第124話:重い空気。

 襲ってきた魔物の検分をするからと、休憩を兼ねて進軍は止まっていた。指揮官の人たちがいろいろと議論を交わしているようだけれど、結論はいつになるのやら。


 「魔物ではなく魔獣でも出てくれれば僕の出番があるのですが」


 「不謹慎ですよ、先生」


 「ですわね、お師匠さま」


 「手厳しいですねえ、お二人は。――しかし、一体何が起こっているというのか……」


 二人の言葉を気にした素振りを見せず、副団長さまは魔物の死骸を魔術具に収めていた。


 「ですね。見た感じは呪いにでも掛かっているようですが」


 副団長さまの言葉に同意しつつ、疑問を口にする私。


 「呪いであれば呪術師ですが、一人で行える規模を超えています。呪術師が複数人集まったとしても無理がありますし、彼らは陰気ですので徒党を組むとは考え辛い」


 本当に魔術師と呪術師って相容れないのか、副団長さまの言い方がかなりキツくなってる。呪いの類は卑怯者や臆病者がとる行動と言われている。

 魔術師は魔術で正々堂々と勝負することが根付いているので、陰でコソコソするやり方が気に入らない模様。


 ――ならば一体……?


 その手の知識が薄い私が考えても答えは出る訳もなく。


 「まあ、聖女さま方が示したあの場所へ辿り着けば答えはでるのではないでしょうか」


 「むう」


 またその話題か。聖女がダウジングで示した場所へ人員を派遣するのは良いけれど、外れた時は本当にどうするつもりなのだろうか。


 「まだ気にしていらっしゃるのですか。聖女さまに責任はないと言ったでしょうに」


 オカルト的なものを信じ込んでいるのが、個人的に信じられないだけだ。確証もないのに、ダウジングが反応を示した場所へと部隊を派遣するって随分と賭けに出てる。まあ、私だけが反応を示した訳ではないらしいので、まだ気が紛れるけれど。


 「何かあるのは確実でしょう。こうして魔物が異常な状態に陥っているのです」


 全ての事象には因果がある、なんて言われることがあるものねえ。面倒ごとにさえ発展しなきゃいいかと副団長さまから視線を逸らすと『そんな訳はない』『何かはあると思う』とジークとリンから視線が飛んでくる。

 

 「出発するみたいだぞ」


 「参りましょうか」


 与太話を切り上げ、進軍開始。目的地までは、あと一日掛かる距離。何度か魔物と遭遇し小競り合いをしながら、確実に距離を縮めていく。


 「なんだろう、嫌な感じが強くなってる」


 空気が重いというか、なんというか。とりあえず妙な感じ。魔物と遭遇するとその感覚が強くなり倒し終えると霧散するのだけれど、目的地に近づくと空気の重さが増してきている。


 「そうか?」


 「私には分からないけれど……」


 ジークとリンはあまり感じることはないようで、不思議そうな顔をしている。


 「確かになにか空気が違いますね。聖女さまが仰る嫌な感じというのは分かりませんが」


 「どう表現すればいいか分からないが、空気の色が変わったな」


 「ええ。――それに森の雰囲気も異様な感じがしますわね」


 妙な感覚を抱えながら陽が沈み夜が来る。安全な場所などないと仮眠を順番に取りつつ夜が明けるのを待ち、ようやく陽が昇る。食事も携帯食料で済ませて、行軍がまた始まって暫く。


 「さすがに俺達でも分かるな……これは……」


 「ちょっと気持ち悪い、ね……」  


 口元を押さえ顔色が優れないジークとリン。魔術師組は昨日から感じていた違和感なので、慣れていた為か騎士や軍の人たちよりもマシという状況。直接感じ取れるレベルとなってしまったので、体調不良者が続出しているようだ。


 「部隊を密集させられますか?」


 固まって行動するのは危険だけれど、バラけているよりは手間がないだろうと指揮官さまに声を掛ける。


 「しかし……いえ、了解いたしました。直ぐに行動に移りましょう。――おい!」


 蹲り立ち止まったりしている人が続出しているので、これ以上進んで魔物と対峙しても被害が大きくなるだけと判断したのだろう。何をするのか伝えていないのに、行動に移してくれた指揮官さんに感謝を告げる。


 伝達を終えて暫くするとようやく部隊の人たちがこちらへと集まってきた。体調不良を起こしている人が多いので、普段よりも時間はかかったけれど仕方ない。 


 「――"母の腕の中で眠れ"」


 魔術の詠唱って適当なもので、同じ詠唱でも効果が違うこともある。ようするに術者の気分次第で百八十度効果が違う時もあるのだ。

 詠唱で効果がバレるのを防ぐ目的もあるのだろう。魔物相手ならば人間の言葉を理解していないので気にする必要はないが、人間同士だとバレると対処されるから。


 今回はこの嫌な感じを吹き飛ばすか、軽くする方法。防御系の魔術の応用で出来る、結界が一番簡単そうなので、人を集めてもらった訳で。

 

 「あ……」


 「少しはマシになった? ごめん、もっと早くやってれば良かったんだけれど」


 昨日今日で慣れていたので、周囲に目を配っていなかった。


 「ううん、ありがとう。――スッキリしてきた。でも、ここから動けなくなる?」


 「結界維持しながら私も動けば一緒に動くって代物だから、大丈夫」


 本当に便利だよねえ、魔術って。


 どうにか周りの騎士や軍、そして領軍の人たちもマシになってきたのか、立ち上がったり体を動かせるか確認している人が増えてきた。

 ここまで来れば、引き下がるという選択肢は取らないだろうと森の奥深く……ダウジングで反応があった場所を見つめるのだった。


 ――目的地まであと少し。

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