第105話:お二人。
軍や騎士の人たちへの配膳作業が始まってから暫く。リンは聖女の護衛として後ろで立っている。以前に暇じゃないかと聞いたところ『大丈夫。ナイが動いているところを見るのは楽しい』と言っていたのだが、そんなに面白いものだろうか。
まあ本人はまんざらでもなさそうだし、時折、重いものとかは持ってくれるのでありがたいけれど。
顔見知りの軍や騎士の人たちと短い会話を交わしながら作業をしていると、げしげしと頭を掻きながら私を見下ろす中年男性。というか隊長さんである。
「なんだ、嬢ちゃんじゃねーか。相変わらず、暇人だなあ……」
やっぱり行軍に参加していたのか、と苦笑いをしながら挨拶をすると、あまり畏まらないでくれと言われてしまう。
私にラフに語りかけてくる人の数は少ないので、声で直ぐに分かってしまうのは付き合いの長さ故。暇人と言われてしまったのは、私のような行動を取る聖女は限られているから。まあ、私がじっとしている時間が苦痛だからという理由もあるけど。
「以前は外套をありがとうございました。洗って持ってきてるので、どこかのタイミングでお返ししますね」
「あいよ。――しかし、今回は聖女さまの参加人数が多いな。貴族出身のご令嬢だそうだが、初っ端からやらかしてくれていやがるよ」
ふん、と鼻を鳴らして明後日の方向を向く隊長さん。その方向はお貴族さま出身の聖女さまたちが天幕を据えた方角で。どうやら一悶着があったようで、軍の人たちはソレを被ってしまったようだ。
「大変そうですね」
「他人事だなあ、嬢ちゃん。ま、関わらない方が平和だな。――と、ありがとな」
「いえ」
「まあ、今回の遠征期間は長い。またどこかしらで会うだろうし、世話にもなる。よろしくな、お嬢ちゃん」
配膳を受け取り、片腕を上げ仲間の下へと戻っていく隊長さんの背を少しだけ見送って、次の人、次の人と捌いていく。本当に今回は参加人数多いなあと、終わらない配膳作業に飽き始めた頃意外な人たちの顔を見ることになった。
「ナイは何故、こんなことを?」
「ですわね。聖女である貴女がすべきことかしら?」
何故こんな所にお貴族さま、しかも高位に位置するご令嬢が配膳の列に並び、あまつさえ配膳作業員から受け取っているのだろうか。疑問に思いつつも顔には出さず、聞かれた答えを言わねばと口を開く。私が参加しているのは二人は知っているので、それは省略。
「単純に手持無沙汰だったので、こうしてお手伝いをしております」
ようするにやることがなく暇というだけの理由だ。その言葉にぷっと一度吹いて私を見るソフィーアさまとセレスティアさま。
そんなにおかしなことではない筈だけれど、彼女たちの琴線に何故か刺さったようで微笑ましそうに見ているのだけれど。こういう視線をよく貰うなあと頭の隅で浮かべながら、二人がこの場に居る理由を聞いてみる。ひとつ質問され答えたのだから、彼女たちに問うても問題はないだろう。
「お二人は何故こちらに? 副団長さまの転移魔術で既に辺境伯領へ参っているものだと……」
「転移で先行したのは、軍や騎士のお偉いさん連中だよ」
「わたくしたちは参加させて頂いている身ですもの、無茶は言えませんわ。まあ、あの侯爵令嬢は貴女と違い見事な仕事振りのようですが」
ふふふと不敵な笑みを浮かべるセレスティアさまに、こめかみに手を置いて頭が痛そうなポーズを取っているソフィーアさま。
聖女さまの一人である侯爵令嬢さまは、どうやら侯爵令嬢として周囲に誇示しているようだ。聖女仲間の内の一人は確実に何かやらかしている様子だし、こうお貴族さまの務めを果たそうとしている真っ直ぐな人たちをみると眩しく感じる。
「私たちも手伝うべきなんだろうが……」
「……まあ、邪魔にしかなりませんわね。家名が周囲に圧を掛けてしまいますもの」
真面目! 真面目過ぎだよお嬢さん方。
もっとこう、わかりやすいお貴族さまムーヴを見せてくれれば、関わりたくない人物としてリストアップするのに。そういえば毒見役は必要ないのだろうか。手渡しで受け取っているし、そのまま箸を付けるつもりなのか。
「毒見役なら、この場にいる連中で十分だろう?」
「大鍋でまとめて作られていましたものね。偶にはこうした物も口にして庶民の方々を理解しなければ」
どうやら心の中の疑問が漏れ出ていたようで、二人が答えてくれる。確かに大鍋で作ったものだし、同じところから配膳しているので毒を盛られていれば先に症状が出る人が居るはずだ。
「それに毒を盛られたとしてもお前さんたちが居るからな」
「ええ。聖女さまたちが随伴しているのならば、あまり心配することではありませんものね。ただアレの奉仕にだけは掛かりたくはありませんが」
「その辺りにしておけ。一応は聖女の称号持だ。立場はあちらが上になる」
「ふふ、笑わせてくれますわね」
うわあ……本当にあの侯爵令嬢さまは何をしたのだと訝しむ。この二人が人のことを悪く言って……いや、あったか。貴族としての務めを果たしていない人には割と……いや、めっちゃ辛辣だった気がする。
「…………」
「ああ、そうだ。先生と話は出来たのか?」
「話、ですか?」
「ええ。以前貴女が魔力を消費しすぎて鼻血を出していたでしょう。そのことをお師匠さまに相談したのです」
「ナイの身に何かあれば困るのはこの国に住む人間全てだからな」
まって、ねえ、なんだか凄い事態になっているし、規模が大きくなっている! 私はただ魔術陣に魔力補填をしているだけの聖女に過ぎないので、過大評価は止めて頂きたいのですが。
取り合えず、副団長さまが先ほど私と接触してきた理由は分かった。まあ、魔術具も作って頂いているから無下にできないということもあるし、魔力操作が下手だということなので教示してくれるのは有難い話。
「陛下は周辺国との調和を望んでいらしていますし、次代を継ぐ殿下もそれを標榜しておりますが、何が起こるかは分かりませんもの」
代替わりで『平和』路線から『侵略』路線に切り替わる可能性だってあるし、何かが起こって独裁者や戦狂いと化す王さまが出てきても何らおかしくはないからなあ。
「私たちの世代は歴史で学ぶしかないが、平和なぞ儚いものだ」
人間の歴史なんて争いや戦争の繰り返しである。元居た日本は平和だったけれど外に目を向ければ、内戦やら部族間抗争、国同士で戦争なんてザラにある。大陸続きのアルバトロス王国だから、周辺国への警戒は怠れないのだろうね。
「ええ。珍しく意見が合致しましたわね」
「嬉しくはないがな」
なんだか、以前の調子を取り戻してきているような。ところで最近くっついていたマルクスさまは何処にいるのだろうか。聞きたいけれど二人の話の中に入っていくのもなあと、遠慮する私だった。
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