第116話:隊列。

 朝、野営地で目が覚める。


 この十日間で随分と慣れてしまった行動を繰り返して、今日は招集が掛かっていた。部隊を分けて、原因究明のための捜索と増えた魔物の討伐を並行させつつ行軍するようだ。昼までには部隊を編成して各地へと散るので、そう時間が掛るものではないだろうと、指揮官の人たちが寝泊まりしている天幕があった場所へと三人で赴く。


 その場にはまた聖女が全員集められており、私たちがどうやら最後のようだった。


 「遅いですわね。みなさま、既に集まれておいでですのに、一言くらいあってもよろしいのでは?」


 その場に着いて直ぐに侯爵家の聖女さまにお小言を頂く羽目になった。


 私が最後の到着になってしまったのは、統括からの連絡が平民故に最後となったことと、この場所から一番遠い場所に野営していたことが原因。

 理由を察することが出来る人は冷めた目をしているけれど、侯爵家というお貴族さまの威光になかなか釘を刺せる人物が居ない。

 

 「申し訳ございません。――卑賎の身故の浅学、どうかお許し下さい。皆さまも、お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。以後、気を付けます」


 口八丁で済むなら安いものだよなあ、と思ってもいないことを口にして頭を下げる。自分の頭を下げるだけでこの場が収まるのならば、それも安いのでいくらでも下げよう。

 

 「いえ、お気になさるな。――皆も構わないな?」


 ああ、私の意図に気付いてくれた。軽装の鎧を着込んで長いマントを身に纏っている中年男性は、騎士団の指揮官だろう。確か昨日の辺境伯邸の部屋の中に居た方だ。周囲の人たちが彼の言葉に頷くと、侯爵家の聖女さまが鼻を鳴らして私を見下ろす。


 いや、殆どの人が私を見下ろすけれども、彼女の場合は侮蔑の視線が込めてあった。

 

 とりあえず騎士さまの機転によって、面倒なことになるのは回避できたのだから、そんなものは一切無視で大丈夫。

 侯爵家の聖女さまの言葉に反論するよりは、周囲の許しを得た方が今回は最良で運よく気付いてくれた人が居たことがツイていた。


 「では今回の部隊編成を発表する」


 昨日の討議の結果、辺境伯領と隣国との国境ギリギリの場所へ、辺境伯軍と国軍の数部隊に騎士団の精鋭が向かい、他の数部隊がそれぞれ辺境伯領周辺の領地へ魔物発生が頻発している場所へ派遣される。国境ギリギリの場所というのは昨日のあの部屋でくるくると指輪が反応した所である。


 なんだか無駄足に終わりそうな気がしてきた。あんなおまじないじみたモノを信じて、本当に大丈夫だろうか。

 

 軍や騎士、そして辺境伯軍まで動員しているということはナマな話……お金が動いている。


 これで『何の成果もありませんでした!』では済まない話。なんだか気が重くなってきたなあと、ため息を吐く。


 「それでは聖女さま方の割り振りを……」


 ごほん、と一つ咳払いをして指揮官の人が通る声で割り当てを告げる。どうやら私は侯爵家の聖女さまと先日馬車に一緒に乗り合わせたアリアさまと一緒に、国境ギリギリの場所を目指すことになった。

 本命部隊なのでもう一人か二人、治癒魔術を使える聖女さまが欲しい所だけれど、他部隊の事を考えると我儘は言えない。編成人数も最大なので、聖女の人数も三人と一番多い割り当てになっている。


 「ちっ!」


 持っていた扇子を広げてあからさま態度の侯爵家の聖女さま。


 「……っ!」


 キラキラとした目で私を見つめる新米聖女のアリアさま。態度が全く違う聖女さま二人に苦笑しながら、出発の準備を進めようと早々にこの場を後にして荷物を纏める。


 「時間だね、行こうジーク、リン」

  

 肩掛けの大きい布鞄を斜めに掛けて二人に告げる。


 「ああ」


 「うん」


 必要最低限の荷物を持って、森の中へと入るために長袖長ズボンというおおよそ聖女には見えない格好になる。ジークとリンは冒険者の装いだ。戦闘になる可能性があるのだから、当たり前。私は、戦闘となると役には立たないので後ろで援護に徹する。


 軍や騎士、辺境伯軍の人たちはそれぞれの揃いの装備なので、統一感がある。聖女の護衛騎士はそれぞれ自前で用意しなくちゃならないので、世知辛いというかなんというか。


 以前は申請して領収書を見せれば教会が費用を払ってくれたそうだが、なんでもお貴族さまの家から派遣された護衛が随分と高い装備を買いそろえ、教会が頭を抱えた結果自前で用意するようになったそうな。

 

