第117話:青空魔術教室。

 行軍中だというのに、今から魔術師団副団長さまによる青空魔術教室が始まるらしい。


 学べることは良いことなので構わないけれど、知らないうちに副団長さまに魔改造を施されているとかないよね……。いや、ソフィーアさまとセレスティアさまが教え子みたいだし、あの二人が魔術馬鹿になっている様子もない。だから大丈夫心配要らない、と自分に言い聞かせる。


 「と、その前に。――お三方、どうぞこちらへ」


 いつの間に私たちの後ろに居たのか。ソフィーアさまとセレスティアさま、そしてマルクスさまが副団長さまに呼ばれ、こちらへとやって来た。


 「邪魔をして済まないな。先生の授業は貴重だから無理を言って参加させて貰った」

 

 「ええ。――お師匠さまは基本生徒を取りませんからね」


 「?」


 それだとどうして二人は教え子なのだろうか。


 「僕も以前はお金に困った時代がありまして。学院の特別授業にも参加すると言いましたし、この際一緒に学んでいきましょう」


 いやあお恥ずかしいと言いながら頭を掻く副団長さま。そんなイメージはないけれど、魔術具や魔石の購入でお金は入用だからそういうもので困っていたのだろうか。

 

 「マルクスさまとジークフリードくんとジークリンデさんもですよ。体内に流れる魔力をうまく意識出来るようになれば、肉体強化を更に強固なものにできますから」


 私以外にも三人も参加決定のようだ。魔力を外に放出できない人は肉体強化へと魔力を使っているそうだから、体内に流れる魔力を操作できるようになれば任意に強化できるのだろう。

 生存率が上がるなら悪い事ではないし、騎士を生業として生きていくなら副団長さまの教えを受けておいて損はなさそう。ジークとリンの顔を見ると、二人も同意見なのか頷いていたので、副団長さまの授業を受けることに問題はないようだ。


 「えっと……よろしくお願いします、先生」


 流石に副団長さまと呼ぶわけにはいかないよなあと、改めて頭を下げて呼称を変える。流石にお師匠さま呼びは恥ずかしいので、先生一択。


 「おや、少々むず痒いですが……よろしくお願いしますね、ナイさん」


 この呼び方は、個人的な時間だけ呼ぶ方が良いだろうと頭の中でメモしておく。副団長さまも私の呼び方を変えたので、この時間だけは先生と生徒という間柄だという主張なのだろう。


 「では、始めましょうか。全員一度に教えられるほど器用ではないので、まずは魔術師としてお三方からですね。あ、ナイさんは特別講義ですよ」


 ソフィーアさまとセレスティアさまは攻撃系の魔術が得意みたいだし、私は防御系に治癒とバフ・デバフ系統を専門としているから別れても仕方ない。


 「十日前にお渡しした腕輪は寝る前に使用していますか?」


 「はい。先生に言われた通りに就寝前に一度付けて魔力を空にする疑似体験をしておりますが……」


 いまいちアレをやる理由を見つけられられないまま、この十日ほど使っていたのだけれど。一体何の意味があるのやら。

 副団長さまなら無駄なことはしなさそうだし、寝る前に着脱するだけなので手間は掛からないので続けていたのだけれど。私の言葉にこくりと頷いて、不敵な笑みを浮かべる。


 「では指輪の方を外していただいても」


 そう言われて魔力を制御している指輪を外すと、魔力が外に溢れたのかふわりと私の髪が揺れた。


 「あれ?」


 「ああ、やはり効果がありましたね」


 多分だけれど、以前より魔力の総量が上がっている。でも私の魔力量は規格外だからあまりよろしくない的なことを言われていたような。うーん、いいのかなあと首を捻る。


 「魔力量が上がることに問題はありませんよ。扱い方や知識不足が危険というだけです。――とはいえナイさん程の魔力持ちは今まで存在していなかったので、気を付けるに越したことはありませんが」


 ソフィーアさまとセレスティアさまが『凄いな』『ええ、とんでもない量ですわね』と二人で話し込んでいる。 騎士組はあまり実感がないのか、黙ったまま。やはり魔術師の適性がある人の方が魔力に対して敏感なのだろう。 


 「少し実験です。ソフィーアさまとセレスティアさまの手を握って頂けますか?」


 「……いえ、それは」


 平民が高貴な人の身に触れることはありえないのだけれども。


 「構わない、今は先生の講義中だしな」


 「ええ。お師匠さまなりの何か考えがあるのでしょうし、構いませんわよ」


 「お二人の許可も出たので、大丈夫ですよ」


 本当に副団長さまは魔術に対しての欲望が忠実だよ。そしてソフィーアさまとセレスティアさまの彼に対しての信頼度が高い。行軍中なので私の右側にソフィーアさま、左側にセレスティアさまが並び手を差し出した。


 「失礼します」


 一応断りを入れてから、二人の手を握る。


 「小さいな」


 「細いですわねえ」


 うっさいよ、お二人共。体格が違うのだから私の手が小さく感じるのは仕方ないけれど、口に出さないで欲しい。微妙に傷つくから。

 

 「お二人にはさきほど魔石に魔力を込めて頂いたので、七割ほど魔力を消費している状態です」


 副団長さま、自分の魔力を消費する選択には至らなかったのか。そして高位貴族のご令嬢で実験してる。いいのかなあと冷や汗を掻きつつ、問題があるのなら実験道具にされてる二人がさっさと抗議しているなと、一人で納得。

 

 「ナイさん、少しだけ魔力を活性化させて下さい」


 先生の指示には従うべきだよね、と基礎の基礎の基礎と言われる自身の魔力を活性化させる。


 例えるならば車のエンジンを掛けアイドリング状態とでも言えばいいか。


 アクセルを踏み前へと進ませ、そこからブレーキやハンドルにシフトレバーを操作して自分の思い通りに動かすけれど、魔術も起動詠唱がアクセル。

 一節、二節、三節と唱えて思い通りの効果を得る。まあ他にも意味合いとか操作するためにいろいろと制約や条件があるけれど、簡単に説明するならばこうなる。


 「ん?」


 「あら?」


 「……やはり僕が見立てた通りでしたねえ」


 不思議そうな顔をするソフィーアさまとセレスティアさまに、嬉しそうな顔をする副団長さま。一体なんのことだと私は首を傾げるのだった。

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