第110話:呼称。

 長閑な道をひたすら馬車に揺られ、運ばれていく。ドナドナの曲が良く似合いそうな道だよなあと、余計なことを考えそうなくらい時間を持て余していたその時。対面に座る聖女さまに声を掛けられた。おそらく年の頃は同じくらいだろう。長い金糸の髪を纏め上げ、アイスブルーの大きな瞳を私に向けていた。

 

 何度か馬車で一緒になっていたけれど話す機会は今までなかった。


 ジークとリンも何事だろうと、目の前の彼女を一瞬だけ見る。あまり見続けると失礼になるので、直ぐ止めていたけれど。そうして対面に座っている彼女の護衛騎士も、何事かと少女を見ていた。


 ある意味で同業他社でありライバルとなるものだから、自分の地位を確立するために基本話しかけたりはしないものだ。特にそれはお貴族さま出身の聖女さまに顕著なのだが、目の前の彼女は平民出身なのだろうか。

 

 「黒髪の聖女さまとお見受けします!」


 恥ずかしいからその二つ名は止めて欲しいと願うも、分かりやすい符号となっているし聖女で通すから私の名前となると知らない人の方が多い。

 

 「周りの方々からは、そう呼ばれておりますね。――如何なさいましたか?」


 身なりはそれなりのようだから、おそらくお貴族さま。そんな方が私に一体何の用だろうか。暇だし問題はないなと判断して彼女の言葉に耳を傾ける。


 「あ、そのっ! お噂はずっとお聞きしていて……こうして遠征でご一緒することが出来たのでいつかお話を、と!」


 胸の前で手を組んで、緊張した様子で私に必死に語りかけている。マイナスの感情は感じ取れないし、とりあえず話をしてみるべきだろうと居住まいを正す。


 「そうでしたか。私も皆さまとお話しする機会はなかなか持てないので、こうして会話を交わせることは喜ばしいことです」


 とりあえず猫を百匹ほど用意して被る私。


 「はっ、はい!」


 私の言葉に頷いて嬉しそうな顔を浮かべる聖女さま。


 リンとはまた違った大型犬のようだねえと目を細めると、馬車がガタリと揺れると同時、彼女の胸も同時にばいんと揺れた。

 その光景に、舌打ちしたくなるのを我慢する。ただの脂肪の塊だけれど、無い人間からすればやはり羨ましい代物で。リンに胸が大きくて良いなあと愚痴を零すと、大きくても邪魔なだけだよと詮無く言われるのだけれど、やっぱりあるのとないのじゃあ大違いな訳で。 


 「私……男爵家出身の聖女なのですが、家が貧乏で出稼ぎのようなものなんです。今回の討伐も教会から支給されるお駄賃が良くて……」


 聖女として働きながら実家にお金を入れているのか。お貴族さまにもいろいろな人たちが居る。私腹を肥やしている人も居れば、清貧をむねとして領民と共に生きている人。大領地を束ねる人に王宮で職を得ている人。

 

 王家に税を納められなければ爵位を返上したり、廃爵もありえるから彼女の家は必死なのだろう。


 「それは……大変ですね」


 「いえ、領民の人たちには苦労を掛けているので、私が聖女として召し上げられたことは運が良かったんです。少しでもみんなが楽になるのならば、貴族として努めるべきですから」


 「志、尊敬致します」


 「ありがとうございます!! それで、あの……聖女さまのお噂をずっと聞いていたんです。黒髪黒目の心優しい聖女さまが居ると!」


 うぐっと心に何かが刺さる。この子、私のことをいろいろと勘違いして覚えているんじゃないかな。黒髪黒目の聖女は私しか居ないから、噂の内容はいざ知らず本人であることは確定だけれど。


 「心優しい、は言い過ぎのような気がしますが……」


 「いいえ、いいえ! 高飛車で傲慢な貴族出身の聖女さまたちは勇名を馳せておりますが、黒髪の聖女さまはその真逆を行くお方!」


 う、うん……。確かに貴族出身の聖女さまの良い噂はなかなか聞くことはないけれど。真逆っていったいなにさ、と心の中で冷や汗を掻く。彼女の護衛騎士の人、報告に上げないよねと視線を飛ばすと、微妙な顔をしている。どうやら判断に困っているらしい。


 「治療代は貴族からはきちんと取り、お金のない者からはその者たちが払える額や品物へ変えて請求していると!」


 私すごく感動したんです、と目の前の少女。いや、お金がない所からふんだくっても意味がないし、貰えるものを貰えば何の文句などないけれどね。

 それに魔力の量が多いので、他の人たちと比べると施術できる回数が全く違うから、価値も違ってくるだろうし。ちょっと表現が雑だけれど、薄利多売とでも言えばいいだろうか。