 いつものように三人で拳面を合わせ、今日からは一部の人たち以外は例外なく徒歩での移動。今日と明日は拠点までの移動だ。


 進み始めた隊列の中央付近に私たちは配置され、先頭集団に侯爵家の聖女さまに最後方は新米のアリアさま。


 「とりあえず何もなきゃいいんだけれどねえ……」


 「――そうですねえ」


 私がぼやいた瞬間に聞き覚えのある声が斜め後ろ上から聞こえる。……この声は副団長さま。振り返りたくはないなあと一瞬振り向くのを躊躇うけれど、結局は彼の方へと顔を向けた。


 「おはようございます、聖女さま。ジークフリートくんにジークリンデさんもおはようございます」


 「副団長さま、おはようございます」


 私に続いてジークとリンも声を出し礼をする。にっこりと笑っている副団長さまに嫌な予感がするけれど、逃げられない。

 

 「いやはや。昨日の聖女さまは素晴らしかったですねえ」


 行軍は止まらないので、歩きながら会話を交わしつつ足も進める。


 「あの……昨日の辺境伯邸での行為は何の意味があったのですか?」


 地図の上を辿っただけなんだけれど、今回の遠征に何の意味があるのか。


 「あれは魔物が増加している原因の位置を特定する為ですよ」


 「しかし、私たちには有無を言わせず、ただ地図上を辿れと言われただけでした。意味も告げずに効果なんて期待できるのですか?」


 単純なダウジングだろうけれど、水脈や鉱脈を拾う可能性だってあるような。


 「意味を持たせると刷り込みが発生しますから。知らない方が的中確率が上がると言われていますので」


 はへ~とイマイチ理解できないまま副団長さまは言葉を続ける。


 「筆頭聖女さまの予言と似たようなものですね。聖女の皆さまには特殊な力があると言われ、昔から重宝されていますので」


 レーダーや索敵衛星とかないし、科学技術が発展していないのでオカルト的なものに頼るのは理解できるけれど、失敗した時の責任は誰がとるのだろうか。

 

 「渋い顔をしていますねえ」


 笑みを絶やさないまま私の顔を覗き込む副団長さまは何故だか楽しそう。


 「失敗した時はどうなるのですか……?」


 人員や物資に時間。もろもろを損失したことになるからなあ。


 「おや。――責任の所在、ということでしょうか?」


 「はい」


 「それは勿論、行き先を決定し部隊を動かす指揮官にですよ。聖女さまに責任を負わせることはありませんし、力に頼ったのは我々の方なのです。そんな無茶は言えませんよ」


 その言葉にほっと息を吐き出す。私のその様子を見て副団長さまは顎に手を添えて苦笑いをした。


 「随分と慎重ですねえ」


 「それは……仕方ありません、性分みたいなものですから」


 考えすぎても良いことなんて少ないけれど、最悪の事態を想定して立ち回れるようにしておかないと。楽観して痛い目を見ることになったら損だし。


 「まあ、そんなことはどうでもいいのですよ。――聖女さま、こちらを」


 どうでもよくはない。ないのだけれど、副団長さま的にはどうでもよい事らしい。そうして私の前に差し出した一通の手紙。随分と上質なものを使っており、受け取るのが怖いなあと一瞬考えるけれど、副団長さまがずいと押すのでつい受け取ってしまった。

 

 そうしして手紙を裏返して差出人を確認する。


 ――王家の封蝋……。


 中身、読みたくない。しかも副団長さま経由、絶対に碌でもないことだ。彼経由なら魔術関連だろうと予想が付いてしまうことに嫌気がさす。

なんで平民出身の聖女に王家から手紙が届くのだろうか。侯爵家の聖女さまへと渡せば、飛び上がって喜びそうだけれど。とはいえ副団長さまは、今まで私のことを一応考えてアドバイスをくれている訳で。

 

 「これは……私が開封しても良いものなのでしょうか」


 「はい。陛下から貴女宛てですので勿論ですよ」


 陛下も何を考えているのだろうか。一介の聖女に過ぎない私に直筆――代筆の可能性だってあるけれど――の手紙を寄越すだなんて。破り捨てたい気持ちを抑え、ゆっくりと封蝋を開けて中の手紙を取り出して、目を通す。


 ――今回の遠征参加へのねぎらいの言葉と、私の聖女としての価値、失うと損害が大きいから副団長さまから教えを受けてね。


 意訳であるが。ふと頭の中に四文字の言葉が浮かび上がる。


 「国外逃亡なんてさせませんよ」


 ふふふと笑って副団長さまが私に言い放つ。思考を読まないで下さいなと言いたいけれど、別の言葉を紡ぐ。


 「しませんよ。この国の上層部はそこまで無能だとは思っていませんので」


 逃げられないだろうなあ。魔力量の多い人間を他国に逃がすということは、戦力を他国にタダで明け渡すということで。逃げたとバレた途端に緊急配備されて山狩りやらも実行されるだろうし、逃げられる気がしない。


 「よくおわかりで。さあ、移動しながら講義を始めましょう」

 

 にこにこ顔の副団長さまによる、青空魔術教室が始まるのだった。

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