第115話:ダウジング。

 ホールを横切り屋敷の端の部屋へと辿り着いた。広い辺境伯家といえど、この人数が集まれば少々手狭になっている廊下。


 「聖女さま方は順にお一人ずつ部屋へ。もちろん護衛の方も一緒で構わない」


 そう言って辺境伯さまは部屋の中へと消えていく。開いた扉から中には数名居るようだった。

 

 「では、侯爵家出身であるわたくしが一番槍を務めましょう」


 そう告げて侯爵家の聖女さまが部屋へと入って行き、護衛の騎士も共に彼女と部屋の中へと消えていく。軽装だけれど鎧を纏った護衛騎士は、どうやら侯爵家が寄こした人のようだ。装備に侯爵家の家紋が刻印されていた。


 「……一体、何だというのですっ!」


 しばらくして、悪態をつきながら侯爵家の聖女さまが部屋から出てきた。護衛の騎士は彼女の姿に困った顔を浮かべ、止める様子もないので放置を決め込むようだ。一番爵位の高い人が一番に部屋へと入った所為なのか、次に爵位の高い聖女さまが入って行く。


 そうして家格が低くなっていき、アリアさまの出番となっていた。初めてのことで緊張しているのか、少し顔色が悪い。

 中で何が行われているのかは分からないけれど、辺境伯さまに取って食われるということはあるまい。何故か私に視線を向けたので小さく頷くと『よしっ』と気合を入れ、部屋の中へと護衛の人たちと共に消えていく。


 「?」


 そうしてしばらく、彼女は首を傾げながら部屋から出てきた。さて一体何があったのかと疑問ではあるが、私の番になるにはあと少し時間が必要である。

 アリアさまの後に続いたのは平民の聖女さま。私より年上なので、年功序列で先に部屋へと入って行き、しばらくすると退室し、もう一人の平民の聖女さまと入れ替わりで入って行く。


 次はようやく私の番。


 「次の方どうぞ」


 「はい」


 係の人なのか、燕尾服を来た男性が部屋へと誘導され、中へと入った。そうして数歩床を踏みしめて歩くと、目の前には辺境伯さまに軍と騎士団の指揮官の皆さま、教会の統括さまの姿。

 そしてお貴族さまの恰好をした知らない男性が幾人か。おそらく辺境伯領周辺の領主さまたちも連名で依頼を掛けたと聞いたから、その人たちだろう。結構、重要で重役な方々が集まっていた。


 で、魔術師団副団長さまが、にこにこと笑みを浮かべて私を見ている。なんで彼がいるのだろうか。いや、魔術師団の副団長なのだからこの場に居てもおかしくはない。おかしくはないのだが、私を見ているその目が『期待していますよ』と言っているように見えるのだ。


 「聖女さま、こちらへ」


 燕尾服の男性が手を伸ばして、私のが立つべき場所を指し示す。ジークとリンは私より数歩下がった後ろで止まる。

 この際、副団長さまのことは忘れよう。あと、余計なことは考えるべきではない。聖女として命令されたことに従っていればいいのだ。もちろん不服ならば拒否するけれど。


 部屋の真ん中に据えられたテーブルの上には大きな紙が置いてある。それには線が不規則に書かれており、よく見てみると辺境伯領周辺の地図だった。

 

 「聖女さま、こちらを」


 燕尾服の男性が私にあるものを手渡してくれた。肘から手首までの長さの糸の片側に指輪のようなものが括り付けてある。一体何に使うのだろうと疑問符を浮かべていると、説明が始まる。


 「指輪を下にして糸を持って下さい」


 言われるまま糸の先端を摘まみ、片方に括り付けられている指輪を垂らすと、こくりと頷いてくれたので間違ってはいないようだ。


 「地図の左上から右へと移動させ、そのまま順に下へ下へと這わせて下さいませ」


 あれ、これはダウジングというヤツでは。水脈でも探すつもりなのだろうか。しかしながら私にはそんな能力はないし、目的のモノなんて見つかることなんてないだろう。

 気楽にやるべきだなと判断して、ゆっくりと地図の上を這わせていると、ある一点で指輪が左右に動き始める。


 「おお!」


 どよめきが部屋に沸き上がり、なんだか期待の眼差しを向けられているけれど、これ以上どうしようもない。左右に揺れていた指輪は、どんどん揺れが大きくなりくるくると回り始める。その下の地図にバツ印が付けられると、声を掛けられた。


 「聖女さま、残りの場所も同様にお願いいたします」


 言われるまま、ゆっくりと揺れた場所から離れると反応しなくなり、重力に抗うことはなくなった。そこから指輪は反応することはなく、地図の隅々まで這わせた。


 「ありがとうございます。では部屋の外へ参りましょう」


 どうしてこんなことをしたのか理由も告げられず外へと出されると、他の聖女さまたちはどこかへ行ってしまったようで、人の数が随分と少なくなっていた。

 

 「ナイ、お疲れ様です」


 一度着替えたのか簡素なドレスを着ているセレスティアさまに声を掛けられた。その後ろには彼女の婚約者であるマルクスさまにソフィーアさまが。玄関で出迎えてくれていたので、屋敷の中に居るのは不思議ではないが、どうしたのだろうか。


 「ごきげんよう、セレスティアさま。――ソフィーアさまとマルクスさまもごきげんよう」


 「ああ」


 「ん」

 

 私が三人に頭を下げると、ジークとリンも同じように動いたのか衣擦れの音が聞こえた。

 

 「他の聖女さま方は今宵の宿へと移って頂きました。ナイはどういたしますか? ちなみに我が家に泊まることも可能ですわよ」


 流石に辺境伯邸に泊まるのは気が引けるので宿にと言いたいところだが、軍や騎士団の人たちは今夜も野宿。自分たちだけが良い思いをするのも気が引けるので、野営地に戻ろう。持参している荷物も預けているままだし。


 「野営地に戻ろうかと」


 「あら、宿には泊まりませんの?」

 

 「はい。他の方々も野宿ですし、外の方が気楽なので」


 辺境伯邸は緊張するので論外。宿もおそらく辺境伯さまが手配したものだろうから、貴族御用達のような良い宿だろう。軍や騎士団が野営している場所の方がある意味で安全だから、野営地の中でならば結構自由が利くのだ。ジークとリンには申し訳ないが、私的には野営地一択になる訳で。


 「そうですか。――では、お送りいたしましょう」


 言った傍からくるりと踵を返して廊下を進み始めるセレスティアさま。後ろを全く気にせず前へと進む彼女を、残った人間で顔を見合わせ苦笑をした後に小さくなっている背を追いかける。長い廊下を抜けホールへと辿り着き、玄関を過ぎて馬車停へと辿り着く少し手前。


 「あ」


 視界の端にとらえたモノが、私の足を止めた。


 「どうしたの、ナイ?」


 私の後ろを歩いていたジークとリンが必然的に足を止たのだった。


 「ああ、うん。黒薔薇って珍しいなって」


 辺境伯邸の庭園の片隅で、隠れるようにひっそりと黒薔薇が咲いていた。赤や白が人気だから、お貴族さまのお屋敷ではあまり見かけない黒色に物珍しさを覚えて、つい声が出てしまった。

  

 「確かに珍しいでしょうね。あれはウチの庭師が趣味で作った新しい品種ですもの。――流石、ナイ。お目が高いですわね」


 「いえ、偶々目についただけですから」


 「そう謙遜なさらず。――さあ、馬車へどうぞ。また明日、お会いいたしましょう」


 そう言い残して三人と別れ、一路野営地へと戻ったのだった。

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