第106話:祝福。
ソフィーアさまとセレスティアさまがこの場を後にして暫く。まだまだ続く配膳作業に腕がちょっと疲れてきた、そんな頃。
「あ、なんでアンタが此処にいるんだ。聖女だろうが」
ぶっきらぼうな言葉とともに配膳している容器を受け取るマルクスさま。どうやら彼は騎士団の方に同道しているらしく、先輩騎士なのだろうか騎士装備に身を包んでいる方数名とご飯を受け取りにきていた。
「痛て!」
「馬鹿者っ! 彼女が聖女さまだというのならば、その態度はなんだ!!」
遠慮なくマルクスさまに拳骨を落として大きな声で叫ぶ騎士さま。どうやら彼も真面目な部類にカテゴライズされるようで、すごい剣幕で怒っている。鍛えているからか声が凄く大きいし、先ほどとは違う意味で注目を浴びているのだけれど。
「え、学院でクラスメイトなんですよ」
「だから馬鹿者だと言っておる……ここは学院ではないのですぞ、マルクス殿。敬意を払わねばならぬ人間はきちんと見定めておきませんと」
なんだか立場がチグハグな物言いになっている気がするけれど、気の所為かなあ。マルクスさまの事を敬っているのかいないのか。不思議な関係性だなあと見守っていると、訥々と理路整然にマルクスさまに諭している騎士さま。
「その、スマン」
「いえ、お気になさらず。――マルクスさま、セレスティアさまとご一緒しないのですか?」
「ああ。今回は俺が騎士団に同行したいと親父に進言したら、こうなった。先任の連中に揉まれてこいとさ」
やらかしまくっている伯爵さまではあるが、仕事に対してだけは信頼があるようなので、部下の人たちも伯爵さまの言葉を無下には出来ないようだ。まだ騎士になっていないマルクスさまを引き受けるあたり、面倒見が良い人なのだろう。
「そうでしたか。――どうぞ」
「ありがとうございます、聖女さま。しかし、マルクス殿の言うように貴女さまが何故このような場所に?」
まあ、給仕を手伝う聖女さまなんて珍しいのか。後ろには護衛騎士を控えさせているし。
「単純に暇を持て余していまして。何かお手伝いできることはないかと私がお願いしたのです」
苦笑いを浮かべつつ彼の質問に答えると、目を真ん丸にして驚いた表情を作る騎士さま。
「おお、なんという高潔な精神! 先ほどは失念しておりましたが、黒髪の聖女さまはお噂通りのようだっ!」
さっきの言葉から推察するに、雑用係として軍か教会に同行する丁稚くらいに考えていたのだろう。マルクスさまの言葉から私が聖女だと気づいたようだ。
「私の噂、ですか?」
何かあったっけと首を捻るけど出てこない。目の前の彼は他の聖女さまの勘違いを……と思ったけれど黒髪の聖女って私しか居ないのだった。忘れてた。
「なんと! ご自身のご評判を知らぬと申されますかっ!」
なんだかテンションの高い騎士さまだなあとマルクスさまを見ると、ゆるゆると首を振って両手を広げ肩をすくめたので、どうやらこれが普段からの素の様子。伯爵家の嫡子を預ける実力や指導力はあるのだろうけど、如何せん独特なテンションの高さに慣れないなあと苦笑い。
「平民や位の低い者にも丁寧に接し、あまつ気さくにお声掛けをされ、治癒の魔術も小さな怪我でさえ行使して下さるお方だと聞き及んでおりました!」
立場があるからそう振舞うしかないだけなんだけれど。騎士さまはいたく感動されているようで、口が止まらない。
「いやはや噂とは尾ひれ背びれの付くものですが……噂通りのお姿とはまこと感服いたしました」
そうしてざっと膝をつく騎士さま。同道していた他の騎士さまも同じように膝をつき、腰に佩いていた剣を地面に置く。
「この剣は陛下の為に振舞うもの。しかしながら国を守るという同じ志を持つ貴女さまに共鳴をいたしました」
うーん、そんなに大仰にされると困るのだけれど。というか滅茶苦茶恥ずかしい。後に続く人たちが何事だと野次馬化している。聖女と騎士の誓いの場になっているのに、配膳用のお玉を持ったままだから締まらない光景になってるよ。
気付いてくれないかなあと願うけれど、彼らの視線は地面に向けられている。マルクスさまは正式な騎士ではないので、一緒にこれをやるつもりはないらしい。
「貴女さまも国と陛下と共に在るべき存在」
嫌だー! 勝手に祭り上げないで! 貴方たちが忠誠を誓う陛下と同等に並べちゃ駄目だから!
