにセレスティアさまとそれぞれ短く口にする。リンは私の後ろに立って騎士として警護してくれているので、口にはださなかった。

 

 ――卵って……ただの透明な石だよ?


 あり得ないHAHAHA! と心の中で笑いながら、私の手の中できらりと光る石を見るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る