第123話:道中。

 一夜明け、また陽が昇る。


 王都からここまで移動してきたツケがここにきて出てきたようで、周囲の人たちの士気が下がってた。

 妙な魔物も出現しているし不安なのだろう。通常運転なのはその妙な魔物の死体を嬉々として回収していた魔術師団副団長さまや指揮官として己を律しなければならない人たち。ソフィーアさまとセレスティアさまもさほど変わった様子は見せていないけれど、大丈夫なのだろうか。


 「あと二日は踏ん張らなきゃいけないかあ」


 「どうだろうな。空振りに終わる可能性だってあるんだ、あまり気を張りすぎるのは良くないかもしれんぞ」


 「いつも通りにしていれば大丈夫だよ、兄さん。だってナイがいるんだもの、ね?」


 遠征に対する慣れもあるのか、私たちは相も変わらず三人で行動をしていた。相変わらずリンの持ち上げ方が凄いのだけれど、その無条件の信頼はいつ稼いだものなのか。

 

 「リンは私を信用し過ぎ」


 「そんなことないよ。ナイが居ればどんなことでも乗り越えていける」


 「無理なことは無理だからね」


 私は万能ではないし、超えられないものは世の中にいくらでもあるというのに。無理だと言い切ったので、それが不服なのかむーっと口を尖らせているリンに苦笑をして口を開く。


 「まあ、いいか。とりあえず、今日も一日頑張りましょう!」


 「ああ」


 「うん」


 ここ最近お決まりになってきたなあ、と感じながら三人の拳面を合わせるのだった。魔物の襲撃も考えられたので、野営は地面に雑魚寝という簡素な方法の為に片付けはすんなりと終了。火の後始末だけは入念にチェックされ、出発となる。


 昨日まで前・中・後の隊列が再編後は前と後の二グループになっていた。離脱組は辺境伯領領都へと帰還することになっている。


 「……前なのね、私」


 昨日までは最前列に配置されないなら、楽が出来ると考えていたというのに。侯爵家の聖女さまがやっちゃった所為で前に押し出されてしまった。

 かといって経験不足なアリアさまには荷が重いだろうし、当然の判断だろう。で、件の聖女さまはしおらしくなっているそうで、アリアさまと一緒に行軍を続けるそうだ。一緒に組まされた彼女は微妙な顔をしていたけれど。


 いつものように私の両隣にはジークとリン。その後ろににっこにこの副団長さまとソフィーアさまとセレスティアさま。少し離れた所には騎士として揉まれて来いと言われ、今回の遠征に参加しているマルクスさまの姿も見えたのだった。


 「当然だろう」


 「ね」


 また道なき道を進み始めるのだけれど、本当に大変なのは一番前を行く人たちだ。魔物や蛇等が居ないか確かめながら、草をかき分け道を作りつつ前へと進んでいるのだから。彼らが均した道を歩いているので体力の消耗は最小限だ。一定の時間が経つと交代しているようだけれど、大変だろうなあ。騎士の人たちは鎧を着込んでいるから、重いだろうし。


 あれ、なんだろうこの空気が重くなった感覚。気の所為か?


 「出たぞっ!」


 声が上がる。どうやら気の所為ではなかったらしい。


 「数は少ないが狂暴化している可能性があるっ! 十分に気を付けて対処しろ、一人になるなよっ!!」  


 先頭集団の騎士が声を上げ魔物が出現したことを告げる。数は十匹程度のゴブリンの集団だから、この人数で相手をすれば確実に勝利を収めることが出来る。

 ただいつもと違うのは魔物には黒い痣が全身にあり、かなりの興奮状態なので気持ち悪さに拍車が掛かってた。

 

 「抜刀っ!」


 昨日の経験から退治することは可能と判断し、二人一組で魔物一匹を倒すという臨時ルールが設けられていた。魔物が出現したのならば私も出て行かない訳にはいかず、最前列で相対している彼らの後ろに立つ。


 「――"折れず""鈍らず"」


 軍の人や騎士が佩いている剣へ強化魔術を掛ける。これで魔物を倒しきれないなら、剣の切れ味を良くする魔術か身体強化魔術を施す腹積もりだ。

 バフ系の魔術は便利だけれど使い手がいつも配備されている訳ではないので、常時バフが掛かった状態に慣れない方が良い。デバフ系も同じだ。便利なものに慣れると、人間はすぐそれに頼りたくなる。


 「感謝いたします、聖女殿っ!」


 「どうか、お気をつけて」


 私の言葉に『はい!』と威勢よく返事をくれた指揮官さま。社交辞令やリップサービスとかその場のノリなので、そう喜ばれると気が引ける。

 

 「聖女殿に無様な姿を晒すなよ、我々の力を証明しろっ!」


 彼の言葉に『応っ!』と力強く返事をする部下の人たちに、呆れた視線を向ける。


 「……無理はしないで欲しいんだけれど」


 「ナイ、自分の知名度を考えろ」


 私の横に立って抜刀したジークが声を零す。私の知名度なんて王都だけだろう。辺境伯領まで轟いていることはあるまいて。


 「いや、普通に強化の魔術施しただけだよ……しかも基礎みたいなヤツで、強化系の魔術は他にも種類あるのに」


 「前任がアレだったから余計だろう。しかもお前は二つ名持ちだ」


 侯爵家の聖女さまは話を聞く限り、戦闘に貢献したという話は一切聞かなかったけれど、あれは彼女の勇み足だ。

 しかも普通の魔物ではなく、妙に強化されてた魔物で現場が混乱したようだし、本来の力が発揮できなかった可能性だってある。命が掛かっている現場だから、経験不足を理由に許されることはないだろうが、挽回する機会くらいはあってもいい筈。


 「二つ名は、私の名前が知られていないのと聖女さまは他にも居るから便宜上付けられただけだし」


 あと黒髪の聖女って珍しいから、安易に付けられただけだろう。


 「はあ……」


 盛大にため息を吐いたジークは、この会話を切り上げて前を向く。


 「ナイ、ナイの力は凄いんだから自信を持とう!」


 「そうかなあ?」


 会話を諦めたジークに代わってリンが話を続ける。やるべきことをやっているだけ、なのだけれど。そもそもお給金が発生しているから、頂いたお金の分は働かなきゃ給料泥棒である。


 「うん!」

 

 嬉しそうに頷いたリンの後ろで尻尾がぶんぶんに振られている幻影が見える。緊張感、全くないね……この現場。後ろには副団長さまが居るから、安定の安心感。

 だからこそ彼の傍には公爵令嬢さまと辺境伯令嬢さまが預けられているのだろう。本当なら彼女らは最後方に配置されるべき存在だ。


 で、緊張が全く感じられないまま、魔物との遭遇は全員怪我もなく無事に戦闘を終えたのだった。

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