第113話:腕章。
移動十日目。朝起きて天幕の片付けにご飯を済ませ、また幌馬車へと乗り込む。ガタガタと揺られながら真昼間、ようやく辺境伯領領都へと辿り着いたのだった。
王都ほどの規模はないけれど、十分に栄えている街というのが第一印象。高い城壁に守られ、その中には整備された家々に辺境伯さまが住まう大屋敷……というよりほぼお城だった。
「凄いね。王都も大きいけれど、辺境伯領ってだけあるなあ」
観光がてらにプライベートで訪れてみたいけれど、無理だろう。移動に時間が掛るということはそれだけお金が掛かってしまうのだから。
今回の遠征中に自由時間があれば、ぷらぷらと街を散策できれば御の字か。
「ああ。ここまでの規模の街は王都以外だと初めてだな」
「大きいね」
高い城壁を見上げて、おのぼりさん丸出しの三人だった。
「聖女さま」
「はい、どうされましたか?」
唐突に教会から派遣され遠征時には聖女を統括している――聖女さまたちは皆この役目を担っている人を、統括と呼んでる――方が私に声を掛けた。
かっちりとした服に髪を後ろになでつけている中年男性。それなりの家の出身者だった気がするけれど、忘れてしまった。覚えていないので、覚えていなくても大丈夫な部類の人である。
「軍や騎士団、そして辺境伯さまより聖女全員の呼び出しが掛かりました。着いたばかりでお疲れでありましょうが、馬車へ同乗をお願いいたします」
辺境伯領都への入門はまだ果たしていないし、人数が多いので今日も今日とて野宿の予定だったのだけれども。夜までには時間があるから辺境伯さまの屋敷で部隊編成の割り当てでも発表されるのだろう。
「承知しました」
「あとこちらを。――では、よろしくお願いいたします」
手短に用件だけ告げて統括はこの場から去っていく。他の聖女さまにも伝達しなければならないので、忙しいのだろう。彼から受け取ったものは三枚の腕章だった。教会のマークが刺繍され、教会関係者だということが一目でわかる。
そして布の色が白地に青の縁取りがされているので、教会騎士の服のシンボルカラーなので聖女、もしくは聖女の護衛騎士と表すものでもある。
「ジーク、リン。はい、これ」
「ああ」
「うん」
二人にも腕章を渡す。誰にでも合うように作られているので、腕回りに余裕がある。持参していた裁縫道具を取り出し白色の糸を取り出し、針孔へと通す。
「リンからかな。――ごめん……ちょっとだけ屈んで、じっとしててね」
「ん」
私の言葉通りに素直にしゃがんでくれたリンの左腕上腕部の服の布に何度か糸を通す。辺境伯さまの屋敷にお邪魔する間だけ、止まっていればいいので本当に軽く。
終わりだよ、という言葉と共にリンの左腕をぽんと軽く叩くと、ありがとうと言葉が返ってきた。そして静かに待っていたジークに声を掛ける。
「ジークは……膝立ちになってもらっていい?」
「わかった」
そういうと地面の上に膝立ちになるジーク。これでも私の胸元よりも腕の部分が上になるのだから、羨ましい限り。背がもう少しあればなあと、自然に口が開く。
「ごめんね」
「ナイが謝ることじゃないだろう」
「それはそうかもしれないけれど……もう少し背が高ければと思うことが多々あるのですよ……」
「気にし過ぎだ」
同年代の女の子とは頭一つ分近く低いんだもの、そりゃ気にもしますさ。副団長さまには遠回しに『成長はこれ以上期待できない』と言われる始末だし。
誰か背が伸びる魔術とか術式開発してくれないかなあ……。してくれないか、そんなものに時間を費やすなら新しい攻撃系統魔術でも考える方が有意義だもの。もう、私の背が伸びることに期待しない方が良さそうだなあと、がっくりと項垂れジークの左腕も軽く叩くとすまないと声が返ってきた。
「ナイはどうする、誰かに頼むか?」
三人だと家事全般は私の仕事になっているから、ジークは誰かに頼もうと考えているようだ。
「ううん、このくらいなら自分でできるよ。ちょっとだけ袖と腕章を一緒に持ち上げてて欲しいかなあ」
左腕は動かせないし、服が浮いていないと自分の腕に針を刺しそうだ。
「そうか。――リン」
ジークがその作業を受け持つよりも、リンにやってもらった方が良いと判断したようだ。周りの目もあるから、迂闊に男性が触らない方が良いと考えたみたい。リンに声を掛けると、彼女が嬉しそうな顔をする。
「はーい。こんな感じでいいの?」
「うん。少しだけそのままで」
そうしてまた針を何度か腕章と服の間を行き来させれば、直ぐに終わる。
「ありがと、リン」
「どういたしまして」
裁縫道具を鞄の中へとしまい込んで、荷物は纏めて預けることにした。聖女の衣装と騎士服を用意しておけと連絡を受けていたのだけれど、必要なさそうだなと苦笑い。
教会の馬車は、すぐに分かる場所に待機していたのでそのまま乗り込む。どうやら私が一番乗りだったようで、誰も居ない。護衛の騎士は一緒には乗り込まず、警備の方へ回るらしい。
小窓から見える景色をぼーっと眺めていると、ようやく誰かが乗り込んできた。軽く頭を下げ言葉も交わさず、既定の人員になるまでただひたすら待つのみ。
「あ」
そうしてまた誰かがやって来て、小さく声が聞こえたから、ついそちらを見てしまった。視線の先には昨日、移動の際に同乗した新米聖女のアリアさま。長い金糸の髪を揺らしてアイスブルーの瞳を輝かせて私を見ているので、苦笑いをしながら頭を下げる。
彼女も頭を下げ静かに着席し、ほどなくするとがたりと馬車が揺れ、辺境伯さまの屋敷へ赴くために動き出したのだった。
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