 まあ、農家の人とかには野菜でお布施代わりにしたりするから、妙な噂が広まったのだろう。どうにも食に関することになると、目の色を変えてしまうから。あと新鮮な野菜とかって王都だと貴重だから。

 芋とか頂くと、蒸かしてお塩を掛けて食べるのは贅沢だし。もっと豪勢にするならバターを付けるけど。 


 随分と持ち上げられているものだと、まだ私の噂を口にしている聖女さま。珍しいな、お貴族さま出身で私のことを煙たがっていない聖女さまって。


 「失礼ですが、聖女さまのお歳はいくつでしょうか?」


そう変わらないはず。ヒロインちゃん並に可愛い子だけれど、学院で見たことはないと記憶を漁る。  


 「えっと……十五になります。本当なら王都の学院に通っているのが普通ですが家があまりにも困窮していて……兄を通わせるのが精一杯でしたので」

 

 そっか。なら最近聖女に執り立てられたのかな。お貴族さまはなるべく王立学院へ通うべし、というのが王国の方針だもの。聖女さまとして働いている時間が長ければ、教会が後ろ盾について学費は払ってくれるはず。 


 「でも、今回の遠征で結果を出したら学院に編入することもできるって、教会の神父さまが仰って下さったんです!」


 成果を出したらという条件付きなのか……。


 「それは……さすがに酷くありませんか? 聖女として務めていたのならば、教会が支援して春から通うべき案件だと思うのですが……」


 「あ、それは私が入学を過ぎた時期に聖女になったので、仕方ありません。それに結果をまだ出していないので、教会としても判断が付かないんだと思います」


 聖女として価値があるのか、ないのか……かあ。世知辛いなあと思うけれど、慈善事業で教会を運営している訳じゃあないから強くは言えない。

 けれど目の前の少女からは嫌な感じはしないし、きっと真面目な子なのだろう。聖女になったからと言って有頂天になったりしていないし、結果をまだ出していないと冷静な判断が出来ている。


 「そうでしたか。失礼なことを聞いてしまいましたね、申し訳ございません」


 小さく頭を下げると慌てた様子でアワアワしている。その姿を見て笑うと、顔を赤らめる聖女さま。


 「あ、いえ、その! 私なんかに頭を下げないで下さい! 私はまだまだ駆け出しで、聖女さまはちゃんと結果を出して二つ名まで頂いているお方なのですから」


 「偶々ですよ。――歳は同じですが、私は平民出身です。私に畏まって接していると貴族さまとしてのお立場を悪くされてしまいます」


 彼女の護衛騎士の人が私の言葉にうんうんと頷いているので、彼らはお貴族さま出身なのかも。


 「吹けば飛ぶような男爵家出身の四女なんて、そのようなものはないも同然です」


 領民の人たちと野良仕事も一緒にしていたそうだ。こんな手は貴族ではないと自重交じりに笑って手を見せてくれる。確かにマメが手にできているし、王都に住んでいるお貴族さまならばあり得ないことである。


 「卑下をなさるべきではありませんよ。――私はどんな形であれきちんと努力や結果を出すことのできる方を尊重したいのです」


 そう言って左腕の袖を少し捲る。


 「あ……傷が……」


 「平民出身といっても孤児だったのです。こんな小さな傷が体の至る所にあります。貴族の女性からすればあり得ませんよね」


 聖女としてみっともないから傷を消せと教会から言われたけれど、ずっと固辞している。


 「……」


 「でもこの傷は貧民街の仲間と共に死なないようにと必死に生きた証なのです。見る方によっては恥ずべきものなのかも知れません。ただ、貴女は心に芯のある方とお見受けします」


 少しだけ、時間を置いて口を開く。


 「ですので、そのように卑下をなさらないで下さい。共に田畑を耕したその人たちをも卑下することになるのですから」


 「――う、あ……。はい、はい!」


 「説教臭くなってしまいましたね。私の悪い癖なのかもしれません」


 年寄り臭いんだよねえ、前世の記憶もちだからか。ジークとリンは目の前の聖女さまにそこまで肩入れする必要はあるのか、という雰囲気を醸し出している。

 だけど、関りを持つことは早々ないだろうし、いいんじゃないのかな。私の言葉が届いていない可能性だってあるのだし。


 「あ、あの!」


 「どうしました?」


 真剣な顔で私の顔を見つめている聖女さま。一体何だろうと首を傾げると右手を彼女の両手がそっと包み込む。


 「お姉さま、とお呼びしても宜しいでしょうか!?」


 なんでそーなるんやっ! と心で突っ込みを入れて、座っていた場所から崩れ落ちそうになる私だった。

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