「非才な身ではありますが、どうぞ我らをお使い下さい」
剣を預けられていないからまだマシだけれど、うわー……これ、断れない奴じゃないか! 騎士って国や陛下に忠誠を誓っている。それは絶対で、彼らの曲げぬルールだ。
厳格で忠誠心の高い騎士ほど、最上位に置いているのだけれど、会ってから一、二分しか経っていない聖女に誓うことじゃない。
まあ、位の低い騎士だと陛下に会ったことがあるのは叙任式の時くらい。騎士になると全員漏れなく騎士としての儀式を行うから。
陛下と会える機会なんて早々なく遠い存在だから、身近に居る存在の方が分かりやすいのだろうか。でも、やっぱりこの状況はおかしくないかな、と頭を抱えつつも放置する状況ではない。
「感謝いたします。騎士の皆さまのお心遣い、しかと受け止めました」
「我々も感謝いたします!」
ふわりと髪が揺れる。
「――"神の加護を"」
一節の魔術を発動させ、いまだ地面に膝を突いている騎士の人たちへと施す。神の加護と大げさに唱えたけれど、ちょっと運気が上がる程度の効果しかないものだ。
ジークとリンが私の専属騎士になった時も同じことをした記憶がある。聖女の祝福と呼ばれるもので、効果は聖女によって微妙に違うらしい。
二人の時は、めっちゃ効果が掛かれ~掛かれ~神さまなんて信じていないけれど、この時だけは信じてあげるからと魔力を多めに込めた記憶が。
「おお、まさか祝福を頂けるとは! ありがとうございます!」
騎士さまの後ろに居る人たちも驚いた様子を見せる。まあ、そうそう祝福なんてしないけれど、誠意をみせられるとこうせざるを得ない。
「いえ、筆頭聖女さま程の効果はありませんので、期待はしない方が……」
「それでも、戦場を駆ける身としては有難いものなのです。このような機会は二度とありませんでしょう」
効果が切れているなら重ね掛けするけれど、とは口にはしない。まあ術者の才覚に左右されるものだから、効果は本当に人それぞれ。筆頭聖女さまはこの手のモノが得意らしく、王国の戦力増強に一役立っていると聞いたことがある。
「あまり長居をしてもいけませんね、では我々はこれで!」
すちゃっと立ち上がり、すちゃっと敬礼してこの場を去っていく騎士御一行さまと若干呆れながら事態を見守っていたマルクスさま。
そうして配膳作業が再開すると、並んでいた人たちから何とも言えない視線を頂く。いや、聖女の祝福をもらっても目に見える程の効果はないから。あの場はああするしかなかっただけだし。
ようやく配膳作業が終わってリンに向き直る。
「泣いていいかな」
一部始終を見ていたリンだ。私の言葉の意味は理解しているだろう。
「それは駄目。なにかあれば肉壁にすればいい」
リンさん思考がデンジャー過ぎますよ、と突っ込むのは止めておく。むーと拗ねているので、先ほどの行為が気に入らなかったようだ。とりあえずこの場にいないジークと自分たちのご飯を受け取って、自分の天幕へと戻るのだった。
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