第128話:儀式終了。

 陽が沈んでも、浄化の儀式は続いている。


 竜種ということもあって時間が掛かるのは仕方ないけれど、いい加減に飽きてきたというのが本音。

 これを放っておくと魔物が影響を受け狂化し、辺境伯領や周辺領の被害は収まらない。知っているのに、やるべきことをやらず誰かが怪我をしたり死んだりすれば寝覚めが悪い。


 そんな思いをするならば、自分が裸になることくらいは目を瞑るべきだ。


 私が一番守りたいものは孤児仲間である五人。ただ彼ら彼女らはもう一人立ちしているし、生活基盤も確立しているから心配は必要ない。両の腕を広げて守れるくらいの力しかないけれど、救えるものがあるのならば救いたいと願うのは傲慢なのだろうか。


 見捨てたものもあるけれど。


 考えても仕方ないし、集中、集中と念じているとふいに何かが頭に舞い込んでくる。 

 

 ――イタイ。


 なんだろう、これ。人間の言葉ではないのに理解が出来てしまう。


 ――ダレカ、ワタシヲオネガイ。


 どういう意味だろうか。痛いという感情と死にたくないという感情が荒波のように私を襲う。流れてくる感情に染められ、同情してしまうのは何故だろう。

 

 『――"吹け、一陣の風"』


 痛いのならば癒せばいい。


 『――"突風の馬車で君を迎えよう"』


 生きていれば死から逃れることはできない。だから優しく厳かな死を、安らぎを。


 ――アリガトウ。


 そんな声が聞こえた気がした。


 「ナイっ!!」


 随分と懐かしいような声が耳に届くと同時に何かに包まれる。あー……凄く眠いな。


 「ナイ! 大丈夫っ!?」


 声、大きいよリン。抱き上げられたので顔の近くで声がするのは仕方ないけれど、興奮しているのか気付いていない。

 布に包まれたのかと思えば、騎士の人からかっぱらったマントのようだ。生地はしっかりしているから、妙な布より全然マシだった。


 「リン。……うん、どうにか大丈夫……歩けるから降ろして」


 声にして、ようやく周りの状況を頭が把握し始めた。どうやら夜は明けたようで朝靄が辺りを包んでいる。

 これなら男の人に見られる心配が少ないな、と安堵。近くには女性騎士やソフィーアさまとセレスティアさま、アリアさまと侯爵家の聖女さまが心配そうにこちらを見ている。ただ、この場へとやってくる様子はないので止められているのだろう。


 「駄目」


 「……すげないなあ」 


 まあ、私が魔力を使い過ぎるといつもこうして彼女が抱えてくれるから、通常運転ではあるけれど。諦めて少しでも楽になるようにとリンの首に片腕を掛ける。


 「あ、リン」


 「うん?」


 「戻るの、ちょっとだけ待って」


 地面を見ると黒い塊は消えていた。少しシミのように残っているけれど、これで大丈夫なのだろうか。

 何しろ初めての試みだから、失敗したのか成功したのか分からない。ただ地面のある一点、ドラゴンの心臓があったであろう位置に何かが残ってた。


 「これは……」


 私を抱えたまましゃがみ込んでリンが触れようとする。


 「痛っ!」


 ぱちっと静電気のような音が鳴ると、手を引っ込めるリン。驚いたようで私を抱き上げている腕が少し緩んだ。


 「リン! 大丈夫?」


 「うん、大した痛みじゃないから平気」


 緩んだ腕から抜け出して、リンと向き直る。


 「――"陽の唄を聞け"」


 「大丈夫なのに」


 「念の為だよ。――あ、触れた」


 簡単な魔術を掛けて、しゃがみ込み手を伸ばすと触れることが出来た。指先程の小さく透明な石、だろうか。宝石類は詳しくないのでわからないけれど、透き通った変則的な形の石。マントの端と端を握る左手に、石を陽にかざす右手。

 

 「んあー……なんだろう、これ」


 顔を上げて空を見上げると、自然に口が開いてしまうのは何故だろう。


 そしてもう一つ。私の身の丈程ある大剣が地面に落ちている。もしかしてドラゴンが息絶えた理由は、この剣の持ち主が致命傷を与えたのだろうか。


 「何でもいいよ。とにかくみんなの所に行こう、ナイ」


 そう言ってリンが私を抱えてみんなの下へと歩いて行く。とりあえず着替えを持っている女性陣の所へと行くようで、男性たちは随分と遠くに下げられている。


 「リン、ジークは?」


 「兄さんは、ずっと警備に当たってた」


 仮眠もとらずに警護に当たっていたのか。これ、殆どの人が寝ていないようだなあと、遠い目になる。


 「そっか。後でお礼言わなきゃね」


 「気にしなくていいと思うけれど……」


 「そういう訳にもいかないよ。リンもありがとう。寝ていないでしょう?」


 空いている手でリンの目元を撫でる。この遠征の疲れもある上に徹夜で見張り番をしたのだから、隈が出来るのは必然。


 「ん……徹夜くらい平気だよ。疲れているのはナイの方だ」


 「魔術陣に魔力を注ぎ込んでいたから時間感覚なくなってて、良く分からないんだよね」


 目下の問題は、異様に眠いのとお腹が空いたくらいで、あとはなんともないし。こりゃみんなに頭を下げないと、あとで文句を言われそう。


 「指揮官の人が、予定より早く儀式が終われば半日くらいはここで待機するって。――ご飯食べて少し寝ようね」


 「みんなもね」


 全員一緒という訳にはいかないが、ある程度交代で休憩は取るだろう。兎にも角にも……。


 ――終わったなあ。


 というのが正直な気持ちだった。 

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