第119話:前は。

 前から下がってくる人たちが収まり、緊張が走ったのは一時。ようやく状況は収まり弛緩した空気が流れ始めた。


 「……一通り終わった」


 ジークやリン、慣れないながらも二人の指示に従って手当を施してくれた三人に、後方から急いで駆けつけてくれたアリアさまのお蔭で怪我を負った人達はみんな生きている。

 ふうと息を大きく吐いて、自然と言葉を口にしていた。

 

 「大丈夫か?」


 私の下にジークとリンがやって来る。傷の手当で血糊が付いており随分と汚れてしまっているが、仕方ない。

 私も二人と同じように服には血糊が付いている。ソフィーアさまとセレスティアさまにマルクスさまも慣れない作業だったので、疲労の色がうかがえる。

 護衛の騎士に守られ、地面に座り込んでいるアリアさまも。


 「うん、私はね。ジークとリンは?」


 「俺は平気だ」


 「私も大丈夫」


 「そっか。――流石に慣れていない人にはキツかったみたいだね」


 疲れた様子を見せている彼らに視線を向ける。怪我の酷い人を見れば気落ちするだろうし、血もいいものじゃないから。

 慣れていても疲れてしまうし、慣れていない人なら尚更で。


 「ちょっと行ってくるね」


 「ああ」


 「うん」


 そう言い残しとりあえずソフィーアさまたちの下へ。


 「どうした?」


 私が彼女たちの下へと近づくと、ソフィーアさまが最初に気が付いて声を掛けてくれた。


 「お礼を伝えたくて。――怪我人の手当ありがとうございました」


 そう言って頭を下げて顔を上げると、何故かきょとんとされるので首を傾げてしまった。


 「お前が礼を言う必要はないだろう。当然のことをしたまでだ」


 「ですわね。わたくしたちが準じる正義に従ったまでのことですわ」


 「大した手伝いは出来てねーしな」


 無理矢理に笑顔を作るソフィーアさまとセレスティアさまに、頭をガシガシ掻いてそっぽを向いているマルクスさま。


 「いえ、こういうものは人手が足りないと大変なので。――"君よ陽の唄を聞け"」


 「おい、無暗に魔術を行使するな」


 「ええ。――先ほどまで治癒の魔術を施していたでしょうに。私たちにまで掛ける必要はなくってよ」


 「気休め程度の、一節だけの簡単なものなので大丈夫ですよ。少し失礼しますね」


 そう言い残して三人の下から去り、次はへたり込んでいるアリアさまの下へと行くと、彼女は私に気が付いて嬉しそうな顔を浮かべるけれど、参っている様子だった。


 「大丈夫ですか、アリアさま」


 「大丈夫です……と言いたい所ですが、ちょっと疲れてしまいました」


 しゃがみ込んで彼女と目線を合わせる。へにゃりと力なく笑う彼女は魔力を随分と消費してしまったようだ。


 「そうですか。こういった現場は初めてで?」


 「はい。本当はもっと格好よく動けるつもりだったのですが、全然ダメですね」


 「初めてであれだけ動けているのなら、上出来かと。――私が初陣の時は震えてアリアさまの様に動くことは無理でしたから」


 「お姉さ……ナイが? なんだか想像が出来ません」


 まあ誰にでもある経験だ。状況は今回より更に悲惨だったけれど、動くべき時に動けないのはただの足手纏い。

 怒鳴られてようやく治癒を施し、優先順位も付けられないまま無我夢中で治癒をひたすら掛けていたもの。ジークもリンも初めてのことで右往左往していた。


 慣れなくとも状況を判断して、怪我人に声を掛けながら治癒を施しただけでも十分合格点が出るんじゃなかろうか。

 その判断は今回遠征に同行している教会の統括が決めるものだけれど。


 「慣れているから、こうして動けるのですよ。アリアさまも回数をこなせば、ペース配分や判断力が身について評価されるようになります――"君よ陽の唄を聞け"」


 「嬉しいです。ナイに褒められるなんて。あと、ありがとうございます、良かったのですか?」


 少し安堵したのか、ようやく綺麗に笑う彼女を見て立ち上がって、手を差し伸べる。

 

 「褒めてはいませんよ、事実を告げたまでです。簡単なものですが気休め程度にはなるでしょう。――立ち上がれますか?」


 「あ、はい」


 彼女はお貴族さまで本来ならば失礼な態度ではあるが、聖女として接しているのだから不問だろう。彼女も特段気にした様子もないし、彼女の護衛騎士も何も言わず。

 立ち上がった彼女と並ぶと、やはり背が高いなあと顔を見上げ。


 「前は一体どうなっているのでしょうか?」


 そう言って先行している部隊のいる方向へと顔を向けるアリアさま。


 「侯爵家の聖女さまがいらっしゃるので、どうにかなっている筈ですが……」


 まあ、どうにかなっているのなら後ろへ怪我人を連れて後退してくるなんてあり得ないから、何かはあったのだろう。

 いつもの魔物よりも強いと負傷兵が言っていたから、通常の戦術がまかり通らなかったみたいだし。


 「ナイ」


 話し込んでいるうちに、状況に変化があったようでジークが私に声を掛ける。リンも彼と共にこちらへと来ていた。


 「どうしたの、ジーク?」


 「前へ来てくれと伝達があった。――状況は収まっていますが、治癒の為に聖女アリアさまも一緒にとの言伝を預かっております」

 

 魔物は撃退できたようだ。私に要件を伝えた後、アリアさまに向き直り彼女にも連絡を告げるジーク。彼の言葉を聞いた護衛の人たちの顔が引き締まる。

 まだ状況は終わっていないと判断したようだ。


 「は、はい!」

 

 「疲れているとは思いますが、行きましょう」


 兎にも角にも確認をしなければ。状況は収まっているらしいけれど、阿鼻叫喚の地獄絵図という可能性も捨てきれない。


 「……はい!」


 少し緊張感を走らせ、前へと移動を開始する私たちだった。

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