第111話:呼称問題。
あと少しでヴァイセンベルク辺境伯領というところで、一人の少女、聖女仲間に話しかけられた。どうやら聖女になったばかりで、今回の遠征は始めてとのこと。大変だなあと他人事のように考えていたのがいけなかったのか。
「"お姉さま"、とお呼びしても宜しいでしょうか!?」
なぜそうなるのだろうと頭を抱えそうになるのを我慢しながら、彼女へ視線を向ける。とにかくソレは回避しなければならないから、説得を試みる。
「いえ、歳も同じですし男爵家のご令嬢さまが平民をそのように呼称するのは問題があるかと」
やんわりと首を振りながら、理由を告げる。
「ですがお姉さまは聖女です。聞き及んでいる噂と、実際にお話しをして素敵な方と判断させて頂きました。ですから、私はなにも問題はありません!」
彼女はお貴族さま教育をキチンと受けているのだろうか。聖女という役職持ちなので彼女とは同格であるが、お貴族さま出身のご令嬢と平民だと立場が違うというのに。
確かに聖女としての実績ならば私の方が上だろう。ただそれは、私が四年間聖女として働いたからで、彼女も同じように務めはじめれば同じように評判を得ることができるだろうに。
あとは聖女としての振舞い方次第である。お貴族さま出身の聖女さまは、我儘な人が多いから、汚れ仕事やこうした遠征に積極的に参加すれば教会からの評価は簡単に得られ、騎士団や軍からの覚えも良くなるし。平民の人たちからの支持を得たいのであれば、あまりぼったくらないようにすれば良いだけだ。
医者の数が少なく民間療法くらいしか病気や怪我に対しての治療方法が確立されていないので、治癒を施術できる人間は貴重。
だからみんな教会を頼って治癒依頼を出したり、時折に教会が開く診療所に人が殺到するのだ。その時、聖女さまの胸先三寸でぼったくられることがある。あまりに高すぎると教会からストップが掛かるけれど、妥当だと判断されれば治癒代として寄付を迫られる。払えない場合は借金となるし、生活に余裕のない人たちは困る羽目になり路頭に迷うこともあるのだ。
こんなことがあるから、頓着していない聖女さまは平民の間で噂になる。
私は教会が定めた料金以上に取る気はないし、払えないのならば別の払えるもので良いとしている。
魔力が多いので一度に治癒できる人数が多い為、他の聖女さまとは違う薄利多売路線。それが評判を呼んだのか、なんだか噂に尾ひれ背びれがついて王都で広まってしまった……のだろう。
そういう聖女さまを他に何人か知っているし。
彼女も真っ当に仕事をこなしていれば、いつかは得られるものである。あとはお金に執着しなければ、か。ただ実家の男爵家が困っているようなので、かなり頑張らないと無理そうだ。
既に『お姉さま』と呼んでいることに苦笑を浮かべ、さて彼女の言葉にどう返すべきかと思案して。
「聖女さまに問題はなくとも、周囲の方々は良しとしません。聖女は……筆頭聖女さま以外は皆、同格扱いです。明確な上下関係を指している呼称は避けるべきかと」
彼女の両隣に居る教会騎士の人がうんうんとしたり顔で頷いているので、間違ったことは言っていないようだ。
聖女になったばかりだと聞いているので、彼女専属ではなく教会が持ち回りで就けている騎士とみた。言いたいこともあるだろうに、黙っているのは彼女の為になるからだろうか。
「ではっ、では! 何とお呼びすればいいのですか!? ずっと憧れていました! お噂を耳にするたびに素敵な方だなって。今日こうしてお話ができたっていうのに……!」
「…………」
どうしてそんなに盲目的なのか。奉仕精神に溢れた聖女さまは存在するし、孤児院などに慰問をしている人だっている。そういう聖女さまにはもちろん二つ名がついているし、それを踏まえれば私もそんな聖女さまたちと同じだろうに。――仕方ない、か。
「では、こうしませんか。――公の場で聖女さまが告げられた呼称は周囲の目もありますから、避けましょう。そして、こうした自由な時間は名前で呼び合うことにしませんか?」
「え?」
「ナイと申します、以後お見知りおきを」
基本的に聖女が名乗ることは滅多になく、聖女自身である彼女が驚いている。
名乗らないようになったのは、教会が定めた筆頭聖女さま以外の聖女はみんな同格というルールがあるからだろう。
明確に記されている訳ではないが、みんな空気を読んで名乗ることが少なくなっていった。聖女さまが拠点としている教会の名前を上に付けて呼んだりするし、お貴族さまならば~家の聖女さまと呼ばれる。なので名前がなくとも分かるんだよねえ。二つ名も付く時があるし。
だからこうして名乗る機会は数少ないのだけれど『お姉さま』呼びだけは回避したいので、自己紹介という訳である。名前を知ればそう呼ぶ必要性はなくなるから、彼女も納得してくれるだろう。
「え…………すごく嬉しいです!! アリアと申します。若輩者ですが、よろしくお願いいたします!」
ああ、家は関係ないという意思表示なのだろうけれど、家名も名乗って欲しかったなあ。困窮している男爵家といえど、おろそかには出来ないから公爵さまへの手紙に報告として上げておきたい。
寄り親も存在するだろうから、どこでどんな繋がりがあるか分からない。今更、家名を聞けるわけはないので、いつかどこかで機会があるはずと願う。
嬉しそうに金糸の髪を揺らし、にっこりと無邪気に笑う可愛らしい少女を見る。
「はい。――これから、よろしくお願いいたします」
無難にそう返して、今日の終着場所までこれが続くのかなあと遠い目になるのだった。
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