第114話:辺境伯領。

 辺境伯領領都の正面大門を抜け、真っ直ぐ屋敷へと続く道を馬車はゆっくりと街を行く。教会の馬車が珍しいのか、それとも護衛の人数の多さに驚きどんな要人が乗っているのかが気になるのか、正解はわかないけれど領民の人たちが物珍しそうに立ち止まってこちらを見ていた。

 件の新米聖女さまも物珍しそうに小窓から見える景色を眺めていた。慣れている人は外など気にせず、ただただ時間が過ぎるのを待ち到着まで無心で過ごしている。

 

 ジークとリンはどうしているのかなと私も小窓から外を確認する。剣を提げ馬車の近くを歩いているけれど、その視線は厳しいものだった。

 警護の為だと分かっているけれど、こういう顔にさせているのは騎士の仕事に就いたから。私が聖女なんてものになっていなければ……という考えが浮かび首を振る。

 

 あのまま貧民街で暮らしていれば春を売って生きていく道しかなく、私だけではなく彼女も……。これ以上深く考えるのは止めようと、深く息を吐く。


 過去を振り返って、益になることは何もない。なら目の前にあることを一つでも片づけた方がマシである。今回の遠征でどんなことが起こるのかを考えていた方が有益だよなと、気持ちを切り替える。


 編成規模の大きい遠征。一体どれだけ魔物が異常発生しているのか気になる。何か理由があるのならば、原因を潰せばいい。分からなければ、とりあえず魔物を間引いて時間を稼ぐ腹積もりだと聞いているけれど。


 「お待たせしました。――ヴァイセンベルク辺境伯邸になります」


 御者の人の声が中に響くと馬車の扉に近い人から降り始めた。必然的に最初に乗り込んだ私が最後となる。

 護衛として就いていたジークが手を差し伸べていたので、彼の手を取って馬車を降りた。他の聖女さまたちから『そこを代われ』という意味合いの視線が刺さる。ジークはいつもと変わらない様子なので、気にしていないようだ。


 彼の下には時折『エスコート依頼』が舞い降りてる。


 お貴族さま出身の聖女さまは貴族として夜会に出席することがあるのだけれど、婚約者が居ない人は見目麗しいエスコート役を探す。教会も出自の分からないエスコート役を雇うよりも、教会に所属している身内の方が問題が少ないと考えたのだろう。


 斡旋業務をいつの間にか開始していたのだ。


 そんなことなのでお貴族さまの籍へ入ったジークは、彼女たちからすれば凄く美味しい物件。身長が高く、体も鍛えていて細マッチョ。短く切りそろえた赤い髪に紫の瞳。顔、すこぶる整っている。身内以外と喋るときは基本敬語で低い声でありながら威圧感はなく耳に心地良い声。

 良い衣装を身に纏い黙って突っ立ているだけで絵になる。リンも普段はのほほんとしているけれど、騎士としてならキリッとしているからカッコいい女性と評されてる。


 「どうしたの?」


 リンの男装姿を頭の中で思い描いていたら、自然と笑みが出ていたようでリンが私の顔を覗き込んで声を掛けてた。


 「ううん、リンが男装したらカッコいいだろうなって考えてた」


 「ダンソウ?」


 どうやら一度で意味が伝わらなかったようだ。わからなかった所を聞き返した彼女に苦笑を浮かべる。


 「男の人の恰好したらってこと」

 

 「んと、それ兄さんになるだけだよ?」


 双子だものね。性差はあるけれど似ている二人である。リンが男装をすれば当然ジークによく似るのだろう。あれ?


 「じゃあジークが女の子の恰好をすればリンになるね」


 「え……それはちょっと…………」


 そう言ってジークの方を見る微妙な顔をしているリンに気が付いたのか、こちらを見て不思議そうに視線を寄こす彼。そんな彼が女装した姿を想像してみる。


 「ぶっ!」


 「二人共、なんで俺を見て微妙な顔をしたり、笑ったりしている……?」


 不味い、ジークが女装した所を想像したら笑いが止まらなくなった。声に出すのは憚られるので必死に我慢しているけれど、笑ってはいけないと思うと余計に笑いが込みあげてくる。

 

 「あのね、兄さんが女の子の恰好をしたら私になるねってナイが」


 「……おい」


 呼ばれてジークの顔を見る。顔だけなら女装が似合っている可能性は十分にあるけれど、体形は隠せないだろう。肩幅広いし、腰も男性特有のものだから。


 「ごめん。ジークが女装してるとこ想像したら止まらなくなった」


 「後で説教だ。――とりあえず行くぞ。無駄話をしている時間はないからな」


馬車から降りた聖女さまたちは、辺境伯邸の馬車停から移動し始めている。アリアさまが私たちを不思議そうな顔で見ていたけれど、護衛の騎士の人に移動を促されていた。彼女たちに追いついて最後尾を歩く。ちなみに先頭は侯爵家の馬車で乗り付けた件の聖女さまだった。

 扇子を持ってご令嬢然とした姿で闊歩している。移動で疲れているだろうに、そんな素振りは全く見せていないことに感心していると、邸の玄関前に今回の遠征に参加している聖女が全員集まっていた。

お貴族さま出身の聖女を呼ぶなら理解はできるけれど、どうして平民出身の聖女まで呼ばれているのか。


 流石に親睦を深めましょう、なんて短絡的なものではないだろう。


 国境警備と魔物の襲来に耐え凌ぎ、勇名を馳せてきた辺境伯家なのだから。玄関前にはセレスティアさまと婚約者であるマルクスさま、そしてソフィーアさまの姿が確認できた。三人と目が合ったので軽く目礼を交わし、辺境伯邸の中へと案内される。


 広い玄関ホールにはガタイの良い中年男性の姿が。おそらく彼がヴァイセンベルク辺境伯さまであろう。護衛の人たちを数名連れて、ホールの階段前に立っている。そうして一緒に屋敷の中へと入ってきた、出迎え陣は閣下たちの斜め横に集まっていた。


 「ようこそ、ヴァイセンベルク辺境伯家へ。早速で申し訳ないのだが聖女さま方にはやって欲しいことがある」


 辺境伯さまと聖女十名程度に護衛の教会騎士が多数が対面していた。


 「ご機嫌麗しゅう、ヴァイセンベルク閣下。聖女を代表して家格が一番高いわたくしがご挨拶申し上げますわ」


 「確か、侯爵家のご令嬢だったかな? 此度の遠征に参加頂き感謝する。しかし事態は一刻を争う、まずは場所を移動しよう」


 辺境伯さまの素っ気ない態度に少しいら立つ様子を見せた、侯爵令嬢さま。そそくさとホールを過ぎ歩いて行く辺境伯さまの後ろを一同、理由もわからぬままついて行くしかなかったのだった。

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