第122話:進退。

 ――完全に陽が沈んだ、夜。

 

 ダウジングで大きく反応した地点に辿り着くまでにはあと二日ほど掛かる。そのため野営は森の中。

 警備面も考えて聖女さまは野営地の最奥となっている。後ろは断崖絶壁で、敵襲の心配もいらないということだろう。この周辺には空を飛ぶ魔物は生息確認されていないので、安全という訳である。


 「……何か御用で?」


 まあ聖女さまが集められれば、侯爵家の聖女さまとも一緒になるわけで。ぶすくれた顔でアリアさまと私を見て、口を開いた彼女のご機嫌はかなり斜めだった。

 学院を卒業しているから年上なのだけれど、泣きはらして化粧が取れているしばっちりと纏められていた髪も無残な状況になっている。確か、お付きの侍女を連れていたはずなのだけれど、どこに行ったのだろうか。


 「ご飯です。食べないと持ちませんよ」


 あと二回は野営が決定しているし。急ぐと告げられているけれど、徒歩での移動だしそう変わらないだろう。


 彼女を下がらせるか、このまま同行させるかは指揮官さまたちの間で問題になったそう。使えない人間を連れていても足手纏いだし、また錯乱されて被害が大きくなると困ってしまう。

 ただ治癒の使い手ということであれば機能するだろうと、最前から最後方へと回されることになったのだった。 

 

 むすっとしているけれど、言葉を発するくらいの余裕はあるみたいだった。精神的ショックで喋ることすらできない人を見たことがあるので、その部分に関しては心配ないだろう。私が差し出した携帯用のご飯を乱暴に奪い取って口へと詰め込んでいた。


 「どうして笑わないのです……!?」


 「え?」


 「私は貴女に嫌味を言いました。ですから、アレをみてわたくしを馬鹿にすることもできるでしょう!」


 いや、無理だし。彼女は侯爵家の人間で私は平民である。聖女で同格といえど笑い飛ばしたら、私の首が飛んじゃう。

 そもそも遠征が初めてで、状況について行けず錯乱する人は居るし、自分も通った道なので馬鹿になんて出来ない。根本的な所で間違っているようなので首を傾げると、更に彼女は口にする。


 「聖女として恰好を付けていたのに、笑い種でしょう。わたくし自ら前に出ると宣言してこのザマですもの……笑いなさいよ……笑えばいいじゃない!」


 あれ、この人案外真面目なのかな。自分が取った行動が間違っていたって認めている。ちゃんと慣れて動くことが出来るようになれば化ける人だと思うのだけれど、どうなのだろう。


 「あら。――お望みならば、わたくしが罵ってさしあげましょうか?」


 そう言って私の横に立ったのは、ばさりと鉄扇を広げて口元を隠すセレスティアさま。その後ろにはソフィーアさまの姿が。今回、警護の関係もあるのかも知れないが、よく一緒に居る気がする。


 「な……」

 

 貴族としてなら侯爵令嬢と辺境伯令嬢なので家格の差はそうないはずだ。侯爵家の聖女さまの家柄情報は持ち得ていないので、ちゃんとした勢力関係が分からないけど。

 

 「軍や騎士、そして我が辺境伯領軍の命を危機に晒した失態、どう責任を取るおつもりです? 聖女さまとはいえ、貴女は無理矢理に先頭部隊に入ると言い張り彼女からその座を奪った」


 ん、そんな話は聞いていない……。


 まさか部隊編成の時、知らない間にそんな話があったのか。知らない方が幸せだったなあと、侯爵家の聖女さまから視線を逸らす。どうやらセレスティアさまは自領民を危機に晒したことに痛くご立腹らしい。

 気持ちは理解できるけれど、言い過ぎると立場が危うくなるような気がする。黙って状況を見守っているソフィーアさまに視線を向けると、顔を左右に振った。とりあえずは静観するようだ。なら私も見守るしかないなと、口を噤む。すごく止めたいけれど。


 「あげく魔物に遭遇し自身の安全だけを確保しようと無駄に魔術を発動させ、現場を乱した。聖女ナイならばそのような失態を犯しませんでしょうね」


 こちらに視線を向けないで下さい。侯爵家に睨まれたくないから、うんともすんとも言えんのです。でもまあ、私が先頭集団に居ればあそこまでの被害にならなかったかも。

 私は平気だけれど、アリアさまは疲労困憊でご飯を済ませて既に床に就き爆睡してるからなあ。魔力消費は勿論だけれど、行軍も初めてだろうし混乱した現場で治癒を施すのも初めてだから精神的にも疲れたのだろう。


 ところでセレスティアさま。彼女に言い放っている台詞は罵りどころか正論だと思う。言葉のナイフがぐっさぐさに刺さっているんじゃあなかろうか。


 大丈夫かなあと、侯爵家の聖女さまを見ると瞳に涙を蓄え始めていた。これ以上はいじめっ子の所業になってしまうと、ソフィーアさまを見る。

 お貴族さま同士の喧嘩を止めるならお貴族さましか出来ない。格好よく私が止められればいいのだけれど、立場上できません。


 「そこまでにしておけ、セレスティア」


 私の意図をくみ取ってくれたのか、ソフィーアさまが一歩前に出た。


 「あら、ソフィーアさん。止めないで下さいます? わたくし腹が立っていますもの。ナイが前に出ていれば被害はここまで広がっていませんわ」


 「気持ちは理解できる。だが、彼女を前に出すと最終的に決めたのは指揮官たちだ。責めるべきではないし、ナイも困っているだろう」


 ああ、そうか。あまり彼女を責め立てると、前に出すと決めた指揮官の人たちの決定も否定することになるから、不味いのか。

 いくら侯爵家の聖女さまの発言とは言え、采配を決めたのは指揮官方なのだ。彼女の我儘を諭しもせず面倒だからとそのまま決めた人も悪くなるのか。そこまでは気が回らなかったなあ。流石、王子妃教育を受けていたこともある人、考えを巡らせるのが早い。


 しかし、困っているのは事実ですが何故ソコで私の名前が出てくるのでしょうか……。しかも私の名前を出すとセレスティアさまの威勢が少し収まっているし。


 「…………ふ」


 鼻を鳴らしてこの場を去っていくセレスティアさま。どうやら本当に腹が立っているようで、いつもより余裕がなさそうだ。その背を見送って、侯爵家の聖女さまへと向き直る。


 「詳しい状況は知らんが、盛大にやらかしたようだな。――貴族としては恥さらしも良い所だろう」


 お貴族さまとしてなら恥だろうなあ。家に泥を塗りたくったようなものだし。噂を広められると社交界で居場所の確保は出来るのだろうか。

 

 「ナイ」


 「はい?」


 何故私に声が掛かるんだと疑問に思いつつ、ソフィーアさまに返事をする。


 「貴族としてなら駄目かもしれんが、聖女としてならどうなんだ?」


 「今後の働き方次第……でしょうか」


 討伐遠征は初参加だと言っていたので、初っ端にテンパるのは仕方ない。ただ被害が出ているので、相当頑張らないと評価は上がらないはず。

 遠征が……血を見るのが無理だというなら、孤児院の慰問や炊き出しに治療院に参加して活動をすることもできる。派手さは全くないけれど、そういう聖女さまも居るから。

 

 「だそうだ。――ここで立ち止まるか、それとも踏ん張って先に進むかは貴女次第だ」


 ではな、と言い残してこの場を去るソフィーアさま。肩を落としている侯爵家の聖女さまにこれ以上声を掛けたところで、追い打ちにしかならないだろうと私も軽く頭を下げ、その場を後にした。

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