第121話:戻るか否か。
怪我で動けない人たちから順に治癒魔術を施していく。件の侯爵家の聖女さまは使い物にならないので、後ろへ下がってもらった。
指揮官クラスの人たちは協議に入っており、この後をどうするかを決めているようだった。その間は手持ち無沙汰なので、こうして怪我人の治療に回っている訳だけれど。
「大丈夫ですか、アリアさま」
「は、はい! 平気です! ナイも頑張っているのに弱音を吐くわけにはいけませんし……!」
強がってはいるけれど疲労の色が濃く出ている。一度休憩を挟んだ方が良さそうだなと彼女の護衛騎士に声を掛ける。
「すみません、そろそろ彼女は限界です。どこかで小休止を取って頂いて下さい」
「は! 参りましょう聖女さま」
魔力量にまだ余裕があっても、大人数に治癒を施せばそりゃ疲れる。
「で、でも!」
実家が貧乏で出稼ぎみたいなものだから、必死になるのは理解できる。ただ急いでも仕方ないし、きちんと頑張っているのだから周りはちゃんと評価してくれる。
彼女に就けられている教会から派遣された騎士二人は、アリアさまを見る視線の質が変わってきている。
「アリアさま、魔力が回復次第またよろしくお願いします」
まだやるべきことは残っているし、そう急がなくてもいいだろう。それに今日だけではなく明日、明後日と続くのだから。無理をして倒れて帰還命令を出されても困る。
「大丈夫ですよ。それに遠征はまだまだ続きます。まだ初期段階ですから、無理をしないで体力を温存しておいた方が得策ですよ」
私はある程度慣れているので大丈夫だし、寝て起きたら魔力は回復しているから。
「う……わかりました。ナイも無理はしないで下さいね!」
「ええ、心得ております」
私の後ろに控えているジークの『嘘を吐くな、お前は無理無茶が標準装備だ』と言いたげな視線が私に刺さり、リンも『嘘だ』と言いたげな呆れた視線を寄越してる。無理をしている自覚はあるのだけれど、状況がそうしなきゃいけないなら魔力が一番多い私が踏ん張るしかない訳で。
「二人とも、なんだか妙なことを考えていないかな?」
振り返って二人の顔を見上げる。呆れたような顔を浮かべる双子の兄妹。
「いいや、何も」
「何も、考えていないよ」
んーリンは少し物事を考えた方が良いような、という心の突込みは口には出さず。
「――はあ。まあ、兎にも角にも働きますか」
よしと気合を入れ直し、アリアさまを見送ってまた怪我人の治癒にあたる。もう軽傷者しか居ないのでさほど手間は掛からない。もうひと踏ん張りだなと気合を入れなおして、怪我人を一か所へ集めてもらって順に魔術を施していくのだった。
「聖女さま!」
「はい」
「今後の方針が決定いたしましたので、お伝えに参りました!」
青年騎士が声を張って私に声を掛けてくれた。どうやら指揮官さまたちの協議は終わったようで、彼の言葉通り方針が決定したようだ。
「部隊を再編し目的地を目指す、とのことです」
「帰還はせず、そのまま行軍を続けるのですね。――分かりました」
やはり原因究明を優先させるのか。魔物に異変が表れているようなので、編成規模の大きい今回の遠征でカタを付けたいという考えだろう。
まだまだ波乱が続きそうだと空を仰ぐと、真ん中に昇っていたはずの陽がいつのまにか地平に沈む時刻になっていた。
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