第109話:移動中。
――朝。
移動二日目。日が昇る前から行動を始めるために随分と早起きをしたけれど、就寝時間が早かったので難なく起きられた。これをまだ八回繰り返すのかと、白み始めた空を見上げる。
「おはよう、ナイ」
掛けられた声に視線をそちらへと向けると、ジークとリンの姿。
「リン、おはよう。ジークもおはよう」
「ああ、おはよう。二人共、ちゃんと眠れたか?」
「うん。でもちゃんとベッドで寝たいかも。まだまだ続くから、先が思いやられるねえ。ジークとリンは?」
通常の遠征よりも部隊数が多いし、日数も増えている。慣れているとはいえ、やはり落ち着いて部屋で寝たい気持ちが強い。
「夜番があるが、問題はない。いつものことだな」
「うん。十分眠れたから、心配ないよ」
私は騎士でも軍人でもないので夜番に編成されていない。専用の天幕で一人で過ごしていたから、二人に申し訳ない気持ちがあるのだけれど、謝ると二人は決まって『気にしなくていい』という。
自分たちの仕事を奪うなとも言われてしまうし、私は聖女なのだから気にしなくていい、と口癖のように言われてしまうから、最近はなるべく口にしないようにしていた。
「片付けてご飯食べたら、出発だね」
「ああ、毎度繰り返さなきゃならんが仕方ない」
「楽しいよ。三人で作業するんだし」
朝ごはんは後回しにして、出発のためにいそいそと作業を開始する。とりあえず天幕の中の荷物を外へと出して、天幕の幕を外し骨組みをバラす。
力仕事になるとジークとリンに分があるので、その手合いのモノは二人に任せる。私は天幕を畳んだりと軽作業を担当。無言でそれぞれのやるべき作業をこなしていれば、慣れもあるのかそれなりに早く終わる。
「終わったね」
「ああ。飯、貰いに行くか」
「うん」
そうして三人揃って料理番の人たちの所へと歩いて行くと、既に準備は終わっていて良い匂いが辺りに漂っている。
出発の準備を終えた人たちが既に並んでおり、受け取りを終えた人たちは各々好きな場所に腰を据えて食事を取っていた。お昼ご飯は準備されないので、時間に遅れたり確りと食べておかないと夜までひもじい思いをする羽目になる。
列に並び雑に配膳された朝ごはんは『粥』。まあ妥当だよねと苦笑いをしながら受け取り礼を伝え、その辺りの空いている場所に三人で腰を下ろす。
「味付けなんだろうね」
「期待はしないほうがいいだろうな」
「お腹が満たせればなんでもいいかも」
出発の準備もあるし、料理番の人たちも朝から凝ったものを作るつもりはないようで、手早く作れるものを選んだようだ。作ってもらったんだし贅沢を言っちゃ駄目だよなと自分を諫め、スプーンを握って口へと運ぶ。
「あ、美味しい」
行軍中の食事の味はあまり期待していなかったのだけれど、どうしたのだろうか。作った人が料理上手なのかもしれないなあと、ぼそりと言葉を零す。
「珍しいな、味がちゃんとついてる」
「ね」
味のしないものより、こうして味がちゃんとついている方が箸が進むので有難い。味を噛みしめながら食事を終えて、係の人へ器を返却。そうしている間に、御者の人たちは馬を馬車へと繋いで待機していた。
天幕等の荷物もいつの間にか回収作業を終えており、あとは出発するだけ。自分たちが乗り込む馬車を探しあてると、幌馬車の中には既に乗っている人もいた。
「お待たせして申し訳ありません、皆さま」
集合時間までにはあと少し余裕があるものの、先に待っていた人がいるのならば、一言あった方が良いだろうと軽く頭を下げる。
刺さる視線に苦笑いをしつつ空いている席へと座って、昨日お店で布を買いボロ布を詰め込んだクッションもどきをお尻の下に敷いて感触を確かめる。元から敷いていた布と合わせると幾分か衝撃が和らぎそうで、それなりに期待が出来そうだ。私の隣に座ったリンも一緒で、買ったクッションもどきを敷いてお尻に敷いて座り心地を確かめていた。
「ちょっとはマシかな?」
「うん。作って貰って良かった。兄さんの分も買えば良かったね」
リンと言葉を交わしていると、ジークへと話題が移る。
「俺はいいさ。これだけあれば十分だ」
一応ジークの為に分厚い布を数枚買っておいた。必要ないと言われれば、リンと私で使えばいいだろうと相談して買ったものだ。
乗り込む前に彼に渡しておいたのだけれど、元々使っていた物の上に敷いていたので、悪くはないようだ。迷惑にならないように気を付けながら、三人でお喋りをしながら時間が経つのを待っていると、ようやく馬車が動き出す。
辺境伯領までまだまだ掛かるなあと、幌馬車の隙間から見える景色を眺めながら、馬車はゆっくりと進むのだった。
――そんなこんなを繰り返し。
明日でようやく辺境伯領に辿り着く、というところまでになった朝。天幕を片付け朝ご飯を済ませて馬車へと乗り込む。
そうしてまた馬車に揺られ始める。カラッとした夏風が幌馬車の中を駆け抜ける。辺境伯領へと近づいてくると、王都近郊の景色とはまた違った雰囲気がある。
王都近郊は真っ平らな野原、ようするに平原がずっと続いているのだけれど、こちらは高い山々が近くにそびえ立ち並ぶ。山頂付近は雪がまだ残っているので、標高が高いのだろうと想像できる。
本当に遠くまで来たものだ。
今までの遠征は王都の近くだったから、こんなに移動時間が掛るのは初めての事だ。どうにかお尻の危機は免れそうだと、ほっと息を一つ吐いた、その時。
「あ、あの!」
「はい?」
軽妙な蹄の音を馬が奏で長閑な道を進みながら、私たちの対面に座る同じ年ごろの少女――聖女さまを運ぶ馬車なので、目の前の彼女も聖女さま。そんな年若い女性に突然声を掛けられたのだった。
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