第118話:真ん中。

 ――やはり僕が見立てた通りでしたねえ。


 そう言われてもなんのことやら。私は自身の体内に巡っている魔力を活性化させただけである。

 

 「魔力が戻っているな」


 「ええ。不思議なこともありますのね」


 私から手を放して、にぎにぎと自身の手を見つめながらなにやら確認しているソフィーアさまとセレスティアさま。


 「ナイさんの魔力は他人への親和性が高いのでしょうねえ。他人の魔力なんて異物でしかないのですが……貴女が施す治癒の効果が高いと言われるのも、その辺りが原因でしょう」


 「……あまり実感はありませんが」


 本当に。というか無意識にやっているならば、迷惑極まりない行為では。手を繋ぐというアクションを挟んでいるので、周囲の人たちに勝手に魔力をバラまいていることはないと思うけれど。これ結構大変な問題のような気がしてくる。


 「他人への魔力提供は副産物のようなものですね。無理に行えば相手は体調を崩してしまう可能性があります。お二人は魔力の総量が比較的に高く平気な顔をしておりますが……」


 魔力量の少ない人に簡単には施すな、と副団長さまは言いたいのだろう。


 「ですので、僕が渡した魔術具を安易に外さないで下さいね」 

 

 素直に頷いて魔術具の指輪を再び身に着ける。


なんとなくだけれど外に出ようとしていた私の魔力が引っ込んでいくような感覚。魔力量が多いのも考え物だよなあ。流石に人様に迷惑を掛けるのはよろしくないし。


 「お師匠さま、彼女が身に着けたものは一体なんですの?」


 譲り受けてからずっと身に着けていたし、魔術師は魔術具を身に着け魔力をそちらへと溜め込み、利用することもあるから違和感はなかった様子。


 「魔力制御と余剰した魔力を外へと排出させる機構が付与されている魔術具ですよ。魔力量と生成量が異様に高いですから、彼女の身を守るためでもありますね」


 副団長さまの言葉から判断すると、王城の魔術陣に魔力提供してきたのって私の身を守っていたのかも。教会はこのことに気付いていたのだろうか……。真実は分からないけれど、運良く正しい行動を取っていたのだから気にするのは止めよう。


 「……本当に規格外ですのね、ナイは」


 それで教会や王家に目を付けられているのだから、良いのか悪いのか。生活には困らないし、自由は認めてくれているのだから文句は言えないか。

 

 「ええ。規格外ですし常識外ですし、本当に僕と同じ時代に生きてくれて本当に良かったです」

 

 副団長さまは私を玩具感覚でみてるよねえ。まあ彼が私を利用するように、私も自分の身を守るために副団長さまを利用しているのだからお互い様だけれど。

 

 「さて、試したいことも終えましたし本題に――……何かあったようですね。魔術を誰かが発動させたようです」


 そう告げて副団長さまが細い目を更に細めて前を見る。暫くすると負傷した人を背負って後退してきた人たちの姿。一体どうしたのだろうと、声を掛けようとすると先に副団長さまが、反応したのだった。


 「どういたしましたか?」


 「ま、魔物が出現したのですが、通常の種よりも手強く……対処に隙が生まれ被害が多くなっております……」


 怪我をしているのか喋り辛そうに言葉を紡ぐ騎士に駆け寄って、治癒の魔術を発動させる。


 「治します。――重傷者を優先させます! 治癒を使える方は軽傷者をお願いいたします」


 治癒の魔術は聖女さまの専売特許というわけではない。適性があれば勿論使えるので、軍や騎士の中にも使い手は存在する。

 ただ効果に期待が出来ないし、彼らは戦闘訓練を受けているプロだから、自ずと戦闘面の魔術を優先させることが多い。


 「ジークとリンも手当をお願いっ! どなたか後方の聖女さまにこちらへ参るように連絡を!」


 提げていた鞄をジークに雑に放り投げて、指示を出す。中には包帯や止血用の布に薬草等を入れてある。

 ジークとリンは教会から怪我人の手当の仕方を受講しているので、軽傷者ならば十分に対応可能。私は魔術でしか治せない人たちを片っ端から施術をしていく、いつものパターンだった。


 「ああ」


 「うん」


 私の言葉に『了解です』と年若い軍の人が後ろの隊列へと走っていくのを横目で拾った。


 「ジークフリード、ジークリンデ。私も手伝おう。知識はないが指示に従うことくらいは出来る」

 

 「わたくしもそういたしましょう。見ているだけなのは性分ではありませんし」


 「俺もやる。指示をくれ!」


 三人とも見ているだけでは気が済まないらしい。名乗り出てくれるのは有難いので二人に任せ、私は重傷者の下へと行く。


 「では僕は前線へ行きます。みなさん、くれぐれも無茶をしないように」


 副団長さまの声と同時に真ん中の隊列の人たちが次々に前線部隊へ合流する為に駆けて行く。戦力の逐次投入は悪手と言われているけれど、そうこう言っていられない状況らしい。

 ただ副団長さまが居れば、大抵のことはなんとかなるだろうという安心感は有難い。フェンリルを霧散させるほどの実力を持つ人だ。大抵のことは対処できる。


 深手を負った怪我人を数名治した頃、後方で行軍していたアリアさまが護衛騎士と共に走ってこちらへとやって来た。


 「ナイ! 大丈夫ですか!?」


 胸を上下させ息を切らせて私に声を掛ける彼女。どうやら一生懸命走ってくれたようだ。状況を認識して、少し顔色が悪くなるアリアさま。申し訳ないのだけれど彼女を気遣う暇はない。


 「私の心配より怪我人の手当を! 酷い方は粗方終えましたが、まだ怪我を負った人はいますので」


 「は、はい! ――大丈夫ですか? 今から治癒を施しますので、じっとしてて下さいね」


 命に別状はないが怪我が酷い人を見つけ、声を掛けながら治癒を施している。初めての遠征と聞いていたので少し心配だったけれど、杞憂だったことに安堵して私も次の人へと声を掛けた。


 「怪我の確認の為に申し訳ありませんが服を裂きますね」


 「あ、ああ。申し訳ない、お願いします」


 以前の学院の合同訓練で買った小さなナイフが役に立つ時がきた。こういうこともあろうかと提げておいたのだ。

 意識ははっきりしているようで、受け応えも出来る。喋るネタに丁度いいと、情報収集も兼ねて聞きたいことを聞こうと口を開いた。


 「お気になさらず。――前で一体何があったのですか?」 


 足を怪我した場所の服を軽くつまんで良く見えるように裂く。


 「わかりません。簡単に対処出来るはずの魔物だというのに、何故か全く歯が立たず……前線が瓦解するまでには至っておりませんが、あまりよろしくはない状況です」


 前線の状況は余り良くはなさそうだ。怪我人の治療を終え次第、前線に上がるべきかと悩むけれど副団長さまが居る。

 それならば怪我人の治療に徹して戦線復帰させ、部隊編成の人数を確保した方が良さそう。というか前線配備されているはずの侯爵家の聖女さまは一体なにをしているのだろうか。


 やはり前へ行くべきかと判断を迷い始める私だった。

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